第28話 火
碁盤を挟んで、右手白の男が正面を向く。左手の黒の男は、白の男を向いたまま、頭を下げていた。
正面に居並ぶ者たちが頭をあげるのを待ち、黒の男が下げた頭の下から恭しく言葉を発した。
「閣下、時は満ちてございます」
「動く時が来たと?」
間をおいて、閣下と呼ばれた白の男が答えた。
「御意」
問答のようにも聞こえるが、このやり取りは事前に決められていたことを再確認しているだけのようにも見えた。すでに決定されていることを、再度全員に周知するために問答形式でやりとりしているのかもしれない。
その時、居並ぶ者の一人が発した。
「お待ち下さい、閣下。我らが動く時は、全て終わる時にございます。動く前に、確認したき議がございます」
「控えい、火よ。閣下の御前である」
予定に無い発言をした男”火”を、黒の男がたしなめる。
「よい。火よ。申してみよ」
閣下と呼ばれた白の男が答える。
「畏れながら、この中に志を異にするお方がおられるかと。。」
その言葉に、場がざわついた。
「ほう、我らの中に裏切り者がおるとな 」
「口の端にのぼせるのも畏れ多きことながら。。」
「火よ」黒の男がたしなめる。
「かまわぬ。申せ」閣下が答える。
「は。古からの謀の根幹を揺るがすものがございます」
「何か」
「は、アダムと呼ばれる特殊な細胞でございます」
「アダム細胞と言えば昨今世間を騒がせた、まがい物のことか。まがい物がなぜ、謀の根幹を揺るがすのか」
「恐れながら、まがい物でない可能性がございます。そして、そのことを故意に報告されていない方がおられるのです」
「ほう。おもしろい」
閣下と呼ばれた白の男は、すべてを見通すが如き黒白分明にして威ある目で一座を睥睨した。