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赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜  作者: くびのほきょう
貴族学園

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10

「あぁぁぁ!大丈夫?ごめん、これはさっき私が授業の道具を運んでた時にこぼした水なんだ。汚くはないから安心して!ってそういう問題じゃないよねっ」


溢れていた水で滑り転んだオリーブへ、モップを持った男性がしゃがみ込み心配そうに覗き込んでくる。ヨレヨレの白衣に寝癖がついたままのぼさぼさの銀髪の彼は、タレ目な紺色の瞳で整った顔立ちをしている。

『銀髪を見たら王族と思え』というのは、我が国では全ての国民が幼い頃に教えられる常識。確か王弟カイル殿下が魔法科で先生として働き、魔法の研究をしているはずだ。


なぜ王弟殿下がモップを持っているの?


オリーブはびっくりして、周りを見渡すがカイル以外誰もいない。王族に護衛や従者がいないことに驚くと同時に、不敬をしてしまうのではないかと不安になる。オリーブは痛む膝を無視して落とした書類を素早くまとめ無理やりに立ち上がった。幸い書類は濡れていない。


「ここは私が片付けておきます。そちらのモップをお預かりします」


そう手を差し出したオリーブへ、カイルはすんなりとモップを渡したがその目はオリーブの足元を見ている。


「右足、血が垂れているよ。起き上がる時も痛そうにしていたし膝を怪我してるんじゃないかな」


スカートで隠れているので見えないが膝を擦りむいて血が出ていたようだ。


「後で保健室へ行くので大丈夫で「抱っこしていいかな」す」


オリーブの返事も待たず、カイルはオリーブを横抱きで持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこをされたオリーブは書類とモップを持ったまま、目を白黒させて金縛りにあったように全身を固くする。


「ここから保健室は遠いよ。すぐそこの私の準備室に傷薬がある」


「いやっでも、そんな、大丈夫です。せめて自分で歩きます……」


「準備室はすぐ近くだし、ちゃんとドアも開けとくからだいじょーぶ」


前世のオリーブは恋人が出来ることなく若くして亡くなった。今世のオリーブはまだ婚約者もおらず、母と再婚したホワイト前子爵へも遠慮があり、幼馴染のラルフと話すくらいしか男性との関わりがない。いきなりのお姫様抱っこにどうしたら良いかわからず、相手が王族なせいだけでなく男性との近い距離に緊張してドキドキと胸が煩い。


恥ずかしい上に王族の手を煩わせることが恐ろしく頭が混乱する。本当は下ろして欲しいのだが、強く抵抗するのも不敬になるのではと迷いどうして良いかわからない。しばらくしてオリーブは考えることをやめ、誰にも見られないようにと願いながらカイルに身を任せることにした。


「こんなおじさんの抱っこでごめんね」


確か王弟殿下は私の10歳上だったはず。おじさんって年じゃないけど、何て返事したらいいの?


すでに混乱しきっているオリーブは、良い返事が思いつかずに無言で頭を横にふる。


カイルの髪には寝癖がついて乱れているが不潔ではなく、白衣はヨレヨレでも汚れはなく、むしろ爽やかな香りがしている。正しく研究者の見た目なのにオリーブをやすやすと持ち上げぶれずに運んでいることから我が国の貴族令息として恥ずかしくないように鍛えていることもわかる。


優しく笑いかけてくれるカイルの笑顔を見て、オリーブは幼い頃に転んだ時のことを思い出す。


8歳の時、パレルモ伯爵家の庭でラルフと遊んでいたオリーブは不注意から転び膝から血を流した。動揺したラルフが一生懸命オリーブを抱き上げようとしたのだが、8歳のラルフではオリーブを持ち上げることができなかった。近くに控えていた護衛の騎士に部屋まで運んでもらおうとした時、通りかかった父がオリーブを抱き上げてくれたのだ。


怪我をしたオリーブを抱き上げ、優しく笑いかけてくれた父とカイルの笑顔が重なる。


「オリーブ!」


廊下の端からオリーブの名を叫ぶ声が聞こえた。

この声はラルフだ。遠くから呼ばれたはずなのに、瞬きの間に目の前に心配そうなラルフが立っている。オリーブの右足を見てオロオロとしているラルフは、今ではオリーブよりも頭一つ分大きくなりすっかり声も低くなったというのに、その表情は8歳で転んだ時と10歳で泣いていたのを心配してくれた時から変わってない。


ラルフが来たことで緊張も解けたオリーブは、ラルフへ説明しようと口を開けかけた時、ラルフが叫んだ方向からもう一人走ってきた。


「おいっ俺が一人でいたらラルフが怒られるんだぞ」


そう言って呆れた顔をしているのは、青緑の瞳に輝く銀髪の男子生徒。目線は鋭く表情も固いが、王妃様に似た美しい顔をしている。

入学してすぐに騎士科1年生で行った勝ち抜き戦で優勝したラルフは、同じ1年で騎士科の第二王子サイラス殿下の在学中の護衛に任命された。そのラルフと一緒にいる銀髪の男子生徒は第二王子サイラス殿下に間違いない。


王族二人に囲まれ、しかも王弟のカイルに抱き上げられているこの状況が居た堪れず、オリーブは降ろして欲しいとカイルを見たが、にっこりと笑顔を返されるだけだった。


「この水は叔父上のせいなのだろう。オリーブ嬢申し訳ない」


濡れた廊下とオリーブが手に持つモップと右膝のけがで状況を察したのだろうサイラスは、自然にオリーブからモップを受け取り、サッと濡れた廊下を拭き取っている。第二王子殿下のサイラスと話をするのはこれが初めてなはずだが、オリーブのことを知っているようだ。オリーブがラルフの幼馴染だからだろうか。


ここはサイラスではなくせめてラルフに廊下を拭いて欲しいのだが、幼馴染とはいえ子爵令嬢のオリーブが辺境伯子息のラルフへ「廊下を拭け」などとは言えない。目線で気持ちが伝わらないかとラルフを見たのだが、ラルフはカイルへ笑顔を向け両手を差し出している。この笑顔は本当は怒っているのだと幼馴染のオリーブには分かる。


「カイル殿下の手を煩わせるわけにはいきません。オリーブをこちらに」


「私の準備室はすぐそこだから。ラルフ君はドアを開けてくれたら嬉しいな」


すでに水を拭き上げてモップを持ったサイラス、笑顔で怒っているラルフ、のんびりとした笑顔でオリーブを運ぶカイル、そして身を縮めて黙るしかないオリーブの4人はカイルの準備室へ入った。


そうして訪れたカイルの準備室はびっくりするくらい汚かった。応接用のソファには書類や本が秩序なく積み重なっていて座るところはなく、机や棚の上だけでなく床にまで本や魔道具などが散乱している。


オリーブは唯一物が置いていない、カイルが普段座っているだろう椅子へ降ろされた。カイルは水や乾燥の魔道具、消毒や傷薬などを取り出しオリーブの怪我を手当てしようとしたが、オリーブは男性に素足を見られるのは恥ずかしいしこれくらいなら自分でもできると慌てて断ったために、今は男性3人はオリーブの方を見ないようにしてくれてる。


さすが王族が使う傷薬だけあり、傷薬を塗り終わったところから傷口が塞がっていく。


「叔父上、自分で整理できないなら父上の言う通り従者を置いた方が良いと思いますよ」


「んー、考えておくよ。……サイラスは兄上からの伝言?」


絶対に従者を置くことを考えていない答え方だな、とオリーブが思っていると、王族の二人は陛下からの伝言について話し始めた。タイミングよくラルフが現れたのは、サイラスがカイルに伝言があったためらしい。

オリーブとラルフが二人の話を聞いていても大丈夫なのかと不安になるが、本人たちが気にしていないのでオリーブも聞いてないふりをして気にしないことにする。


「なんでお前が魔法科にいるんだよ」

「歴史の先生の準備室は魔法科にあるの」


オリーブの足を見ないようにして、ラルフがオリーブに話しかける。

つい先ほどまでカイルには”オリーブ”と言っていたのに、オリーブ本人には”お前”と呼ぶラルフ。


入学式の後に5年ぶりに会ったラルフは、オリーブよりも頭一つ分背が高くなり父親のゾグラフ辺境伯とそっくりになっていた。そんなラルフにオリーブは「辺境伯に似てかっこよくなったね」と言ったのだが、5年前と変わらず眉間にしわを寄せて睨みつけられ「お前はまだまだお子様だな」と言われてしまった。


体は大きくなったものの、ラルフはまだまだ思春期から抜け出せていないようだ。


「先生たちの手伝いは約束通り来月になったらちゃんと断るんだぞ。良い顔をしていると付け込まれるんだからな」


こうやってオリーブへ小言を言ってくるのも変わらない。オリーブへは口うるさく怒りっぽいのに、官吏科の令嬢達の間ではクールでかっこいいと言われているラルフ。背が高くてスタイルが良く眉間にしわを寄せずに黙っていれば端正な顔をしているラルフは、相変わらずオリーブ以外へは外面がいいのだ。


「オリーブさんって言うの?ラルフ君とは仲良しなんだね」


サイラスとの話が終わったカイルが話に入ってくる。膝の治療が終わったオリーブは急いで椅子から立ち上がり礼を取った。


「オリーブ・ホワイトと申します。王弟殿下には私の不注意でご迷惑をおかけし申し訳ございません。こちらの効果が高い傷薬もありがとうございました」


「いやいや、元々は私がこぼした水が原因だからね。悪いのは私だよ。……それと、ここでは皆からカイル先生と言われているから、オリーブさんも気軽にそう呼んでね」


そう言って傷薬を受け取り、カイルは優しい笑顔でオリーブの頭を撫でた。


オリーブはカイルへお礼を言うと、サイラスとラルフと共に退室した。そのまま3人で歴史の先生へ書類を渡しに行き、ラルフと共に馬車留めまでサイラスを送り届け、寮へ帰った。


オリーブはその間ずっと、ずっと、大きくてゴツゴツとした大人の手で頭を撫でられポンポンとされた感触と、カイルの優しい笑顔を、繰り返し繰り返し思い出してしまう。


寮につくまで二人並んで歩いていたラルフが、オリーブの頭へ手を伸ばしては引っ込めるのを繰り返していたことにオリーブは気付くことはなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のラルフの動作がなんとも甘酸っぱい! こんなにわかりやすいのに、オリーブ全く気付いてないんですね。 ラルフ頑張れ。
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