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「マールムの母ジョナは、元は私の母の侍女でした。

10歳の春、父がジョナと二人で、母と私を毒殺する計画を話しているのを偶然聞いてしまったのですが、その日の晩、私は夜遅くにジョナに追いかけられて明かりひとつない真っ暗な庭へ逃げ込みました。暗闇への恐怖を紛らわせるために歌を歌うと、都合よく妖精が庭を照らしてくれたのです。

その時は母を助けることに必死で気にしていなかったのですが、後からその経験を思い出し、自分は歌姫なのだと気付きました。強い力だったからこそ、この力が周囲に知られた後のことを考えて怖くなり秘密にしてしまいました。

……妖精をテイムできる歌姫だと王家へ報告することなく隠していたことを謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした」


オリーブが立体映像の王族3人に向かって深く頭を下げると、すぐに『謝罪を受け入れる』と陛下からの許しを得ることができた。恐る恐る頭を上げると、陛下も王妃もドミニクも穏やかな表情でオリーブを見ていることに胸を撫で下ろす。


オリーブが王家の恩情に対しもう一度頭を下げてお礼を返すと同時、オリーブの隣に立つラルフからもホッと息を漏らした息遣いが聞こえてきた。まるで自分のことのように一緒に一喜一憂しているラルフの真意について考えたくなるが、今はそんな状況ではない。


『我がガルブレイス王家の祖先は、人魚のテイムが効かないという特異な体質を秘匿していたおかげで王族になったも同然。サイラスが簡単に明かしてしまったために説得力がないのだが、本来、この事は極秘事項なのだ。

といっても、この数百年は人魚並みに力のある歌姫が出てこなかったせいで気が緩み、マルティネス公爵家を始め過去に直系王族が降嫁したことがある家にはこの秘密は知られている。オリーブ嬢とラルフ君はそこまで気負わないでくれ。

……今のところオリーブ嬢が歌姫だと公にする予定はないが、王都へ戻ってきたらそなたの母君、前ホワイト子爵夫人と共にいくつか聞き取りをさせて欲しい』


陛下の言葉で母のことも隠し通せないと気付き、オリーブはすぐに母についても弁明する。


「私は防音魔道具を使っている時にしか歌ってはいけないと厳しく言われて育ちました。それは、幼い頃に母の前で前世の歌を歌ってしまったからだと思い込んでいたんです。妖精をテイムした後、人魚並みの力を持つ歌姫だったからだと理解しました。

……そんな母とは、歌姫のことも、前世のことも、言葉にして確認したことはありません。でも、母は分かっていたと思います。母に変わりお詫び申し上げます」


『あい、わかった』


母のことも陛下からの許しを得たオリーブは、情報整理のための話の続きを促された。


「私にも生まれた時から別の女性の記憶がありました。私の前世もフレイア様の前世と同じ日本人ですが、『赤いりんごは虫食いりんご』という乙女ゲームのことは知りません。それはその乙女ゲームが存在しなかったということではなく、前世の私はゲームに興味がなかったというだけです。

幼い頃に両親が離婚し、父と母のどちらにも引き取られずに一人で暮らし、今の私と同じ感情が表に出ない暗い性格なために親しい友人や恋人もできず、20歳の時に遠方の公演のために乗った飛行機事故で亡くなりました……」


そしてオリーブとして生まれ変わり、10歳の時に母と共に殺されかけたこと、ラルフの手を借りて母の実家へ助けを求めたこと、母娘共に殺されることなくパレルモ伯爵家から脱出できたこと、今日までマールムとは交流がないこと、貴族学園へ入学してすぐにカイルに頭を撫でられカイルのことが好きだと勘違いしていたことなどを順を追って話した。


「前世で飼っていた猫に似ているからと白猫を追いかけなければ、父とジョナの密会を見つけることはできませんでした。……乙女ゲームは、きっと、私と母が殺された世界の物語なのだと思います」


「オリーブに前世の記憶がなければ、あの赤毛に殺されていた……」


隣に立つラルフのつぶやきが聞こえる。そういえば、ジョナと父に殺されていたかもしれないことは伝えていたが、それを回避できたのは前世の記憶のお陰だとはラルフは知らなかったのだ。


もしもラルフが前世があることを不気味だと思ったとしても、前世の記憶がなければオリーブと母は死んでいたという事実があれば、前世があることを受け入れてもらえるかもしれない。そんな浅ましい考えがオリーブの脳裏に浮かぶ。


「ゲームの王族ルートだけ魔獣が出てくるという不可解な現象は、マールムの自作自演が原因でした。ゲームでは飛熊ではなくヒポトリアが出ていたはず。つまりマールムはモラレスの実を複数手に入れ、ヒポトリアを今も隠し持っている可能性が高い。

モラレスの実は大変高価です。パレルモ伯爵家の令嬢が親に知られずに購入できるとは思えません。少なくとも、父とジョナのどちらかが共犯だと思っています……」


元パレルモ伯爵令嬢だったオリーブだからこそ、マールムが高価なモラレスの実を周囲に隠して購入することなどできないとわかる。


オリーブはこの林間学習でパレルモ伯爵家についての疑惑に気づき、母と話し合いたいと思っていた。オリーブと母だけでは抱えきれないだろう困難の予感に、この状況を利用して陛下たち王族の方々も巻き込んでしまえば良いと思いつく。


「歌姫の力は遺伝しないと言われています。ですが、私の曽祖母とマールムの曽祖母は姉妹で、遠い血縁の私たちは揃って力の強い歌姫でした。もしかすると、私とマールムの歌姫の力は遺伝したのかもしれない。

現に私は幼い頃から母の前で歌っていたけれど、母をテイムしたことは一度もありません。私の母とジョナも人魚並みに力のある歌姫の可能性がある。

……王族の方々に問いかけることをお許しください。13年から16年ほど前に行方の分からなくなった炎の聖獣はいませんか?」


神聖で敬うべき生き物である聖獣は、粗末に扱えば地形が変わるほどの報復があると言われていて、捕獲や飼育など聖獣の行動を強制することは固く禁じられている。行動を強制できなくても、聖獣の数は国力に繋がる。王家は常に聖獣を看視し存在を把握しているはずだ。


立体映像を確認すると、陛下、王妃、ドミニクの3人は真剣な表情で考え込んでいる。オリーブの質問の意味にすぐ気づいてくれたのだろう。そんな中、王妃が声をあげた。


『サイラス、あなたも王族の一員です。ちゃんとオリーブさんの質問の意図がわかりましたか?』


王妃に名指しされたサイラスは答えられないのか黙っている。口角を上げて無理やり笑顔を作り、王妃を見つめ返すことしかできないようだ。


『じゃあ、パレルモ伯爵家の特産物はわかる?……このヒントでもダメなのね。アラスター、あなたからサイラスにも分かるように教えてあげて』


”パレルモ伯爵家の特産物”という言葉で、フレイア、ラルフ、アラスターの顔つきが変わった。行方不明の炎の聖獣についてオリーブが質問した意味に気づいたのだろう。

そして、王族なのに”パレルモ伯爵家の特産物”が分からないサイラスに、オリーブは先ほどまで僅かにあったサイラスへの同情心が無くなりそうだ。明らかな勉強不足に王妃に怒られてもしかたない気がしてしまう。


「近年のパレルモ伯爵家はゴムを特産としており、その材料はパレルモ領で採れる天然ゴムと天然硫黄です。当初はパレルモ伯爵家の天然ゴムと、アルバ伯爵家の天然硫黄を使用し、ゴム工場はパレルモとアルバの共同経営の予定でしたが、パレルモ領で天然硫黄も発掘されるようになったためにアルバ伯爵家は撤退したと習いました。

そして、天然硫黄の産地には炎の聖獣がいる、もしくは、火山という共通点があります。炎の聖獣がいないのに天然硫黄が採れるのはアルバとパレルモだけです。アルバ領は噴気活動がある活火山に対して、パレルモ領の火山は過去に噴火活動がない死火山という違和感は確かにあります。

……オリーブ嬢はパレルモ領の天然硫黄に対し、炎の聖獣をテイムしモラレスの実へ入れて誘拐してきたかもしれないという疑惑を持ったのでしょう」


アラスターはオリーブの考えを間違えることなく説明してくれた。フレイアから毎日アラスターの愚痴を聞いているために、失礼ながら、少しポンコツな人だと思ってしまっていたが、アラスターは歴としたマルティネス公爵家嫡男なのだと認識を改めないといけない。


アラスターの説明で、サイラスも理解できたようだ。ウンウン頷いた後、「オリーブ嬢は思ってたよりずっとしっかりしているな」と反応に困ることを言っている。


オリーブはパレルモ領で天然硫黄が発掘されるようになったという幸運すぎる奇跡に対し、ずっと違和感を持っていたのだ。

マールムがモラレスの実へテイムした飛熊を入れていたと知った時、テイムさえできれば聖獣もモラレスの実に入るのだろうかと考えたと同時に、パレルモ領に炎の聖獣を誘拐してきたのではと、疑念を抱いた。


『……15年前、1柱のシウコアトルが姿を消している』


ドミニクの言葉に、まるでテント内の空気が重くなったように感じる。


シウコアトルはターコイズのような青緑の鱗を持つ大蛇の聖獣で、ツガイの仲が良すぎて、ツガイ2柱が合体して1柱の双頭になったり、分離して2柱に戻ったりする特性がある。火を吹いている2つ頭を持つ1柱の姿を描いた絵画が、夫婦円満のお守りになることで有名な炎の聖獣だ。


『行方が分からないシウコアトルはツガイの雌。自ら消えたのではなく、テイムされて強制的に13年もパレルモ領に留め続けているのなら、非常に危険な状態と言える……。そんな状態でテイムが切れた場合、消えたツガイを今も探し続けている雄と、長年テイムされていた雌、2柱のシウコアトルが怒る。そうなれば、パレルモ領だけでなく、このガルブレイス王国の地図が大きく削れてしまうことになるだろう』


ドミニクの補足に、皆の顔から血の気が失われる。常に表情を出さないようにしている高貴な方たちにも関わらず、揃って顔を強張らせてしまった。


パレルモ伯爵夫人になるためにオリーブと母を殺そうとしたジョナ。王族のカイルと結婚するために飛熊を放ったマールムの母親のジョナ。そんなジョナならば、己の欲望を叶えるために、後の被害も聖獣の気持ちも自分の利益以外何も思いやることなく、ツガイのシフコアトルを1柱だけテイムして誘拐してもおかしくない。


しかもジョナはツガイのシウコアトルを1柱だけ誘拐したかもしれない。せめて、2柱一緒に誘拐していたならまだマシだった、いや、それでも2柱から同時に報復される可能性は変わらない。


もうとっくにパレルモ伯爵家から除籍し、嫡子では無くなったオリーブ。それでも、パレルモ領の山がいつか噴火するかもしれないと思い出すと、未だに恐怖と不安と罪悪感で眠れなくなる夜があるのだ。

噴火でも気後れしていたというのに、パレルモ領だけに納まらない大災害の可能性に変わってしまった。


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