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2.任命

 ぴりっとした空気が辺りに漂う。と言っても対立しているのは主にシメオンとユージーンの二人だ。周囲の人々は事の成り行きを見守っているというよりも、二人の剣幕に口を挟めないでいるようだった。


「それで、聖女たる証拠をどうやって我々に提示して下さるんでしょう」


 余裕そうに微笑みながらシメオンは腕を組んで首を傾げた。言外に出来ないだろうと馬鹿にされているような言い方で、ユージーンはひくりと眉間に皺を寄せる。


「簡単なことだ。彼女が聖女としての役割を果たせば問題ない」

「では魔族の討伐でもしてきて下さるんですか?」

「そうだ」


 きっぱりと告げたユージーンの言葉に場がざわつく。


「魔族なんてそんな無茶だ……」

「この間も騎士団が討伐できなくて撤退したって噂だぞ……」

「いくらなんでも……」


 周囲の人のひそひそ声が不安なものしかない。このまま流されていったらきっと大変なことになると直感した私は慌てて話に割り込んだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 聖女とか魔女とか一体なんなんですか!」


 私の必死な叫びにユージーンは振り返る。しかし、その目はなんだかやけに据わっていて余計に嫌な予感が募った。


「すまない、説明するのが遅くなった」


 腰を折って深く頭を下げると、ユージーンは再び私に向き直る。


「ここはルアス国。そして私は宮廷魔術師のユージーンだ。我が国は今魔族の侵攻を受けており、現状を打開すべく異世界から聖女を召喚する儀式の最中だった」

「聖女って……」


 まさかと周囲を見渡すと、視線は全て私に集まっている。


「そう、お前だ」


 頷くユージーンの顔は至って真面目だった。そんな冗談じゃない。私は大学を卒業したばかりのフレッシュな新社会人でしかないのに。


「わ、私聖女なんかじゃないです! ただの一般人です!」

「いいや、お前は聖女だ。その証明をこれからしてきてもらう」

「横暴すぎやしません?!」


 訴えも何も聞き入れてくれない強引さに思わず突っ込むと、ユージーンはその綺麗な顔を近付けて耳元でそっと囁いた。


「――――このままだとお前は処刑されるぞ」

「えっ……!」


 とんでもない発言に私は声を失った。


「いいから今は大人しく従ってくれ。説明は後でする」

「は、はい……」


 ひそひそと小声でそれだけ告げるとユージーンは体を離した。聞きたいことは沢山あったけれど、あまりの剣幕に頷くしかなかった。するとユージーンは再びシメオンに向き直る。


「聖女も承諾した」

「それはそれは、さぞ自信がおありなのですね。それなら……」


 にやりとシメオンは笑った。


「魔王でも討伐してきて頂きましょうか」


 ざわつくなんてものではなかった。一斉にがやがやしだした周囲に、状況を理解していない私でもそれがどれだけ無謀なことかはすぐに分かった。

 魔王なんてゲームのラスボス的な立ち位置に決まってる。仮に私が聖女だとしても、それを召喚したてでレベル一の私が倒せる訳がない。

 それはユージーンも同意見のようで、きっと眦を吊り上げるとシメオンに食ってかかった。


「シメオン殿!」

「冗談ですよ」


 今のは絶対に本気だった。やれやれと肩を竦めたシメオンは眼鏡のツルをくいっとあげて口を開いた。


「では、北の都に向かって頂きましょうか」

「……吸血伯爵か」

「どうします、やめますか?」


 渋い顔をしたユージーンを他所にシメオンが私に問いかけた。ここで首を振れば文字通り私の首が飛ぶだろう。

 それに、四方八方から集まる視線は嫌悪や好奇心だけではない。きっと魔女だろうと聖女だろうと、イレギュラーな存在に少なからず皆何かを期待しているようだった。とてもじゃないけど嫌といえる空気ではなかった。


「――――やります」


 頷くと周囲から歓声が上がる。その真ん中で私は一人途方に暮れていた。どうやら新社会人一日目にしてとんでもない仕事を任されてしまったらしい。

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