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赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜  作者: くびのほきょう
貴族学園

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今日は1泊2日の林間学習の1日目。

目的地のカンディア山へ向かうため朝早くに王都を出発した馬車の中、オリーブはフレイアからゲームの話を聞いている。


林間学習は貴族学園へ入学したばかりの1年生が、豊かな自然の中で飯盒炊爨や野営などを学び同級生との仲を深めるための1泊2日の行事。女子生徒には乗馬服を簡易化させたようなズボンとシャツが支給された。自然の中で自力で活動する事に重きを置いているため侍女や従者の同行は禁止されていて、馬車の中は珍しくズボンを履いているオリーブとフレイアの二人きりだ。


「ゲームの林間学習の舞台は今から行くカンディア山じゃなくて去年まで林間学習で行っていたセッラ山よ。ルートによって湖に魔獣のヒポトリアが出てくるの。ヒポトリアは簡単に言ったら牙がオレンジ色で毛が生えたカバみたいな見た目の巨大な魔獣だけど、オリーブは知ってる?」


オリーブはフレイアの問いかけに頷く。

辺境伯領で魔獣退治をしていたラルフと文通していたオリーブは、普通の貴族令嬢よりも魔獣に詳しい自信がある。ヒポトリアは、ラルフの父親ゾグラフ辺境伯率いるゾグラフ辺境騎士団の皆で力を合わせてなんとか倒したと、ラルフの手紙に書いてあった魔獣だ。図鑑には大きな牙で船を噛み砕いたり、口から高い威力の水魔法を放ったりと、淡水に棲む魔獣の中で一番凶暴と載っていた。


「カンディア山にはヒポトリアは出ないんですか?」


「出ないはずよ。過去100年の記録を参照したけど目撃情報すらなかったわ。この数ヶ月、我がマルティネス公爵家の騎士団の訓練としてカンディア山を徹底的に魔獣退治をしてもらったの。兄からはヒポトリアどこころかスライム一匹出ないって言われてる。だけど、ヒポトリアの住処は川や沼の深くだから捜索しきれなかった可能性はある。今回の林間学習はマルティネス公爵騎士団とドミニク様が派遣してくれた王国騎士団が厳重に警備しているわ。騎士の人数は2年前に第一王子のドミニク様が参加した時の倍よ」


王国騎士団はドミニクが溺愛しているフレイアの身を案じて派遣したことになっている。頬を染めながらそう説明するフレイアはとても可愛らしく、オリーブも自然と頬を緩ませてしまう。


王都から馬車で4時間程の距離にあるカンディア山は、フレイアの実家マルティネス公爵家が持つ領地の一つで、透明度が高く緩やかな流れのカンディア川がある避暑地として有名な観光地。

騎士科の生徒は騎乗で、魔法科と官吏科の生徒は馬車でカンディア山へ向かうのだが、馬車の数が少なくなるようになるべく乗り合いして欲しいと言われているため、オリーブはマルティネス公爵家の馬車へ乗せてもらっている。


「転生者の私がいたり、オリーブが生きているからかゲームから変わっていることは多いわ。それでも、乙女ゲーム転生ものの小説では”強制力”っていうゲームのストーリー通りの展開に無理矢理なってしまう力が出てくることがあったの。そのせいで林間学習の場所を変えたとしてもストーリー通りヒポトリアが出てくるんじゃないかって不安になってしまうのよ。……くじで決まったマールムの班のメンバーがゲームと同じになったことで、くじみたいな人の力が及ばないところはゲームと同じ進行になることもわかった。ゲームではヒロインと同じ班になったいじわるな令嬢がヒポトリアに襲われて杖なしでは歩けなくなるほどの大怪我を負ってしまうの。これは自分よりも男性に構われているヒロインに嫉妬して嫌味を言った令嬢へのざまぁだったんだと思うけど、現実的に考えると罪に対して罰が重すぎると思う……絶対にそんな怪我はさせないわ」


林間学習では騎士科、魔法科、官吏科の三科ごちゃ混ぜになったクジで決まった5人組の班で行動する。マールムの班のメンバーは攻略対象のサイラス、ラルフ、フェリクスに官吏科の侯爵令嬢エミリア・キャンベルの5人組だった。これはゲームと同じらしい。


エミリアは入学当初に子爵位や男爵位の令嬢を小間使いのように従わせようとした例の侯爵令嬢だ。フレイアが世間話の体裁で官吏科全体の意識改革をしたことでその問題は解決したとオリーブは思っていたのだが、実は、そのすぐ後にフレイアはエミリアを呼び出し一対一で注意したのだとこっそり教えてもらった。


フレイアがエミリアを諭した内容までは聞いていないが、その後のエミリアは憑き物が落ちたように穏やかになり下位の令嬢に謝罪した後は当たり障りなく社交をしていて、今となっては元庶子とはいえ伯爵家嫡子のマールムへ嫌味を言う姿など想像できない。


特に恩も恨みもないが、うら若き貴族令嬢のエミリアが大怪我を負う姿などオリーブも見たくはない。


オリーブは幸いフレイアと同じ班になれた。派閥や相性の問題で同じ班にできない人達もいる事から、揉めることがなければくじを交換することが認められているため、オリーブと同じ班のくじを引いた令嬢とフレイアがくじを交換して同じ班にしてもらったのだ。フレイア以外の班のメンバーは騎士科の男子生徒二人と魔法科の女子生徒一人の五人班だ。


フレイアと同じ班になれたことは嬉しいが、ラルフがマールムと同じ班になったことを思い出すと胸がザワザワと波打っているような胸騒ぎがして胃のあたりがムカムカとしてくる。

ラルフとマールムが同じ班になったことを考えたくないオリーブは、話題を変えるために、ゲームでは第一王子ドミニク、第二王子サイラス、王弟カイル、王族三人のルートの時だけヒポトリアが現れ、そのせいでヒロインが歌姫だと露見することについてフレイアに話しかけた。


「王族のルートの時にしかヒポトリアが出てこないことが不気味ですね」


「本来行く予定だったゲームの舞台のセッラ山には、湖畔にあるハート型の岩を触ると幸せなれるっていう言い伝えがあるの。地元の人からその言い伝えと岩の場所を聞いたヒロインは、その時点で1番好感度が高い攻略対象と二人で湖畔へ行く……ここまでは全ルート共通。カイル殿下は先生として林間学習に参加しているし、ヒロインが騎士科に所属している時は3年のお兄様がなぜか護衛騎士として林間学習に参加するし、ファンディスクのドミニク様ルートの時なんてドミニク様が意味なく林間学習を見に来るご都合主義っぷりよ。所属科や進行状況によってストーリーに多少の違いはあったけど、思い出せる限り何がヒポトリアの出現に関係しているのかは分からないのよね」


”風が吹けば桶屋が儲かる”と言うように、何か小さなきっかけから繋がってヒポトリアが出現することになるのかもしれない。現にオリーブが生きていたことでラルフがゲームから変わり、そのせいでサイラスやアラスターの関係もゲームと異なっているのだ。


「ドミニク様にゲームの話をした12歳から定期的に王国騎士団がセッラ山へ魔獣討伐をしに行ってくれてるけど、ヒポトリアは出たことがないらしいのよ。それなのに、ゲームでは王族ルートの時だけヒポトリアは出現した。セッラ山でヒポトリアを討伐していたらまだ安心できたのだけど……もちろん今日と明日はセッラ山へも王国騎士団を派遣してもらってるわ」


フレイアはそう言いながら馬車の窓の外、セッラ山の方向を睨んでいる。随分前に王都を出たため、馬車の外には収穫間近だと思われるレタス畑が広がっている。フレイアと同じように窓の外を見たオリーブは、馬車と並走し騎乗で走る騎士達の中に見覚えのある顔を見つけた。


「もしかしてあの黒髪の方はアラスター様ですか?」


「そうよ、目と髪の色が違うのによくわかったわね。……私が手を振っても無視して欲しかったわ。手を振り返してくれてるのは嬉しいけど解釈違いなのよね」


赤い髪に紫色の瞳だったはずのアラスターは、黒髪で茶色い瞳になっている。馬車の中から手を振ったフレイアに気づき、無表情のままでフレイアへ手を振り返している。笑わないアラスターは氷の騎士と呼ばれるほどに周囲から冷淡だと思われているが、実際は表情筋が動かないだけでちゃんと妹思いな方のようだ。


「髪の毛は1週間ほどで落ちる染料で染めて、瞳の色はドミニク様が瞳の色を変える魔道具を貸してくれたのよ。一応お忍びだからね。アスという名前で平民騎士のふりをするって言ってたけど、あんな尊大な佇まいで馬に乗る平民騎士はいないと思うわ。オリーブもすぐ気づいたし、あの様子だと周りの騎士は兄だと気づいているのに忖度して黙ってくれてるようね……」


「色が違っても整った顔立ちは変わっていないし高貴な雰囲気は隠せていないので、他の生徒達が混乱しないようになるべく顔を見せないようにした方が良いかもしれませんね」


この世界には前世の世界にあったカラーコンタクトは無く、目の色を変える魔道具など聞いたこともなかったが、王族ともなるとそんな珍しい魔道具も所有しているようだ。きっと国宝だろう。


「反対側にはラルフがいるけど、気づいてた?」


オリーブは反対側の窓の外、フレイアが指差す方向を見ると、緑色のレタス畑の中でも目立つ芦毛のマレンゴに乗りオリーブ色の髪をたなびかせたラルフを見つけた。オリーブが窓の外を見たことに気づいたラルフと目が合い、オリーブは手を振ってみたのだが、ラルフは手を振り返す事なく眉間に皺を寄せて馬車とは反対方向に顔を背けてしまった。


「ゲームでは溺愛スパダリ系だったあのラルフが照れて手を振り返せないなんて、こちらも随分とゲームと違うのよね。オリーブがこの馬車に乗ってるから近くを走っているくせに、これじゃただのツンデレじゃない」


もしも五年前にオリーブが死んでいたらパレルモ伯爵家に復讐していたかもしれない。そうラルフに言われたのだとフレイアに打ち明けた。フレイアはオリーブの考えと同じように、ゲームのラルフはオリーブとオリーブの母の復讐のためにヒロインに近づいたのではないかと言ってくれた。


「事情を知っているお兄様と我が家の騎士団はいるし、オリーブ守るマンのラルフもいるし、そのラルフに負けてますます戦闘狂になっているサイラス殿下もいるし、ドミニク様が派遣してくれた王国騎士団もいる。ヒポトリアが出たとしてもきっと大丈夫。それにヒポトリアが出るならば、最終的にマールムが歌姫の力でヒポトリアをテイムする可能性が高いわ。ゲームの中で怪我をした生徒達だけじゃなく騎士達も含めて怪我人を出さないのが目標よ!」


万が一だけれど、万が一騎士達でヒポトリアを討つことが出来なければ、オリーブが歌ってテイムすることも出来る。ゲームのようにマールムがテイムするのでも構わないが、もしもゲームとは違いマールムが歌姫ではなかった場合は、オリーブが歌えばいい。なるべく歌姫だと知られたくはないが、隠していたことで誰かが怪我をしたら、後で後悔する自分が想像できる。


オリーブが心の中で決意しているうちにいつの間にかレタス畑を抜け、目的地のカンディア山に付いていた。 


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