第25話 特区を目指せ!
満月の月光が、二つの影法師を作っていた。一つの影は、大きな体に似合わない静かな足取りで、もう一つの影は、小柄な体で軽快な足取りで歩いていた。
「どこに向かってるんだよ。道々教えてくれるって、言ったじゃん」
小さい影が、大きい影に尋ねた。若干の、苛立ちの響きを含んだ、若い女の声だった。
「ふふん。そうだったな」
大きい影が、小さい影に応える。楽しむような響きを含んだ、バリトンボイスだった。
小さい影、和田美咲が大きい影vahohoに苛立っている理由。
それは、三十分前の港東公園に遡る。vahohoが、自身の秘技の秘密が複あかにあることを明かし、その理由が、大義にあると語ったときだ。
「大義ってなんだよ! そもそも、今のイングレスでは、DNA認証の端末を使うから複あかは出来ないはずじゃん?!」
「その話は、後だ! もう、時間がねえ! 行くぞ!」
「行くってどこに? 何しに? なんで、あたしが、おっさんと。。」
「うるせえ! それもこれも含めて、道々教えてやる! とにかく、来るんだ!」
それから、三十分歩いているが、vahohoは何も話さない。しびれを切らした美咲が、尋ねたのだ。
vahohoは、あるかなしかの笑みを浮かべ、応える。
「俺たちが、向かっているのは、あそこだ」
vahohoが、指さした先にあるのは、異形の巨塔であった。
「え、あ、あそこって、ま、まさか、Crystal Tower。。」
「そうだ」
「何言ってんだよ。八つの塔の一つCrystal Towerのある、ハーバー特区に入るには、あほみたいなウィークの実績※1がいるはずだ」
「そうだ。特区は、周囲を壁に囲まれ、入口の門で、リベレーター十万※2、マインドコントローラー一万※3を番人に見せなければ、入れない」
「無理に決まってんだろ! しかも、今からなんて、尚更無理だ!」
「慌てるな。それは、あくまでも表の入口のことだ。特区には、もう一つの入口がある。非合法だがな」
「どこだよ」
「海さ」
見えない巨塔の頂上に視線を向け、vahohoは呟いた。
※1.ウィークの実績:イングレスでは、エージェントの活動内容に応じて実績が付与される。実績には、プレイ開始からの総合実績であるオール、直近三十日間の実績であるマンス、直近七日間の実績であるウィークの三種類の期間別実績がある。
※2.リベレーター:イングレスの実績の一つ。ポータルをキャプチャーした回数を意味する。
※3.マインドコントローラー:イングレスの実績の一つ。作成したCF(コントロールフィールド)の数を意味する。