表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

そのいち

 真っ青な空に、磯の香り。

 何度来ても新鮮な表情を見せる海辺の町は、不思議と肌になじんで懐かしい空気をしている。

 ここは私にとって、第二の故郷だ。


 私は、おばあちゃんが住んでいる家をめざす。

 お盆やお彼岸やお正月といった季節の行事には、母の実家に泊りがけで来ていたので、通いなれた道だ。


 目的地は、電車から降りて20分ほど歩いた高台にあって、上っている途中で航太にあった。

 6歳年上の航太は、両親が経営する食堂兼民宿を手伝っている。

 会うたびに日に焼けてがっちりしてきて、マッスルミュージカルの体形に近づいている。


「ひさしぶり、元気にしてた? 昔、助けてもらったクラゲですよ」

「あのな、海月(みづき)。つまんねー冗談は、いい加減にやめろ」


 声をかけるよりも先に目が合ったときは、うれしそうに見えるのに。

 定番になった挨拶をすると仏頂面になるので、その落差がいつも面白い。

 味付けも何もしていないゴーヤを丸ごと突っ込まれたような顔をするので、えへへ、と駆け寄って笑いながら航太を見上げた。


 久しぶりに見ても、相変わらず、かっこいい。

 苦虫を嚙み潰したような顔をしてても、好き。


「ひさしぶりってのと、昔、助けてもらったのは本当だよ?」

「タチがわりぃんだよ、いろいろと」


 不満げにフイッと目をそらしたけれど、航太は私の荷物を持ってくれた。

 無口な航太は祖母の家に向かって歩く間、うん、とか、ああ、とかそんな返事しかしてくれないけれど、私は私の近況をペラペラと話し続ける。

 短大で勉強中だからここで卒業するとか、もうすぐ栄養士の資格を取れそうだとか、街で流行ってるスイーツの作り方を研究しているとか、言葉にするのはそういう事。


 だけど内心では、真新しい夏のワンピースを着た私に見惚れてくれないかな、とか、夏らしいショートヘアにしたけど、航太は長い髪と短い髪のどっちが好きかな、とか。

 子供の時はこういう時、荷物を持ってない方の腕に飛びついたけど、今は難しいなぁなんてことばかりだった。


 浮かれている私と違って、航太はクールガイのままで、祖母の家についたら荷物をポイっとばかりに置いて仕事へと戻ってしまった。

 別れ際、晩御飯を食べに行くね、というと、わかった、と返事はしてくれたけど、どこか不機嫌そうだったので気持ちがしぼむ。


 航太の不機嫌の理由は、たぶん、私の定番のあいさつ。

 ここ数年、助けられたクラゲ・ネタを使うと、仏頂面が二日は消えない。

 嫌がられる理由はわからないけど、もうやめたほうが良いのかもしれない。


 航太と出会った出来事のネタをやめるのは、それはそれで悲しいけど。

 好きが伝わらないのは、もっと悲しい。


「助けてもらった相手が、恩返しに来るのって昔話の定番なのになぁ」


 定番どころか、嫁にまでなるのが常套である。

 このネタは、渾身の嫁になりたいアピールなのに、返ってくるのは仏頂面だけ。

 恩返しはいらないとか、嘘くさいとか、私の愛情をニセモノ扱いしてくる。


 やっぱり、歳の差が6歳あるから、子供の冗談としか受け取ってもらえないのだろうか。

 私自身、年上のお兄さんにあこがれる一過性のハシカみたいな気持ちかもしれないと、迷ったこともあるから、それが悪いとは言えないけれど。

 二十歳を過ぎた私は、もう、子供じゃない。

 

「航太のバカ、でも好き」


 夏休みも、冬休みも、春休みも、航太に会いに、祖母の家に来ているのに。

 気持ちって想像以上に伝わらないものだ。

 足元の小石を、コツンと蹴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ