第79話 来るべき時
【これまでのあらすじ】
鉄壁の男vahohoとともに、三宮地下大空洞、地下湖、海底トンネルを通ってCrystal Towerに辿り着いた和田美咲。
目的階へのエレベーターの扉を開く条件を満たすため、武装ドローンとポータルを取り合う最中、自分を守るため斃れたvahohoの姿に、自分を見失う美咲。
微かな金属音を無意識に追い求めるうちに、仮面の男ドージェと出会い、vahohoから託された言葉、想い、役割を思い出し、自分を取り戻す美咲。
ドージェの正体に違和感を感じた美咲に、仮面の下の素顔を見せるドージェ。それは、かつてクリスタルタワーの謎を追ったたまごろうであった。
10畳ほどの長方形の部屋の奥で、2人の女性が左右に分かれ、不自然な体勢で何やら作業をしていた。
2人が立っているのは、部屋の扉の前のようであった。
扉の左に立つたまごろうは、体を右に倒し、扉の隙間の前で右手を前後に動かしている。
扉の右に立つ和田美咲は、より深く体を左に倒し、たまごろうの下の位置で、同じく扉の隙間の前で左手を前後に動かしている。
2人が前後に手を動かすことで、金属が削られるような音が鳴り響く。
その音は、和田美咲をこの部屋まで導いた音と同じものであった。
「なあ、こんな事しててホントに扉のロックが切れるのかよ。」
手を動かしたまま、美咲はたまごろうに問いかける。
「もう少しのはず。
あなたが来るまで、このやすりでロックを削って、半分以下までにしていたの。
今、見るとあなたが下から削ることで、残りは一割ほどに見える。」
右親指と人差し指、中指で摘まんだ細長いやすりの下の隙間を覗き込みながら、たまごろうが答える。
「ふーん。で、あんたをここに閉じ込めた奴が誰なのか分からないのかよ。
それが、分かんないと、ここを出れても危ないんじゃねえの?」
やすりを持つ手を、疲れた左手から右手に替えながら、美咲が尋ねる。
「そのとおりね。
出た後は、慎重に動く必要がある。
私をここに閉じ込めた人間は、私が自室で食事を摂る習慣を把握し、食事に睡眠導入剤を混入したのだと思う。
そして、私が深い眠りに陥っている間に、外から施錠出来るこの部屋に運び込み、閉じ込めた。
そう推測はしているが、百八の魔星のうち誰がやったかは分からない。
眠りに落ちた瞬間の記憶が無く、目覚めたときには、この部屋にいたのでね。」
たまごろうの言葉を受け、美咲は、再びやすりを左手に持ち替えながら、
「しっかし、その裏切り者はなんで今、あんたを閉じ込めたんだよ。」
「恐らく、来るべき時が来たため。
私を足止めすることが目的。」
美咲は、一瞬手を止め、怪訝な表情でたまごろうに視線を送り、
「来るべき時?」
たまごろうは手を止めることなく、続けた。
「この塔を守る”オニキスシールド”を打ち破るためのアーティファクト※1が産まれ、八騎士の手の者の侵入が確認できた。」
※1.アーティファクト:史的価値のある人工物を指す言葉。イングレスにおいては、イベント時に発生しポータル間を移動させるゲームに使用される。