第36話 三宮地下大空洞
【これまでのあらすじ】
鉄壁の男vahohoの業の鍵であるアダム細胞。
そのアダム細胞の説明をする教授をよそに船をこぐvahoho。だが、突然うなされ、叫び声をあげ目覚めるvahohoに驚く和田美咲であった。
突然叫んだvahohoに、こばかにするような口調で美咲が憎まれ口をたたいた。
「おっさん、どうしたんだよ。怖い夢でも見たのかよ」
脂汗を拭い、精一杯の作り笑いを浮かべ
「ふふん。年をとるとな、昔の自分の判断が間違っていたんじゃないかと疑うときがあるのさ。子供には、分からんよ」
子供扱いされたことに、抗議の言葉を発する前に、vahohoが
「それより、教授。そろそろ時間じゃないのか」
左手のセイコーを覗き「ええ、そうですね」
言いながら、テーブルの引き出しから注射器を取りだし、手慣れた手つきで、vahohoの左腕に射った。
「次は、お嬢さんです。手を出して下さい」
「何の注射だよ」
あからさまに警戒し、教授に尋ねる。
「注射は、お嫌いですか」
「…」
戸惑う美咲に、vahohoが鷹揚に教える。
「覚えているか? 俺たちは、海から特区に潜入する。そのために、海中で呼吸するための注射だ」
「海中で呼吸する注射? ほんとうに? ウソだったら溺れるじゃん。こういうときは普通スキューバの装備で行くんじゃないの?」
「ふふん。知ったような口を利くじゃあないか。いいか、特区に入るための入り口は、地下深くにある湖だ。その湖は、満月の満潮前後の十分間のみ、特区の埠頭にある海中トンネルと繋がるのさ。
海中トンネルは狭く、空身じゃねえと通れねえ。それに、湖に行きつくには、少々足場の悪い道を行かなければならねえ。スキューバの装備をしていたら、足下がおぼつかねえのさ」
vahohoの説明に美咲はいやいやながら、注射を受け入れ、教授から渡されたドライスーツとゴーグル、ヘッドライトを身に付けた。
教授は、壁の仕掛けを操作し、人一人通れる大きさに手前に開いた。
壁に四角く空いた穴の中は漆黒の闇で、何も見えないが水の流れる重低音が聞こえてきた。
「この音は地下水脈の音です。地下水脈を下流に沿って歩くと湖に着きます」と教授は言った。
vahohoが、穴の中に入っていく。美咲も闇の中に足を踏み入れた。
鼻も掴めない闇の中、手探りでヘッドライトをつけ、金属の梯子を使って五分ほどかけて下に降りた。
周りを見渡すと、降りてきた梯子は壁に沿って設置されていて、その壁は視界を完全に覆うほどに巨大であった。
壁に沿って幅1メートルほどの道があり、壁の反対側は崖で遥か下方から水の後が聞こえた。教授の言っていた地下水脈だろう。
「ここ、三宮※1だよな。地下にこんな馬鹿広い場所があるなんて。。」
「ふふん。まさに世界は、見たままのものとは限らないってやつだ※2。伝説によると平清盛が造ったと言われている。嘘か本当か分からんがな」
vahohoは、勾配のある道を下に向かって進んだ。遅れないように早足でついていく。vahohoの言う通り、足場が悪くスキューバの装備をしていたら確かに崖から落ちそうだ。
足元を気にしながら歩いていると、唐突にvahohoが問いかける。
「Crystal Towerをはじめとする八つの塔。お前はどう思っている?」
「どうって、言われてもなあ。偶然世界の八か所で塔が現れて、何が起こったのかって分かんなかったけど、ちょっとわくわくしたかな」
「ふん。やはり、お前は甘ちゃんだよ。偶然同じ日にあんな途方も無い事が起こるわけがねえ」
「なんだよ。その思わせぶりな言い方。
おっさんはいっつもそれだな。何か知ってんのなら、もったいぶらずに教えてくれよ!」
「いいだろう。これからすべき事にも関係する事だ。教えてやる。あれを仕組んだ奴らがいるんだよ」
「誰だよ?」
「八騎士と呼ばれる奴らだ」
vahohoは苦々しく吐き捨てた。
※1.三宮:兵庫県神戸市中央区にある第二次世界大戦後の高度成長期に神戸市の中心繁華街となった地域。
[Wikipediaより]
※2.世界は、見たままのものとは限らない:イングレスのキャッチコピー。正確には、「The world around you is not what it seems.」(あなたの周りの世界は、見たままのものとは限らない)