第18話 エンライテンドワダミサキ
深夜、海沿いの小さな公園に三人の男が集まっている。
寒風吹き荒ぶ中、三人の顔が強張っているのは寒さのせいだけでは無いらしい。緊張していた。
緊張をほぐすため少ない会話があるが、それ以外、静寂が辺りを覆う。
三人の耳のイアホンから音声が漏れた。
「こちら、HQ 。状況を報告せよ。オーバー」
一人の男が応える。こういう際、誰が応えるかは予め決めているようだ。
「HQ 。こちら、チームブラボー。異常は無い。オーバー」
「了解した。ブラボー。そちらに向かう一つの人影を見たという報告がある。エージェントかどうかは不明だが、注意せよ。オーバー」
「HQ 。了解した。引き続き、本ポータルの警戒を続ける。オーバー」
応えていた男が、他の二人に語りかける。
「聞いていたな。誰か来るかもしれん」
一際大きな男が答える。
「ああ。攻撃を受けたら手順に従って防御する」
残るスキンヘッドの男が答える。
「CP※1まで、あと一時間、このポータルと淡路とを繋ぐリンクはキープする。淡路島を緑になど沈めはせぬ!」
四国の東かがわから明石のリンクと、東かがわから和歌山へのリンクをエンライテンドは完成させていた。彼等が守るリンク※2が切られれば、淡路島が沈む※3状況であった。
三人は、スキャナを凝視していた。
最初にそれに気付いたのは、HQと通信していたリーダー格の男だった。あるかなしかのレゾの揺らぎ。
常人であれば、ディスプレイの不調を疑うような僅かな揺らぎ。だが、彼は、空海の再来と噂される彼は気付いた!
「空山、空河来たぞ! 攻撃だ! 防御に入るぞ。
HQ 聞こえか! こちら、ブラボー。我攻撃を受ける。防御活動を開始する。攻撃者は、wa..da..ワダミサキ!
繰り返す。我、エンライテンドワダミサキより攻撃を受ける。防御行動を開始する。オーバー」
通信後、リーダーである空湖、大男の空山、スキンヘッドの空河のレジスタンス三人衆は、リチャ※4、レゾわんこ※5、イージスわんこを分担して、防御した。
が、
「何をしている! 相手は一人だぞ! なぜ、守れん。。ぐわーーーー!!」
深夜に三人の悲鳴が響きわたる。
悲鳴の止んだ一瞬の静寂の後、高らかな女子高生の笑いが辺りを明るく包んだ。
「くすくすくす、ゲラゲラゲラゲラー。
ごめんしー。せっかく守ってたのに、お疲れちゃーん」
「お、お前が、ワ、ワダミサキ。。がはっ」
空湖の断末魔。それが、彼の最期の言葉だった。
「くす。なーむ。ばーい」
※1.CP:チェックポイント。イングレスでは、エージェントが作成したCF(コントロールフィールド)の中のMU(マインドユニット。フィールド内の人口)の数を、レジスタンス(青)とエンライテンド(緑)の両陣営で競うが、計測されるMUは五時間ごとに設定されたチェックポイント時点で存在するCFのMUである。そのため、作成したCFがCPを超えるかどうかが両陣営の勝敗を左右する。
※2.守るリンク:ポータルを結ぶリンクは交差することができないため、巨大なCFを作るには、引こうとするリンクと交差する既存リンクをカットする必要がある。
逆に言うと、CF作成を防ぐにはCF作成に必要なリンクと交差する既存リンクを守る必要がある。
※3.沈む:対象をCFで囲むことを、イングレス用語で「対象を沈める」と表現する。
※4.リチャ:リチャージの略。リチャージはレゾネーターのダメージを回復することでポータルの破壊を防ぐ防御方法。
※5.わんこ:攻撃を受けているポータルで、レゾネーターが破壊されたら、即レゾネーターをデプロイし、シールドが破壊されたら、即シールドをデプロイし続けることで、ポータルの破壊を防ぐ防御方法。
食べて食べてもソバが追加される「わんこソバ」が語源とされる。レゾわんこは、レゾネーターのわんこ。イージスわんこは、最高強度のイージスシールドのわんこ。