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王都にタウンハウスがない者や、登下校に時間がかかるものなど、希望者は寮へ入ることができる。母とホワイト前子爵は領地を管理をしているため、オリーブは母がいない王都のホワイト子爵邸で過ごすのを遠慮し寮を選択した。
部屋に唯一ある椅子をフレイアへ譲り、オリーブはベッドへ腰掛けた。本来なら談話室などで話すべきなのだろうが、使用人なしで二人きりになるにはこの部屋が一番いいだろう。フレイアはゆったりと椅子に座っている。こうして気を緩めてのんびりしているフレイアの姿は初めて見たが、普段は第一王子殿下の婚約者として常に隙を見せないように過ごしているのだろう。
オリーブは念の為、寮で歌うために母から譲り受けた防音魔道具を起動した。
「私も寮が良いって言ってみたんだけど、妃教育で頻繁に登城しないといけないからって父の許可が下りなかったのよね。高価な宝石は置いておけないしドレスを置く場所も着替える場所もないから仕方ないってわかってるけど、このベッドルーム一部屋ってところが前世のワンルームアパートを思い出して羨まし……って!そのぬいぐるみ!」
フレイアはオリーブの部屋を見渡し、ベッドに置いていたぬいぐるみを見て目を丸くしている。ホワイト子爵領のお店で丸々として太々しい表情が珍しいこの白猫のぬいぐるみを見たオリーブは、特別に目の色を緑にし、灰色の首輪をつけてもらった。前世で飼っていた白猫の”おもち”にそっくりなぬいぐるみだ。
「MAWATAがSNSに写真をあげてたペットのおもちちゃんそっくり!もしかして、オリーブもMAWATAの福岡公演のために飛行機に乗っていた?」
MAWATAというのはオリーブの前世、白崎真綿の芸名。オリーブの前世の死因は福岡公演のために乗った国内線の飛行機事故だった。
フレイアもその飛行機に乗っていたようだが、ここは自分はMAWATAだと明かした方がいいのだろうか。オリーブは迷い、ひとまず同じ飛行機に乗っていたことだけ正直に話すことにした。
「MAWATAの福岡公演のために羽田から福岡行きの飛行機に乗っていました。はっきりと思い出すのを頭が拒否しているのか事故当時の記憶は曖昧なんですけど、燃料タンクが爆発したと放送があったことは覚えています」
「私と同じね。私は東京暮らしの独身アラサーOLだったの。激戦のライブチケットが当選して、いっそのこと溜まってた有給を消化してついでに福岡を旅行しようと思ってたんだけど行きの飛行機で亡くなっちゃったのよね。ファンになって初めてのライブだったのよ。せめてMAWATAの生歌聞いた後で帰りの飛行機で死んだなら悔いもなかったのに……」
フレイアはだんだんと公爵令嬢とは思えない砕けた口調になっている。オリーブは前世の記憶をさぐるとその影響を受けるが、フレイアも同じかもしれない。
「ライブの3日前だったからか周りはお年寄りの団体しかいないと思っていたけど、同じMAWATAファンもあの飛行機に乗ってたのね。……オリーブはゴム男爵に会ったことがある?」
オリーブが乗っていたのはファーストクラスだったせいかそのお年寄りの団体は知らない。そして、ゴム男爵とはゴムを発明し、男爵を陞爵した男性のことだ。
「ゴム男爵とお会いしたことはありません。この流れで言うってことはもしかしてゴム男爵もその飛行機に乗っていたのですか?」
「そうなの。この世界って電力の代わりに魔力が、家電の代わりに魔道具がある、みたいな感じじゃない?車はなくて馬車だけど冷蔵庫はあるみたいな、前世からするとチグハグな世界の中に魔法と関係ない理論で出来てるゴムが少し異質に感じて、12歳の時に父のコネを使ってゴム男爵に会いにいったのよ。ゴム男爵は60歳のおじさんだったんだけどね、話してみたらやっぱり日本からの転生者で、しかも同じ飛行機に乗ってたお年寄り団体の一人だったの。前世はゴム工場に勤めててその知識でゴムを開発したけど後悔してるって言ってたわ。素朴だった奥さんは変わってしまったし、ゴムの利権に群がる親戚達の相手が大変なんですって」
オリーブの元父パレルモ伯爵と母が政略結婚する原因となったゴムの開発者が、同じ飛行機事故で亡くなった日本からの転生者だったらしい。馬車のタイヤや靴の底など様々な場所で使われているゴムだが、オリーブは生まれた時からあるゴムに違和感を感じることなどなかったため、フレイアの鋭い洞察力に感心する。
「あの飛行機事故で亡くなった人はこの世界に前世の記憶を持って転生しているのかもしれないわね。私とオリーブは同い年だけど、誕生日も違うし、ゴム男爵は私たちより50年近く前に生まれ変わっているし、法則性がわからないわね」
ツアーの際はなるべくペット宿泊可能なホテルにしてもらいおもちを同行させていたため、事故にあった飛行機にはおもちも乗っていた。フレイアが真剣に生まれ変わりの法則を考えている横で、オリーブはあのパレルモ伯爵家の庭で見たピンクの目の白い仔猫はおもちの生まれ変わりだったのかもしれないと考えていた。
「さっき図書室で聞いた『赤いりんごは虫食いりんご』っていうのはね前世の乙女ゲームのタイトルなの。原作者がMAWATAファンでヒロインのモデルにしたってネットで騒がれてたから私は一通りクリアするまでプレイしてみたんだけど、オリーブは知らなかった?でもMAWATAをモデルにしたってのはただの噂だと思うわ。似てるのは幼少期に両親と離れて一人ぼっちだったことと歌姫になるって部分だけで、ぜんっぜん違うの。あのヒロインがMAWATAだなんてひどい解釈違いよ!そもそも恋愛する乙女ゲームのヒロインに、あの無機質な歌声が魅力のMAWATAをモデルにするのが無理があるのよ」
それからMAWATAの好きなところなど熱心に話し出したフレイアに、オリーブは自分の前世がそのMAWATAなことを秘密にしようと決めた。
前世でゲームというとパソコンに付いていたソリティアしかしたことがなく、MAWATAがモデルだと言われているゲームの存在すら知らなかった。フレイアが一息つくのを見計らってオリーブがそう伝えると、フレイアは今度は乙女ゲームについて丁寧に説明をしてくれる。
「……つまりは、会話の選択肢を選んだりミニゲームをしたりして狙った攻略対象を恋愛的に攻略するのが乙女ゲームね」
フレイアの説明にうなずくだけのオリーブ。正直、何でこんな話をされているんだろうという気持ちになっているが悟られないように真剣な表情で聞いている。
「前置きが長くなったわ。私がオリーブへ『赤いりんごは虫食いりんご』を知っているかって聞いたのは、この世界がその乙女ゲーム『赤いりんごは虫食いりんご』にそっくりだからなの」
ここが前世の乙女ゲームの世界かもしれないという話などすぐには信じられないが、自分に生まれる前の記憶があることと、フレイアという同じ日本からの転生者の存在、暦や花言葉などが共通していることを考えると完全に否定はできない。
「攻略対象は第二王子サイラス、公爵子息のアラスター、魔法師団長の庶子フェリクス、それと、辺境伯子息のラルフに王弟カイル、おまけのファンディスクで第一王子ドミニク。この6人」
ラルフとカイルの名前が出て、オリーブはドキッとする。
「主人公は黒い髪に赤い目で、貴族学園の入学数年前まで市井で一人ぼっちで暮らしてて、庶子から伯爵令嬢になった女の子。ゲームでは自分で名前を付けるから学園入学まで誰か分からなかったけど、当てはまるのはあなたの異母妹マールムしかいないわ」
前世と今世ではことわざや慣用句も共通しているのだが、もちろん違うこともある。前世で歌詞を書くこともあったオリーブは、マールムというのはラテン語で『りんご』と『悪』という意味だったと知っている。今世ではマールムに『悪』という意味はない。
ここは『見た目が美しい人でも心が腐っていることがある』という意味のことわざ『赤いりんごは虫食いりんご』というタイトルがついた乙女ゲームの世界かもしれない。そのゲームの主人公は『りんご』と『悪』という意味の名を持つマールム。
オリーブは入学式の時に見た、大輪の花のように笑うマールムの笑顔を思い出していた。




