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1.異世界

 それはとても温かい春の日だった。

 大学を卒業し、憧れだった会社へ出社する新社会人一日目の朝。紺のスーツに黒いパンプス、就活生じゃないからインナーは白いシフォンのブラウスでちょっと大人っぽく。髪も真面目過ぎない程度に、でも清潔感が出るようにまとめた黒髪もお手入れをしたからさらさらのつやつやだ。

 玄関先にかけていた鏡に映った自分の姿をくるりと一回転して確認すると、私はにこりと笑顔を作る。


 そうして勢いよく玄関の扉を開けたその先はいつものアパートの景色ではなく、どこか見知らぬお城の中でした。


「……え?」


 ざわざわと騒めきが聞こえる。外に出たはずなのに、今私がいるのはよくゲームとかで見るような西洋の建物の中だった。有名な教会みたいに天井は高く、正面には杖を手にした人がぽかんと驚いた顔をしていた。


 金髪に湖みたいな瞳。睫毛バシバシのとんでもない美人だけれど、体格からしてきっと男性だった。


 お人形さんみたいだなあと呑気に思っていたけれど、そんな場合ではないことを思い出す。だって手にしていたはずのドアノブは消え失せ、振り返っても扉どころか私の部屋もない。そのままぐるりと周囲を見渡せば、甲冑を纏った騎士とか魔法使いみたいなローブを着た人達が大勢いて私を取り囲んでいる。

 これは一体どういう状況なんだろう。


「お、おい……、あの色……」

「聖女ではないのか?」

「しかし文献と……」


 突き刺さるのは怯えたような視線。どう見ても歓迎されていない様子に私は思わず後退った。その足元には白いチョークのようなもので大きく魔法陣が描かれている。


「あ、あの……」

「ひいっ!」


 近くにいた人に恐る恐る声をかけると、その人は顔を引きつらせて仰け反った。ガタガタと震える様子にこのままじゃろくな話が聞けないと、隣の人に向き直る。


「すみません、ちょっとお話を……」

「うわあ!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げられて、中途半端にあげた私の手が空を切る。本当に一体どういう状況なのか。困り果てた私の耳に、ぱちぱちと場違いな拍手の音が届いた。


「これは傑作ですね。聖女ではなく魔女を召喚するとは」


 やたら嫌味っぽく告げたのは眼鏡をかけた男性だった。深い青色の髪に紺色の瞳、着ているものは軍服みたいな感じでぴしっとしている。いかにもエリートっぽい立ち振舞いの彼だったが、それに対して金髪の人は明らかに苛立ったようだ。


「口を謹んでもらおうシメオン殿」


 静かだけど怒気を孕んだ声は迫力がある。けれど、シメオンと呼ばれた人はさして気にした風もなく肩を竦めた。


「どうしてです? 明らかな失敗でしょう。伝承の聖女とは全く異なる風貌です」


 そして置いてけぼりになっている私に視線を戻すと、無遠慮にじろじろと全身を眺めてくる。


「髪は豊かな大地を表すような亜麻色の髪、琥珀の輝きを宿す瞳。全てを包み込む自愛に満ちた優しさ持つ美しき女性のはずですが……」


 しん、と周囲に沈黙が降りる。あちこちから私の顔面に視線が集まっているのが嫌でも分かった。


「該当する箇所が一つでもお有りで?」


 ハッと鼻で笑われて、流石の私も頭にくる。

 そりゃあ確かに私はそんな美人ではない。ごく普通の顔立ちだと思っているけれど、馬鹿にされるいわれはないはずだ。


「ちょっと!」


 声をあげてシメオンに向き直ると、周囲の人達が怯えたように後退った。その中で彼だけが悠然と私に対峙している。


「貴方達の事情は分かりませんが、勝手なことばかり言って人を馬鹿にするのは止めて下さい」

「おや、自覚はあったのですね」

「な……っ!」


 かあっと顔が赤くなる。思わず振り上げかけた手は、けれど何か硬いもので制止されてしまった。


「それ以上聖女を愚弄するのは止めて頂こう」


 遮断機のように私の腕を押し留めていたのは金髪の人が持つ杖だった。私の後ろから杖を伸ばした彼は、そのまま庇ってくれるようにシメオンとの間に割って入る。


「随分危ないことをなさる。後ろから刺されても知りませんよ、ユージーン」

「戯言を。仮にも古来から伝わる術式を持って召喚したのだ。魔女と決めつけるのは早計ではないのか?」

「聖女と断定する要素がありませんのでね」


 魔女とか聖女とかよく分からないけれど、とにかくシメオンは私を魔女に仕立て上げたいみたいだった。それに対してユージーンと呼ばれた金髪の人が何事かを考え込む。


「――――では、証拠があればよいのだな」


 ふむ、とユージーンは納得したようだけど、私にはまだ何が何だか分からないままだ。

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