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『聖獣の一生は長い。とは言え番と離れ離れにされている期間として13年は短くはない。最近、雄のシウコアトルの不機嫌な様子が報告に上がっていた。雌のシウコアトルの失踪とパレルモ領の硫黄について、我々だけでは今の段階で結びつけることはできなかっただろう。まずはオリーブ嬢にお礼を言う。本当にありがとう。……早急に、我々がこれから何をすべきか考えないといけない』
陛下の言葉にオリーブはすぐさに礼で応えた。ゆっくりと顔を上げると、皆が真剣な顔で考え込んでいる。
しばしの沈黙の後、進行役のフレイアによって話し合いの後半戦が始まった。
「今回危惧していた“林間学習での魔獣による被害”は、誰も怪我人を出さずに防げたと言って良いでしょう。新たに判明した危機と、早急に考慮すべき問題はとりあえず3点、雌のシウコアトルがパレルモ領へ捕らえられているかもしれないこと、カイル殿下とマールムの目的、そして、なぜマールムへ監視を付けていたのかを明日の正午までに兄からマールムへ手紙で渡すようにテイムされたこと、だと思います」
「オリーブ嬢がマールムをテイムしたら色々聞き出せるんじゃないのか?」
サイラスの提案に王妃が悲しそうな顔をしながら首を横に振る。
『現状、確実にオリーブさんがマールムをテイムできるかは分かっていません。しかもマールムと早急に仲を深めているカイル殿下は、マールムにかかったテイムを解除できる。それに、オリーブさんが力のある歌姫ということはカイル殿下はともかくマールムにはまだ知られていない。こちらの切り札になりうるの。こんな博打じみた使い方はできない。……サイラス、あなたは本当に短絡的すぎる』
フレイアが『王妃殿下の説教が始まってしまうからサイラス殿下には少し黙ってほしいわ』と小声で呟き、アラスターがそれに小さく頷く。いつもアラスターについて愚痴ばかりのフレイアだが、兄妹仲は良いようで微笑ましい。
夜も遅く、話し合いも長くなっている。王妃の説教はすぐに終わり、サイラスが自分を軽んじた発言をしていたマルティネス公爵家の兄妹を睨みつけたところで、フレイアがまた話し始めた。
それまで王妃に対して情けない顔を晒していたサイラスに睨まれても怖くない二人の気持ちが、残念ながらオリーブも少し分かってしまった。
「マールムは転生者ではない、もしくは、転生者だとしてもこの世界に似た乙女ゲームの存在を知らないと断言してよいでしょう。ゲームを知っていたのなら、林間学習がセッラ山からカンディア山へ変わったことで権力を持つ転生者の存在を予想し、もっと慎重に動いたはずです。それなのに、テイムした魔獣をモラリスの実へ入れて保有していたことをこんなにもあっさりと私たちに知られてしまった。それと、ゲームには登場しないオリーブの存在と、誰のルートでも入学当初に必ずマールムを口説いてくるはずのゾグラフ辺境伯令息が一切マールムへ関わってこないことにも疑問をもつはずです。でも、マールムはオリーブとゾグラフ辺境伯令息を……」
「“ラルフ”でかまわない」
「……ラルフ様を気にしている様子はないと、マールムを監視させていた者から聞いています」
ラルフはフレイアへ名前呼びで構わないと言いつつ、『誰のルートでも入学当初に必ずマールムを口説いてくるはずのゾグラフ辺境伯令息』と言ったあたりから苦虫を噛み潰したような顔をしている。
『これから前世を思い出す可能性も考慮しとくべきだが、とりあえず今はマールムはゲームのことを知らないと仮定してよさそうだな』
ドミニクの補足により、皆が頷く。
気づけば、誰もがマールムに敬称を付けずに呼び捨てにしている。おそらくシウコアトル誘拐の疑惑が出てからだが、マールムを尊重する気持ちがなくなってしまったのかもしれない。
「今のマールムは乙女ゲームのカイル殿下ルートと同じ動きをしております。転生者ではないとすると、自ら飛熊を放ちテイムして歌姫だと明かした目的は、カイル殿下と婚約するためと考えるのが妥当でしょう。……カイル殿下ルートでは林間学習の後はカイル殿下の方からマールムへ積極的になります。簡単に攻略できるかに思えるのですが、選択肢次第では冬季休暇に溺死して強制ゲームオーバー。バッドエンドになります。ハッピーエンドは冬季休暇は出掛けない選択肢を選んだ時だけで、年度末の卒業パーティーで婚約が発表されます」
「溺死とは、穏やかじゃないな」
フレイアの説明へサイラスが呟くが、ラルフやアラスターも同意見のようだ。同じように怪訝そうな顔つきをしている。そんなサイラスの言葉に応えることなくフレイアの説明は続く。
「選択肢次第では冬季休業でカイル殿下ととある湖へと行き、そこで船から落ちて死んでしまうのです。事故、自殺、他殺は分かりません。その湖へ訪れた際、『入学前にカイル様を見かけて一目惚れした思い出の湖』という意味の台詞がありました。カイル殿下の台詞から汽水湖だと分かり、スチルでは浅瀬に大きな岩が3つ並んでいた。該当するのは東の辺境にあるミミ湖だけ。ミミ湖周辺はヒポトリアが多く生息している地域です」
ヒポトリアはゲーム上で王族ルートの時だけ林間学習で現れていた魔獣。
ゲームでの林間学習の舞台セッラ山とは違いカンディア山にはヒポトリアが身を潜められる淡水はない。そのため魔獣がヒポトリアから飛熊へ変えたのだろう。
「これまでのマールムはゲームのカイル殿下ルートとほぼ同じ動きをしております。違うのは我々転生者によって変更された部分に関するところだけ。……したがって、ゲームと同じように入学前にミミ湖へ行きカイル殿下を見かけていた。つまり、ヒポトリアもモラレスの実に入れて保管している可能性が高いです」
『王家ではカイルは海洋生物学について研究していると把握していた。小さな頃から人間よりもマナティやジュゴンを好む変わり者で、海の生き物、特に魔獣や聖獣のまだ知られていない生態について学園の魔法科で調べていると思っていたんだが、カイルの本命は人魚だったのだな……。ミミ湖の近くにある港はカイルが長期休暇のたびに研究へ行く際の拠点だ』
カイルについて話す陛下の顔つきはとても穏やかで、陛下にとってカイルは年の離れた可愛い弟なのだと察してしまう。
『叔父上の目的はただの“人魚の研究”で、王位を狙ってるとか、聖獣の巨大な力で革命を起こしたいとか、そんなことはないと思うよ。……実は僕は幼い頃、結構本気で叔父上に王太子になって欲しいと頼んだことがあるんだ。叔父上からは絶対に嫌だと、研究する時間がなくなると、本気で嫌がられてしまったから実現はしなかったけどね』
ドミニクの発言にフレイアの瞳が揺れる。
滅多に動揺を表に出さないフレイアだからこそその衝撃の大きさが分かり、オリーブは思わず隣に座っているフレイアの手の上に自らの手を乗せてしまったが、一呼吸置いたフレイアに微笑みを返された。
もしもドミニクが王太子の座をカイルに譲っていたならば、フレイアはカイルの婚約者だったに違いない。オリーブでも想像できてしまうことをフレイアが考えないはずがない。
『今となっては叔父上に王位を譲るなんて考えてもないから!僕はただ国王なんてめんどくさいこと好き好んでやりたくないと思ったのを言葉にしてしまっただけ。その思いは今も変わってないけど、王太子の座は誰にも譲る気は無いよ。国王にならないとフレイアと結婚できなくなってしまうからね!』
王妃から睨まれたドミニクはまずいと気づいたのだろう。早口でまくし立てている。まるで言い訳をするようだが、いつも優雅に微笑んでいるドミニクのこんな焦っている姿は初めて見た。
フレイアはドミニクの言葉を受け頬を染めて照れているのでもう大丈夫だろう。
『僕ら一族が王族として王国を統べているのは、周囲の人間よりも抜きん出て高い能力を持っているからに過ぎない。過ぎた力を持つ者は崇拝されるか迫害されるかの2択だから、めんどくさくても仕方ないと思っている。人魚と同等の歌姫の力を隠していたオリーブ嬢ならわかってくれるだろう?……僕が何が言いたいかっていうと、我が王家の人間はおしなべて野心なんかないってことで、叔父上もその例に漏れていない。王位簒奪や革命はないと考えて大丈夫。ただ、叔父上には野心がなくてもマールム嬢が王妃になりたいと願う場合があるから、完全に警戒を解くことはしない』
ドミニクの言葉にサイラスと陛下が頷き、王妃は呆れた顔を隠さない。その様子を見るに、国王などめんどくさいというのは間違いなく彼らの総意なのだろう。
強力な歌姫のテイムが効かない、瞳の色を変えるといった独自の魔道具を持ち、魔道具なしで他人を自分に依存させる魔法を使える。オリーブがここ最近知ってしまった王族が王族たる所以となるだろう秘密の数々だけでも充分人間離れしているが、きっと秘密はこれだけではないのだろう。
「なぜカイル殿下はオリーブが歌姫だと考えたのでしょうか……。ゲームの内容を知っている私でもオリーブが歌姫だと気づけませんでした。カイル殿下は転生者で、しかもゲーム製作者側で、そのおかげで裏設定などを知っている、と考えてみました。でもその場合、ゲームのヒロインであるマールムが歌姫だと気づいていなかった様子と矛盾する。カイル殿下は転生者ではない、もしくは、転生者だとしてもゲームの内容を知らないと考えるのが自然です。……王族だけが知っている情報の中で、オリーブが歌姫だと分かる心当たりは何かございますか?」
フレイアの問いかけに陛下、ドミニク、サイラスは首を横に振る。
「オリーブは学園に入学する前にカイル殿下と面識はあった?」
「まだ私がパレルモ伯爵令嬢だった頃、王家開催のお茶会で登城した際に廻廊の遠くから一方的にお姿を見かけたことがあったと記憶してます。その際、挨拶もしていませんし、カイル殿下は私の存在を認識していなかったと思います」
10歳の時、王家が開催した同じ年頃の子息令嬢が集まったお茶会があり、人見知りで怖がりなオリーブはラルフとしか話すことができなかったことを思い出す。そのお茶会にはドミニクやサイラスだけでなくフレイアやアラスターもいたはずだが全く覚えていないことが情けない。
幼い頃から二日と空けずに歌を歌い続けてきたオリーブ。それは必ず母と一緒の時で防音魔道具を使っていたし、学園へ入学してからは寮の一人部屋で防音魔道具を使っていた。
防音魔道具を使わず歌ったのは、ジョナに追いかけられて明かりのない真っ暗な森の中を歩いていた、妖精をテイムしたあの時だけ。
……それなのに、カイル先生は私が歌姫だと知っていた。
思わずオリーブは王族の前だというのに姿勢を正すのを忘れて背中を丸めて震えてしまう。
そんなオリーブを慰めるように、横に立つラルフがオリーブの頭を撫でた。ラルフの手のひらはとても大きくて、温かくて、重荷を下したような安堵感に包まれる。
カイルから頭を撫でられた時とは違う。全然違うけど、同じようにまた撫でて欲しいとは思ってしまうかもしれない……。
オリーブはラルフの方へ顔を向け感謝が伝わるように微笑んだが、ラルフはビクリと体を震わせてオリーブの頭を撫でていた手を下ろしてしまった。
『カイルはマールムを研究の道具として気に入り執着しているだけで、恋愛感情も友情も親愛もないだろうと、家族である私は考えている。愛していないというより、愛することができないと言った方がしっくりくるかな。もう皆気づいていると思うが、カイルは極端に情が薄くて倫理観がなく、そのことを高い知能で隠している。……王族に歌姫のテイムが効かないこと、もっと言えば、先の飛熊の件でサイラスをテイムできていないことを、カイルがマールムへ明かすことはない。出会ったばかりで信頼関係を築けていないマールムへ、自分にはお前のテイムが効かない、なんて二人の力関係を定めるために重要な情報を条件も無く開示するわけがないんだ』
陛下はすまなそうな顔をしながら話を続ける。
『カイルがシウコアトルのことまで予測できているかはわからない。でも、もしも予想したとしても、自分の研究に影響がなければ放置するだろうことは分かる。カイルが望む通りの人魚の研究ができさえすれば、こちらの邪魔をすることはないよ。邪魔はしないけど、メリットがなければ協力もしないし、こちらの動きがカイルにとって不都合があればあっさりと敵に回る。それと、オリーブ嬢が人魚と同等の力を持った歌姫と知ったらマールムよりオリーブ嬢の方が与し易いと判断して再度オリーブ嬢を狙う可能性が高い。したがってカイルをこの話し合いに参加させることと、オリーブ嬢が歌姫だとカイルに明かすことは絶対にしない方が良い。……誤解しないで欲しいのは、情はないけれど悪意もないということかな。まぁ、それがこれまでのように許されるかは、カイルがしている人魚の研究内容次第だけどね』
いつも和かに話しかけてくるカイルへ、オリーブは優しくて穏やかな印象を持っていた。マールムが歌姫だと分かった時の手のひら返しや、オリーブへ自分へ依存させる魔法を密かに使っていたことでその印象は間違っていたと理解していたはずなのだが、兄弟である陛下の話を聞き、思っていた以上に人の心がないのだと思い知る。
「まとめると、マールムの目的はカイル殿下との婚約。カイル殿下の目的は人魚の研究。今の所二人に王位簒奪や革命の予兆はない。カイル殿下がオリーブが歌姫だと知っていた理由は不明。カイル殿下の人魚の研究内容も不明。マールムが冬季休暇にミミ湖で溺死する可能性がある、と。……あとは、マールムへ監視を付けていた理由はどういたしましょうか」
フレイアの問いかけに答えたのはドミニクだ。
『実は5年前にモラレス領にある工場で、モラレスの実の窃盗事件が起きていたんだ。数は10個ほどとそこまで多くはないけど、物が物だからね。王国騎士団をモラレス領へ派遣し捜査していたんだけど、5年たっても犯人は捕まっていなかった。最近ではモラレスの実に人間を入れないようにかけられた制限を外したい輩が窃盗したのだろうと考えて、まだ奴隷が合法な他国まで操作の目を広げて調べていたんだがそれは見当違いだったみたいだ。犯人は間違いなくパレルモ伯爵家の人間だろうね。窃盗できてしまったのも、5年も犯行がバレなかったも、テイムを使っていたからか。テイム解除のため直系王族が誰かパレルモ領へ行った方がよいね。……等窃盗事件の対応はサイラスに頼もうと思いますが、父上も母上も良いですか?』
モラレスの実は侍女の給料約半年分で1個買えるくらいの高級品。マールムが使用しているのは少なくとも飛熊、ヒポトリア、シウコアトルと3個以上。どう考えても親に内緒で購入できる金額ではない。
それに、シウコアトルがテイムされてパレルモ領に連れてこられたのは13年前。当時3歳のマールム単独の犯行などありえない。
モラレスの実窃盗事件は確実にジョナが主犯で、父とマールムも関与しているかもしれない。
オリーブはおもちに似た白猫を追いかけた先の四阿で見た、父の背中を思い出す。
ジョナに言われるがまま、オリーブを殺すための毒を受け取っていた父。
モラレスの実を盗み出し、聖獣シウコアトルをテイムしてパレルモ領へ拉致してくる。そんな大それた犯行も、父はジョナに言われるがまま協力したのだろうか……。
オリーブが一人思い詰めてる中、陛下はドミニクからの提案をすんなり了承している。対照的に王妃は不服そうな顔を隠さない。サイラスで対応できるのか不安なのだろう。
ビデオ通話の立体映像に映る王妃のそんな表情と、オリーブの斜め前に座っているサイラスの表情がそっくりなのだが、二人は気づいていなさそうだ。
父が犯罪に加担していたかもしれないと落ち込むオリーブの気持ちを、王妃とサイラスの顔が少しだけ紛らわせてくれた。
『マールムへ監視を付けていた理由は「モラレスの実窃盗事件の容疑者としてマークしていたから」とかどうだろうか?実際に犯人なのだから納得するだろう』
ドミニクの発言に対しアラスターが挙手する。
王族を含むこの話し合い。進行役のフレイアは例外として、どうしても王族でないアラスター、ラルフ、オリーブの発言は少なくなってしまう。アラスターがドミニクに対して意見を発せれるのは、普段から仲が良いからこそだろう。
「モラレスの実窃盗事件の証拠を掴むまでは泳がせたい、パレルモ伯爵家に目をつけていることを知られるにはまだ早い、と思います。国王陛下やドミニク殿下の見解から、カイル殿下には嘘だとバレても構わない。なら、『フレイアを溺愛しているドミニク殿下とシスコンの俺がフレイアのために厳戒態勢を敷いていた。怪しい動きをした者には漏れなく監視を付けていた』で問題ないかと、思います」
そういえば、1年の行事である林間学習へ3年のアラスターが来ていることがサイラスにバレた際、“フレイアが心配だから”と説明したが、サイラスからは『剣のことしか頭にない朴念仁に妹を心配する心があるわけない』と反論されてしまった。おそらく、この説明では同じ王族としてマルティネス公爵家と縁深いカイルのことは騙せないのだ。
でも、フレイアとドミニク、フレイアとアラスターの実際の関係性を知らないマールムだけならば誤魔化せる。
実際、マールムは就寝時間に一人でテントを抜け出し、照明の魔道具すらない建物の裏、森の入り口に身を隠していたという怪しい動きをしていた。この理由なら林間学習に護衛の騎士の数が異常に多いことにも説明がつく。
『そうだな。モラレスの実窃盗事件のことはまだ伏せておこう。……僕もアラスターの案で問題ないと思うよ』
ドミニクも納得し、他に意見も出なかったため、マールムへ監視を付けていた理由は『婚約者を溺愛しているドミニク殿下と妹の安全が心配な自分が林間学習で厳戒態勢を敷いていた。怪しい動きをした者には漏れなく監視を付けていたため、一人行動していたマールム嬢へも監視が付いた』となった。
この場でアラスターが適当な紙へしたため、明日の正午までにアラスターからマールムへ渡すこととなった。
そんなこんなでそろそろ日付が変わる時間帯、話し合いもそろそろ終盤の雰囲気となってきた。そこへ硬い面持ちで手を挙げたのはラルフだ。
フレイアに促され、ラルフは険しい顔つきのまま話し始めた。
「マールムについて気になっていることがあります。飛熊をテイムするためにマールムが歌った際、間違いなく彼女の胸元から魔力が出て歌声にのっていました」
通常、魔力の流れなどわからない。
でも、辺境の地で5年間も魔獣討伐をしていたラルフは、僅かな魔力でも見逃すことなく察知することができるのだ。魔道具なしでオリーブへ自分に依存させる魔法を使ったカイルのことも、ラルフは見抜いてくれた。
「魔道具を使わない魔法を、私は魔獣との戦いで見慣れています。鳴き声に魔力を乗せる魔獣は、口から魔力が出ていました。マールムのテイム、魔力の流れの違和感、その違和感の場所である胸元にはペンダントがありました。ペンダントはテイムをするための魔道具だと考えると魔力の流れも説明できる。……そして、そのペンダントはオリーブの母ホワイト前子爵夫人がパレルモ伯爵夫人だった頃からいつも付けていたペンダントにそっくりなのです。涙型の宝石の色が異なるため、違うものだと判断できたくらいには似ています」
今日の昼に、ジョナが母から盗んだのではないかとラルフが疑っていたペンダント。マールムがテイムする時の魔力の流れが、そのペンダントを介していたかもしれない。
ペンダントが魔道具だったとして、テイムの魔道具など聞いたことがない。
そもそも、歌姫は魔道具なしでテイムの魔法を使えるはずで、実際にオリーブは魔道具なく歌うだけで妖精をテイムしてしまった。
これはどういうことなのだろう。
「マールムがしているペンダントは“人魚の涙”という名前でゲームに登場していました。ゲーム上ではオープニングムービーの中で母親から渡され、常に付けるように言われます。攻略対象者の好感度が上がる度に透明になっていくため、ゲームの攻略を示す好感度の目安となってましたが、それ以外に用途はありませんでした」
「確かに母は涙型の大きなサファイアが付いたペンダントをいつも着けています。母の祖母から貰ったものだと聞きました。私が母と最後に会ったのは学園に入学する直前ですが、その時もペンダントを着けていました。そのため、マールムはたまたま同じデザインのものを付けてると思いました。ただ、ジョナは母の元侍女でした。そっくりな偽物を作ってすり替えることは可能だったかもしれません……」
フレイアからの目配せで、オリーブも母のペンダントについて知っていることを説明する。
『これ以上ここで話し合いを続けるより、ホワイト前子爵夫人から直接話を聞く方がよいみたいだ。ホワイト前子爵夫人は領地にいるんだったね。すぐにメッセンジャーで登城要請を出し、城からの遣いを派遣しよう。……フレイア嬢、オリーブ嬢、ラルフくん、サイラスは各自のテントへと帰り、これ以降は通常通り林間学習の二日目の日程を過ごしてくれ。ただし、マールムと同じ班のラルフくんとサイラスはテイムされた演技を忘れないように。それとサイラス、もしもここにいる者が追加でテイムされたらお前がすぐに解除すること』
陛下の言葉にサイラスは真剣な面持ちで頷いている。ここだけ見ると、今日のお昼ご飯の時に女子に囲まれていたカッコいいサイラスを彷彿とさせる。
でもオリーブはこの話し合いで王妃に怒られてばかりのサイラスを見てしまったせいで、サイラスで大丈夫かと少し不安に感じてしまうようになってしまったようだ。まだ、フレイアが言っていた“戦闘狂”というイメージの方がマシだったかもしれない。
『アラスターくんもマールムにテイムされてる演技をよろしく頼む。先ほど書いた手紙をマールムに渡す件、よろしく頼む。そして、カンディア山から王都への帰還だが、全員そのまま登城するように。着替えはこちらで用意しておくので、林間学習用の簡易服のままで大丈夫だ。明日の晩、王城でオリーブ嬢の母上ホワイト前子爵夫人の話を聞き、13年も番と離れ離れにされている聖獣シウコアトルの件を被害なく収束させるための話し合いをしよう』
陛下の言葉で話し合いは終わった。
明日、オリーブは王城で母に会うことになった。その際、オリーブの前世の記憶について、間違いなく母に伝えることになる。
オリーブは幼い頃から母の前で前世の歌を歌ってきた。母は私がこの世界と違う記憶があると勘付いているはずとは思っていた。思っていたとはいえ、それでも実際に言葉にして母に確認することは怖い。
母はオリーブのことを気持ち悪いと思うのではないだろうか……。
「無口で愛想も悪いし何を考えるか分かんないな」
頭の中で響く前世の父の言葉。一度死に生まれ変わったはずなのに、まだこの言葉に囚われている自分が情けない。
「臆病ってことは注意深くて想像力があるってことだし、想像力があるってことは思いやりがあるってことだろ?それがお前なんだから、別に気にするな」
臆病でもそのままで良いと言ってくれたラルフの言葉が、前世の父の言葉に被さる。いつもオリーブを助けてくれるラルフ。思いやりがあるのはラルフの方だ。
ラルフの言葉に励まされ、オリーブとして生まれてからの母との思い出を振り返る。
一緒にご飯を食べて、歌を聞いてもらって、お茶を飲んで、旅先の綺麗な景色を見た。特にもパレルモ伯爵家を出てホワイト子爵家へ来てからは親娘として過ごす時間があった。家族に恵まれなかった前世の心残りをも補うように、今世の母は愛してくれた。
……MAWATAの歌を笑顔で聞いてくれていたお母様のことなら、信じられる。今更その愛を疑うなんて、お母様に失礼だわ。
頭の中の前世の父の言葉は消えない。でも、何か吹っ切れた気がする。オリーブは幼い頃から、否、生まれる前から心の奥で燻っていた親への怯えが、心からすとんと抜け落ちたように感じた。
1年以上放置していてすみませんでした。
年内(2025年)完結を目標に続きを書こうと思ってます!




