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追い詰められているはずのマールムは微笑みながらカイルの後ろから出て来て、躊躇することなくここにいる全員に向けて歌い出した。


「♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


ーーーーー動くなーーーーーアラスター・マルティネスはそのモラレスの実のかけらを捨てて、なぜ私に監視を付けていたのかを紙に書いて明日の正午までに内密に渡せーーーーー先ほどアラスター・マルティネスが言った言葉は忘れ、私はオリーブ・ホワイトに呼び出されて裏庭へ来ていたことにしろ、私とオリーブ・ホワイトが二人でいた時に飛熊が現れたという記憶に上書きしろーーーーー


「♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


アラスターの詰めが甘かった。たくさんの生徒が近くにいるところで自分のためだけに飛熊を放つような人間に自作自演について問い質すのならば、歌えないように口枷をしてからにするべきだったのだ。


飛熊をテイムしていた先ほどとは違い、歌詞に重なってマールムの命令が頭に直接響いてくる。それはまるで耳元で叫ばれているかのようで、マールムから発せられている虹色の光で視界が遮られていく。脳が揺れているような感覚が気持ち悪く、倒れないように足に力をいれ耐える。


動くなという命令にも関わらずオリーブは動くことが出来る。激しい目眩を我慢し、虹色の光を見ないように意識してこっそり周囲を確認すると、アラスターを始めマールムを囲っていた騎士達、ラルフやサイラス、カイルも他の騎士達も、ここにいる全員が目から光がなくなり、身動きひとつせずにマールムを見つめた状態でその場に立ちすくんでいる。テイムされていた時のエゾリスや飛熊の様子と同じだ。オリーブもマールムから見てテイムがかかったように見えるように、周囲に合わせてマールムを見つめる。


アラスターが動き出し、マールムを監視していた王国騎士が手に持っていたモラレスの実をその足元に投げ捨ててしまった。アラスターはマールムのテイムがかかってしまっている。


アラスターの言葉を忘れろというマールムの声が頭に響くが、オリーブは忘れることはない。オリーブはマールムと同じ歌姫なのでテイムされないのだろう。ここでオリーブが歌えばどうなるのだろうか。もしかしたら、マールムのテイムを打ち消す命令をすることができるかもしれない。


マールムの目的は歌姫の力を周囲に示して王族のカイルと結婚すること。


オリーブが飛熊から襲われるようにここに誘い出されたのは、カイルがオリーブに対して笑いかけるなど特別扱いをしていたことへマールムが嫉妬したからだろう。だが、カイルはマールムの歌を聴いてからは明らかにマールムへ好意を持っている。マールムがオリーブへ嫉妬する必要はもうない、はず。


オリーブを傷つけることは出来なかったが、バレてしまった自作自演の事実を歌姫の力で誤魔化せばマールムの目的は達成される。これ以上、魔獣を放ったりなどの危険なことをする必要はないはずだ。


我欲のために魔獣を放ったり躊躇なく皆をテイムして記憶を改竄するマールム。そんなマールムに対抗する時、オリーブが歌姫ということが切り札になる。ここはオリーブが歌姫だとマールムへ隠しておくべきだろう。オリーブは歌を歌うことはやめて、このままマールムのテイムにかかったふりをすることにした。


記憶の書き換えはできるはずなのに、なぜか『オリーブ・ホワイトは私を呼び出したことにしろ』と直接命令しない。どうしてその行動をしたのかという動機は強制することができないと考えるとしっくりくる。マールムの命令の内容から考えると、テイムしたとしても感情を強制することは出来ないのだろう。歌姫のテイムも完璧ではないのだと知りオリーブは安堵する。


マールムの歌を聴いたとたんにあからさまに態度を変えたカイル。マールムはカイルへマールムを好きになるように命令したのかもしれないとオリーブは疑っていたのだが、カイルは自分の意思でマールムを好きになったようだ。


マールムの歌が終わり、しばらくすると皆がゆるやかに動き出した。


「パレルモ嬢、君のおかげで生徒達が怪我をすることなく飛熊を倒すことができた。ありがとう」


アラスターがマールムへお礼を言い深く頭を下げ、周りの騎士達もアラスターに倣って頭を下げた。


「パレルモ嬢、ありがとう。王都へ戻ったらすぐに父上の名前で城への召喚状が届くだろうからパレルモ伯爵によろしく伝えておいてくれ」


サイラスも王族としてマールムへお礼をしている。


「騎士の皆様が守ってくださっているから林間学習を楽しむ事ができてます。こちらこそありがとうございます。……オリーブさんにこんなところに呼び出されたのは怖かったけど、そのおかげで飛熊がテントの方に行く前に倒すことができたのでよかったです!」


サイラスやアラスターへ笑顔で返事を返すマールム。その飛熊はマールムが解き放ったというのに、平然と答えている。オリーブの母へ毒を盛っていたのに心配だと言いながら看病していたマールムの母ジョナを思い出して鳥肌が立つ。


テントを守っていた騎士達が集まって来て、飛熊の死体を処理している。マールムはカイルにエスコートされてテントの方へ帰っていく。結局カイルはどうしてオリーブへ依存させるような魔力を流したのかは分からないままだが、マールムのそばを離れずうっとりとした目で見つめているカイルがオリーブを欲することはもうないだろう。


マールムと笑い合うカイルを見ていると、父が入学式でマールムへ笑いかけていた笑顔を思い出し、その笑顔に異母弟と手を繋いでいた前世の父の顔も重なる。


カイルがオリーブのことを見なくても悲しくはない。悲しくはないが漠然と「やっぱり」という諦めのような気持ちで胸がチクチクと苦しい。


「おいっ、お前もテントに帰るぞ。送っていく」


マールムとカイルの背中を見つめていたオリーブの手をラルフが握った。サイラスとアラスターが事後処理について話し合っているがラルフは参加せずにオリーブをテントまで送ってくれるみたいだ。少し湿っているラルフの手の暖かさが腕から浸透して胸までポカポカと暖かくなり、カイルのせいで感じていた苦い思いが薄れていく。


マールムにテイムされていたエゾリスがペネロペの元へ無事戻っているのか気になる。それと、アラスターがマールムを監視していた理由をマールムに手紙を渡すようにとテイムされている。このことについてどうしたらいいのか早急に考えないといけない。


「どうして、こんな夜遅くにテントを抜け出してパレルモ嬢を呼び出したのか説明してもらうからな」


眉間にしわを寄せて怒っているラルフの言葉に、頭から冷や水を浴びせられたように心が冷える。テイムされたせいで間違えた記憶を埋め込まれているラルフが、まるでマールムのことを心配をしているかのように感じてしまう。


心と体が冷えていき、ラルフと繋いでいる手のひらだけが熱い。ラルフがオリーブじゃなくてマールムを心配しているかもしれない、その疑惑だけで目に涙が溜まっていくのがわかる。ラルフはいつもオリーブの味方なのだと当たり前のように思っていた自分に気づき、ラルフがオリーブのことを信じてくれなかったらと思うと上手に息ができずに苦しくなる。


「オリーブ!大丈夫!?」


テントの前に立っていたフレイアがラルフに連れられて来たオリーブに気づいて駆け寄ってくれた。オリーブの不在とテント周辺を守る騎士達の動きに気づいたのだろうフレイアに心配をかけてしまったようだ。


「ちょっと、ラルフ!なんでオリーブが泣いているのよ!騎士に足止めされてしまっているのにお兄様はまだ報告に来ないし、二人とも何があったのかちゃんと説明しなさい!」


馬車よりも大きな飛熊と対峙した事、カイルに依存するように魔法をかけられていた事、歌姫の力に恐怖を抱いているラルフ達を見た事、マールムに笑顔を向けるカイルを見た事、そして何より、ラルフがマールムにテイムされてしまった事。この短い間に衝撃的な出来事が続いたオリーブの心はぐちゃぐちゃになって決壊寸前だったのだ。


悲しいいのか、辛いのか、どうしたいのか、どうして欲しいのか、何も言葉にできない。心配してくれるフレイアの顔を見たことで涙が溢れて止まらなくなってしまった。


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