第51話 魂が欲するもの
【これまでのあらすじ】
真実を探すため、Crystal Tower を登るバイオとグリ。
Crystal Towerを守護する百八の魔星の二人、天狼星のkurokirby、天敬星のしろとの二対二人狼チーム対決で辛くも勝利を得る。上階へのエレベーターに乗り込んだ際、しろからチームBIOのサブリーダーに関する話を聞くのであった。
しろからチームBIOのサブリーダーの話を、さらに聞こうとした、まさにその時、エレベーターの扉が閉まり意気消沈するバイオ。そんなバイオに対してグリは、優しく励ましの言葉をかけた。
「Hey、バイオ。ミスターしろの言葉をトラストするなら、サブリーダーは上階にいることになる。上を目指せば必然的にミート出来るはずさ。ソー、落ち込むな!」
グリの言葉を受け、バイオは顔をあげ、張りのある声で応える。
「そうだな。あんたの言う通りだ。俺たちは、今できる全力を尽くすだけだ」
言い終わるタイミングで、エレベーターが停止し扉が開いた。その瞬間、むせ返る豚骨臭が二人の鼻をついた。
「この匂いは!? 懐かしいような、力が湧いてくるような」
空腹中枢を刺激された二人が、エレベーターを降りると、そこは何かデジャブ(既視感)を感じさせる場所であった。
「この赤いテーブル席、丸椅子、テーブル上の付け合わせ類、そして何よりこの匂い。ここは、もしかして、もっこす※1本店じゃないのか?」
「アイシー。ミーもそう思う。ここは、神戸っ子のソウルフードである、もっこすラーメンをイートできるもっこす店舗でも、屈指のポピュラーストアもっこす本店のレイアウトと瓜二つだ!」
「なんで、ここにもっこす本店と同じレイアウトの部屋があるのか分からない。だが、この匂い、たまらねえ。思えばCrystal Towerに来てから、丸一日以上何も喰っていない。今、この匂いを嗅いで、完全にもっこすの口になっちまった。喰いたくてたまらねえ」
「ミーもハングリーを通り越している。バット、ヒアでイート出来るのだろうか?」
グリの声を受け、奥の部屋より前掛けをした一人の長身の男が現れ、威勢よく二人に声をかけた。
「いらっしゃいさー。もちろん、食べられるさー」
突然現れた男に驚き、
「あ、あんたは誰だ? ここは、何なんだ?」
「そんなことより、やー(あなた)はかめー(食べなさい)。まず、注文するさー」
男の言葉に、我慢出来なくなったグリは、勢い込んで注文した。
「ミーは、つけ麺とシュウマイを頼む!」
つられてバイオも、
「俺は、中華そばカタメンハンバラ※2とライスで!」
「あいよ!」
威勢のいい声をあげ、男は奥に引き込み、すぐにつけ麺、シュウマイ、中華そば、ライスを載せた盆を持って戻ってきた。
「お待たせさー!」
男は、素早くそれでいて丁寧に二人の前に、三つのどんぶり、一つの皿、一つの椀を並べた。
「早すぎるだろ! 頼んでから、来るまで十秒もたっていないぞ!」
驚くバイオに、男が答える。
「調理はAIが高速自動でやってくれるさー。冷めないうちに、かめー(食べなさい)!」
戸惑いつつも、バイオはいつもの儀式を始める。
すなわち、透明の円柱の筒から、付け合わせの直方体の黄色いたくあんをトングで掴んで、五個ライスに乗せた。
そして、まずスープを啜る。レンゲは使わず、どんぶりから直接啜るのがバイオのスタイルだ。
「こ、これは! 脂ぎった見た目に反して、さっぱり、いくらでもいけそうな、それでいて深いコクと豚足の旨味が凝縮している。紛れもなく本店の味!」
次に、モヤシと共にストレート細麺をつまみ上げると、大量のネギが絡みついてくる。それらに二度息を吹きかけ、一気に啜りこむ。
「これだ! この細麺! 意図せずとも適量のスープ、ネギが絡んでくるように計算された細さ。カタメン故のコシと小麦の風味。ネギとモヤシと一緒に咀嚼することにより、スープの複雑な旨味、モヤシの歯応え、ネギの辛み、麺の風味が渾然一体となり、口の中で口福が溢れてくる!」
メインのチャーシューを掴む。まずは、赤身から。
「この薄さにして、溢れる肉汁、赤身の旨味、甘辛い味付け、パーフェクトだ!」
次はバラだ。
「とろける脂身に、絶妙な歯応えの筋が混ざりあう奇跡!」
お次は、赤身、バラ、麺を同時に掴んで口に運び、啜った。
「ああ。赤身、バラ、それぞれの旨味が、そして絡むスープ、ネギ、モヤシが麺と融合する!」
口中に旨味の余韻が残る間に、ライスを頂く。
「たまらねえ!」
炭水化物に炭水化物の食べ合わせに眉を顰める風潮があるが、バイオには理解出来なかった。彼に言えるのは、旨いのだから仕方がない、であった。
それには理由がある。ある原風景がいつまでも、彼を捉えていたのだ。それは、初めて彼が、もっこすを食した時だ。そのとき、彼は、ライスは注文せず、中華そばのみを注文した。だが、一口食べ、体のみならず魂がライスを欲したのだ。それ以来、バイオはもっこすでライスを欠かしたことは無い。
中華そばとライスのマリアージュを堪能したところで、ライスにオンされたたくあんを摘まむ。ここで、たくあんを入れることで、味の調和を取るのだ。
「このたくあん。ライスに合うのはもちろんだが、ラーメンにも見事にマッチするんだ。俺は、人生において、これほど完璧なたくあんに出会ったことがねえ」
そして、スープを啜り、モヤシ、ネギと共に麺を啜り、チャーシューと共に麺を啜り、ライスを頂き、たくあんを摘まむ。この一連のルーティンを繰り返すうち、恍惚状態に入るバイオ。
彼は思うのだ。この時間が永遠に続けばよいのに。。だが、どのような事にも終わりが来る。この時間にも終わりが来るのだ。
気が付いた時には、ラーメンどんぶりとライス椀はスープ一滴、米粒一粒残らず、空となっていた。寂しさと、そして満ち足りた思いという、ある種矛盾するものが、バイオの中で同時に内在した。そして、徐々に体の奥底から力が湧いてくるのを感じる。
大きく伸びをしたバイオが、隣を見ると完食したグリが同じく満ち足りた表情で水を飲んでいた。グリもこちらに気付いたようで、目を合わせ頷き、同時に手を合わせ御馳走様をした。
バイオは、長身の男を見やり、
「旨かったよ、まさにもっこす本店の味だった。ご馳走様。勘定を頼むよ!」
長身の男は、前掛けを外しながら、明るい声で答える。
「喜んでもらえたようで、よかったさー。お代は、結構さー。代わりにあんたらのことを、もう少し教えてほしいさー。百八の魔星が一つ、この地巧星の不二にな!」
「な、なんだと! お前は魔星だったのか!」
「ぬう、オールソーそうか!? もしや、ビフォアフードにポイズンが?」
「そんなことは、しないさー。あれは、本当にあんたらに喰ってほしかったのさー」
邪気の無い笑顔で、男、不二は笑った。
※1.もっこす:神戸が世界に誇る豚骨ラーメン店。野菜、豚足を圧力釜で仕上げた豚足しょうゆ味のスープ、自家製ストレート生細麺、惜しみなく載せられるチャーシューとネギの組み合わせは唯一無二のものとして地元では長く愛されている。
※2.カタメンハンバラ:もっこすのラーメン注文方法の一つ。カタメンは麺を硬めに茹でることを意味する。ハンバラは、チャーシューの半分をバラ肉で、半分を赤身肉にすることを意味する。