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赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜  作者: くびのほきょう
貴族学園

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サイラスがラルフの肩に手を置き、たった数秒でラルフにかかっていたマールムからのテイムは解除された。それと同時に、特大のダイアモンドでできたビデオ通話の魔道具が光り出す。ドミニクの準備が終わったようだ。


王城にいる陛下と王妃とドミニクの3人と、カンディア山マルティネス公爵家騎士駐屯用のテントにいるサイラス、アラスター、フレイア、ラルフ、オリーブの5人は、ビデオ通話の魔道具で話し合いを始めた。防音魔道具で護衛にこちらの声を聞こえないように配慮しつつも、テントの入り口と外に護衛の騎士を配置し警戒は怠らない。


時間はちょうど日付を跨いだ頃合いで、祭典などでの正装姿しか見たことがない陛下と王妃のダイアモンドから浮かび上がる寝間着姿に、変な緊張をしてしまう。王妃は寝間着を隠すように豪華なショールを羽織っているものの化粧落としたすっぴん姿なのだ。もちろんすっぴんでも何の問題もなく美しいが、化粧をしていないせいで普段よりもさっぱりと幼く感じる顔は驚くほどにサイラスと似ている。こうして銀髪の王族が並んでいるとドミニクが陛下似、サイラスが王妃似だとわかる。


話し合いの進行はフレイアに任され、まずはアラスターから王家への報告から始まった。


おそらく、キャンプファイヤーの前に一度報告を済ましていたのだろう。キャンプファイヤーの様子を皮切りに、稽古中にオリーブに渡していたシグナルが来たこと、飛熊の討伐の様子、モラレスの実を使っていたマールムを問い詰めた後のテイム、カイルとマールムの接近、解散後サイラスによってテイムを解除したことと、アラスターはいつもの無表情で時系列順に端的に告げていく。


オリーブがテイムされていなかったことからオリーブがマールムより力のある歌姫と判明したと陛下達へ言及されると共に、オリーブは入学当初にカイルから魔法をかけられていたこと、それをサイラスが皆の目の前で解除したことを伝えて、アラスターの報告は終わった。


『サイラス、もしもあなたが大怪我をしていたら、アラスターが罰せられていたことはわかっていたはずよ。それなのになぜ飛熊討伐に参加したの?そもそも、あなたはなぜ他の生徒は既に寝ている時間に剣の稽古をしていたのかしら?』


「いや、だって、討伐は叔父上が許可してくれたし、稽古はアラスターの方から夜目の訓練をしてくれるって言ってくれて、俺だけじゃなくてラルフもノリノリで……」


『まるで幼児のような拙い言い訳ね。そう。全部人のせい。あなたは少しも悪くないのね。……サイラスはドミニクと余計な争いが生まれないようにと、あえて愚者を演じているのだと、そんな思い込みで暫くあなたの愚行を許していた私が全部悪かったのよね』


アラスターが口を閉じた途端に、王妃によるサイラスへの説教が始まってしまった。


討伐に参加したことから始まり、王家の秘密をあっさり暴露したことや、独断でオリーブの魔法を解除したことまでちゃんと言い及び怒られている。王妃は声を荒げることはなく、淡々とした落ち着いた口調なのだが、なぜか逆に恐ろしく感じてしまう。

いつも陛下の横で淑やかに微笑んでいる優しい女神のような姿しか見たことがなかった皆の憧れの王妃が、ニコリともせずぞっとするような冷たい顔でサイラスを叱っている。美人の無表情は怖いのだとオリーブは知った。今日は王族の秘密をたくさん知ってしまったが、どんな秘密よりもこの王妃の姿が1番知りたくなかったと思ってしまう。

ラルフとフレイアとアラスターは高位貴族の教育故か動揺することなく涼しい顔をしているが、きっと内心はオリーブと同じように思っているはずだ。


陛下とドミニクは王妃の怒りを気にせずアラスターの報告について二人で確認し合っている。しばらくして陛下が王妃を止める形でサイラスへの叱責は一旦中断となった。サイラスは王城へ帰ったらちゃんと説教の続きが待っているようだ。


「サイラス殿下ですが、カイル殿下とオリーブの出会いを見かけた時からオリーブが歌姫だと予想していたそうです」


告げ口のようなフレイアの発言を受け、立体映像に映っている王族3人は怪訝そうな顔でサイラスを見つめた。そんなサイラスはいつもの尊大で勇ましい態度からは考えられないほどしょんぼりとした様子だ。目の端に涙がたまっているが、オリーブは気づかなかったことにしたい。


「叔父上が理由もなく他人に興味を持つわけないだろ?だから、オリーブ嬢は人魚の力が使える歌姫なんだろうなって思ってただけだよ。……もしかして、父上達は叔父上が人魚を研究してるって知らなかった?5歳くらいかな、兄上とかくれんぼしてた時に入った叔父上の研究室は、鱗やミイラや絵画とか、色んな言葉で書かれた人魚の本や資料でいっぱいだったけど、そういえば、隠し通路の中にある部屋で、しかも入口がわからないように隠し部屋になってたっけ」


大昔に滅んだと言われ、今では古代の伝説のような扱いになっている人魚。


その人魚は人間や動物や魔獣だけでなく聖獣をもテイムできて、しかも歌が終わった後もテイムの命令を持続することができたと言われている。貴族ならば皆人魚の血を引いていると言われている我が国では、ごく稀に人魚の力を持った女性が現れて歌姫と呼ばれているが、この数百年で現れた歌姫は”歌っている間だけ小鳥などの小動物をテイムできる”程度の能力しか発現されていない。


一応、”歌姫の力に気づいたら王家に申告するように”と法で定められているが、隠していた時の罰は決まってないし、歌姫として認められても国の行事や祭典で催しとして歌を披露するくらいしか役割はなく、特別扱いもないのだ。

そのため、オリーブが歌姫だと気づいても特に問題にせず黙っていたサイラスの行動はおかしくない。


ただ、隠し通路の中の隠し部屋の中でカイルが人魚について研究していることを知っていたのに、カイルがそれを周囲に秘密にしていることに気づいていなかったサイラス。王族なのに王位継承権を持つ者の怪しい動きに警戒もせず、カイルの人魚の研究について陛下やドミニクへ情報を共有することすらしなかったことは愚かと言えるかもしれない。


……いや、たった今王妃から愚かだと怒られている。


サイラスは起動している防音魔法とは別の防音魔法を起動し、オリーブ達に聞かれないようにした上で陛下達へカイルの隠し部屋について詳しく説明している。

王妃に怒られる前のサイラスならそんな配慮もなく隠し部屋の場所を話し始めていただろう。少しは褒めてあげても良いのではないだろうかと思うオリーブは、怒られっぱなしのサイラスを見てかわいそうだとすっかり同情してしまっていた。


音は聞こえないが、陛下が映っていない範囲にいる誰かに指示した様子が映像だけでもわかる。おそらく隠し部屋の確認に行かせたのだろう。カイルは林間学習に来ていて王城にいない今ならちょうど良い。しばらくしてサイラスの起動していた防音魔道具は停止された。


「セッラ山からこのカンディア山に変わった時から引っかかってたんだ。例年にない騎士の数と3年のアラスターが来てたこと、マールムに監視の騎士を付けてたってことは、父上達は飛熊が出ることを事前に知ってたのかと思ったけど、その割に討伐や対応は応急的だった気がする……」


サイラスの疑問に同調するように、ラルフも真剣な目で陛下達の立体映像を見つめている。

陛下と頷きあったドミニクが口を開いた。


『強力なテイムが使えるマールム嬢と直系王族の権力と魔力を持つ叔父上は、自分の望みを叶えるためなら他人を蹂躙することに躊躇がなく、倫理も道徳も慈愛もないのだと判明した。そんな二人の目的とこれから取るであろう行動を予測し対処しないといけない。……叔父上が人魚に執着してたことや、オリーブ嬢が歌姫だったことを含めて情報を整理しよう。フレイア、サイラスの疑問についてサイラスとラルフに分かるように説明をお願いする』


ドミニクの許可を受け、フレイアの話が始まった。


「私には生まれた時から別の女性の記憶があります」


サイラスとラルフは眉をひそめ、疑うような目でフレイアを見つめている。


「魔法はないけれど、外国語を一瞬で翻訳する道具があったり、宇宙まで行くことができたり、一度に200人搭乗して空を飛ぶ飛行機があったりする、この世界とは異なる世界の日本という国で生きた記憶です。平均より少し貧しい平民の家に生まれ、特別に秀でた才能もなく、容姿も学力も並で、程々の成績で学生時代を過ごし、低賃金で長時間労働の会社で働き、結婚も出産も経験することなく34歳の時に死亡しました。……そして、フレイアとして生まれ変わったのだと私は思っています」


突拍子もなく真剣な場にそぐわない夢物語のような切り出し。それでも、サイラスとラルフが黙ってフレイアの話を聞いているのは陛下や王妃が真剣な顔をしているからだろう。


「前世の私が34歳という若さで亡くなったのは、遠方で開催される大好きな歌手の公演のために乗った飛行機が燃料漏れによって墜落したからです。そして、その飛行機に乗っていたのは私だけではありませんでした。ゴム男爵とオリーブにも日本で生きた記憶があり、前世の私と同じ飛行機事故で亡くなったそうです」


目一杯目を見開いてこちらを見てきたラルフに、オリーブはフレイアの話を肯定するように頷いて見せた。


「前世の世界を思わせるゴムの存在に違和感を持った私は、12歳の時にゴム男爵に会いに行きました。ゴム男爵は私と同じ飛行機に乗っていたことと、前世の知識でゴムを開発したことを教えてくれました。その飛行機事故で亡くなった人は、この世界に前世の記憶を持って転生しているのかもしれません。私とオリーブは同い年ですが、誕生日も違うし、ゴム男爵は私たちより50年近く前に生まれ変わっています。法則性はわかりません」


「ゴム男爵はまだわかるけど、どうしてオリーブ嬢にも前世の記憶があるとわかったんだ?」


『サイラス、良いと言うまで黙って聞いていなさい』


サイラスの疑問に王妃が注意し、サイラスは姿勢を正して座り直した後に身を縮めて大人しくなった。


「7歳で婚約者のドミニク様と初めてお会いした時、ドミニク様が前世の私が嗜んでいた『赤いりんごは虫食いりんご』という”乙女ゲーム”に出てきたドミニク・ガルブレイスという第一王子とそっくりだと気づいたのです。ゲームの内容を思い出すと、ドミニク様だけではなく他の登場人物も同じ名前や容姿でこの世界に存在しました。私自身もです。

まるで前世のゲームの中に入り込んだように錯覚しそうになりましたが、ゲームではなく現実だとちゃんと分かっています。それでも、もしもゲームと同じことが起きるのならば、事件や事故などで傷付く人が出ないようにしたいと思いました。

12歳でゴム男爵と会い、前世の記憶が自分の思い込みではないと確信を得たことで、ドミニク様に前世とゲームの話を打ち明けました。ドミニク様と話し合った結果、陛下と王妃様、マルティネス公爵家の父と母と兄の力を借りて出来うる限りの対策をすることにしたのです」


サイラスは自分が仲間外れにされていたことに気づいたのだろう。声を上げることはないが、口を尖らせて不貞腐れたような顔をしている。

フレイアはそんなサイラスを気にすることなく、まずは乙女ゲームとはどういうものか説明をした後、『赤いりんごは虫食いりんご』の内容について語り出した。


攻略対象は第二王子サイラス、公爵子息アラスター、魔法師団長の庶子フェリクス、辺境伯子息ラルフ、王弟カイル、おまけで第一王子ドミニクの6人。そして、ヒロインは黒い髪に赤い目で、貴族学園の入学数年前まで庶子として市井で暮らしていた伯爵令嬢。そのヒロインの貴族学園入学式からドミニクたち3年生の卒業式までの約1年間がゲームの期間であること、ヒロインが騎士科、魔法科、官吏科のどれを選ぶかで攻略対象が変わること、魔法科を選んだ時点でゲームのストーリー上では入学前に偶然出会っていたカイル殿下に憧れて魔法科を選択したことになること、ヒロインは王族ルートの時だけ歌姫だと発覚することなど、サイラスとラルフが分かるようにゲームの説明をしていく……。


「入学生の中で黒髪に赤い目で元庶子の伯爵令嬢はマールム・パレルモただ一人でしたが、ゲームでは”主人公の母親は本妻が亡くなったために後妻に収まった”とナレーションがあり、異母姉など出てきませんでした。マールムがヒロインのはずなのに、パレルモ伯爵の元妻は亡くなってないし、パレルモ伯爵家から除籍されたとはいえ異母姉がいる。もしかしたらその元妻か異母姉がゲームの知識を持った日本からの転生者かもしれないと予想し、同じクラスになった異母姉のオリーブにあえて近づき観察しました。そして、オリーブが日本からの転生者で、私とゴム男爵と同じ飛行機に乗っていたことがわかったのです」


ラルフと目が合う。先ほどから話をしているフレイアではなく、オリーブの方をじっと見つめていたことには気づいていた。王族の前で勝手に声を出すことはできないため、オリーブは真剣な目つきでこちらを見てくるラルフを見つめ返すことしかできない。


「そして、ヒロインと予想したマールムへ入学式の後から監視をつけていましたが、マールムはゲームのカイル殿下ルートと同じ動きをしていました。攻略対象者が王族のルートでは、林間学習でヒロインが魔獣をテイムし歌姫だと周知されるイベントが起こります。その魔獣により怪我をする生徒を出さないために、林間学習で予定していた山をセッラ山からこのカンディア山へ変え、両方の山を事前に十分に魔獣討伐しました。

それでも、ゲームでは兄やラルフ、フェリクスを攻略している時には魔獣は出てこないのに、王族が攻略対象の時だけ魔獣が出てくるという現象が怖かった。そのため万が一魔獣が出た時に備えて騎士を多く配置し、警備の強化をして、兄が付いてきてくれることになったのです」


フレイアの話が進むにつれサイラスとラルフの二人は考え込んでいた。フレイアだけでなくオリーブも前世があることと、実際に飛熊を見たことで、フレイアの話を信じてくれたのだろうか。


「今は時間がないため、必要だと思う情報だけを選びました。疑問点などは後ほど質問してください。……オリーブ、次はあなたから話をお願いします。いつどのように歌姫だと自認したのかも教えて欲しい」


国王夫妻をはじめ、皆の視線がオリーブに集中しているこの状況に、オリーブはライオンの群れに囲まれたうさぎのような気持ちになり緊張で固まってしまった。サイラスの横に立っていたラルフが長椅子に座っているオリーブの横へ移動し、オリーブの背中を軽く叩く。その手の暖かさに安心して、オリーブは話しはじめた。


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