三十三『村の子だもん。』
ウィアナは夢の中にいた。
大きな竜は、口から禍々しく炎を吐き出した。熱いーー
ウィアはそう思った。
それから。
シャーリンが出て来た。睨んでいる。ウィアナは脅えた。怖いと思った。叱られる。だって、仕方無かった。
両親の顔すら覚えていない。兄は頻繁に出掛けて、村にいなかった。
呑み込み悪いウィアナは、身体の大きな子供に、突き飛ばされた。『邪魔』だと。
オレガノもカルセオも、ミアもジニアも居ない日だった。五歳のウィアは、八歳の男の子に、負けたのだ。
彼はいつもカルセオ達に、負ける子だった。
カルセオ達が、出掛けいない日に、態々ウィアに嫌がらせする位ーーには、カルセオ達が、嫌いだった。
理由は、それだけだった。
カルセオ達は、ウィアと仲が良かった訳ではなく、ウィアの兄、グロメラタに懐いた子供達だった。
兄は剣も魔法も学力も、体力も何もかも、優れた人だった。オレガノ達を指導したのは、彼だ。
グロメラタは、人を選んだ。全ての子供を指導した訳ではなかった。才能無き子を指導しても、怪我をさせるだけだからだ。兄はそういう人だった。
ウィアが兄から教わった事は、簡単な生活魔法と、料理と、掃除と、畑の手入れだった。
勉強は、教えて貰ったが。文字の読み書き。数字、計算。地図の見方。薬草の煎じ方。
生きる手段だけ教わった。
いじめをかわす方法を、ウィアナは知らない。兄は、教えなかった。
転んだウィアナは、打った場所が、痛むのを知った。それから悔しさを。擦りむいた手を治す方法を知らずに、ひとりで泣いた。
帰って来た兄が見た頃には、それはもう、治った後だった。兄には言わなかった。
言えなかったのだとーー知ったのは後からだった。
ある日、又『いじめ』られた日に、オレガノ達は『それ』に気付いた。目撃したからだ。『森』からの帰り路だった。花に水やりに来たウィアナは、いじめっ子達にやはり突き飛ばされ、転んだ所だった。助けたオレガノ達は、ウィアナを『強くしよう』ーーと思った。
オレガノは魔法を教えた。師、グロメラタから指導された其れを。
カルセオラリアは虚勢を教えた。心構えだ。強い言葉使いを強いたのも、主に彼だ。
ジニアは器用さを教えた。主に逃げ足だった。
カルミアは、ただ、励ましただけだった。
何よりこの時彼は、ウィアを『守ろう』と決意した。恋心を抱いたのはこの時だ。
ウィアに伝えたが、彼女には未だ理解らなかった。それは今でもだが。
ミアの『恋』に、ウィアは未だ、気付いていないのだ。ウィアは未だーー幼い。
オレガノもセオもミアも『それ』にーー気付いている。案外未だ『子供』なのは、ニアもでーーあろう。
ペルウィアナは夢の中で、睨んだシャーリンが村のいじめっ子に見えたーー
それから姿が変わるーー陸になった。
炎を吹いた『巨大竜』は、陸だった。陸がドラゴンに為り、ドラゴンが陸に成った。ウィアは焼かれた。ーー熱くなかった。
ただ、ーー痛かった。
胸が痛くて苦しくて、陸が怖い顔で睨んだ。ウィアは泣いた。泣いたのにーー
髪が、何故だが優しく撫でられた。何度も。
多分兄『グロメラタ』が撫でているのだろうーーとウィアナは思ったのだった。気持ちが良かった。
そこに、ぴょんっと、『うさぎ』が出て来たのであった。さっき、あっちの『大陸』で出遭ったーーうさぎだーーと、ペルウィアナは思ったのだった。
変なうさぎだった。
『紺』と名乗った『変わった動物』が、『大きな竜』とーー語り合っていると、……………………………………………………………………
「おはよう。」
紺が、言ったのだった。ペルウィアナは、起きた。
夢から醒めたらしい。どうやら。
しかしウィアは、夢だと思った。彼女は自分の寝台で寝ていたからだ。そうか、『全部』夢だったのだと思った。変な夢を見たものだなと。
✻ ✻ ✻
王宮にて、彼等は話していた。
国王は言う。『今年は咲きますかね?』と。
近くで語らずに『皇女』は、微笑んだ。その又近くで、華月 陽藍は妻を横に置きながらふっと何かに気付いた様な仕草で、口の中で何か言った。
国王が『気付く』と、『レザード』が到着した。ーー疲れ切っていた。
華月 陽藍は『おかえり。』と語り掛けたが、『王子様』ーーとは言わなかった。必要無いだろうーーと。
代わりにーー「『彼』は今年も『又』間に合わないのかね。」ーーと、言ったのだった。
長年の『夢』なのになーーと。隣の細君は、微笑したのだった。
『いっそ「村」に植えてはどうなのでしょうーー』
王の傍らの『王太子』が言ったのだが、駄目だと言われた。
「駄目だよ、王子君。あの村は。」
華月 陽藍は、そう言った。『スプス村』では、駄目だと。
息を整えた『レザード』は、『皇女』に言うーー『城』の、生活は『どうだ』と。
レザード・ガイサースは、『ガイ』の姿だった。冒険者だった。
王太子は『その姿』を、呆れて笑ったのだ。
「『冒険者ガイ』ーーは、実在するのだなーー『レザード王子』。」
笑った王太子に、彼は返した。やめろーーと。
「誰がーーレザード『王子』だ。王太子『殿』、もう呼んでくれるなよ」ーー
と。確かに『彼』は、そう言った。
✻ ✻ ✻
忍び込んだ『シラン』は、確かにそう聞いたのだった。確信した。
『レザード』は、『王子』ではないのだーーと。
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「『ペルウィアナ』は、大丈夫なのでしょうか?」
シャーリンは問い掛けた。
「『紺』がみてるから、大丈夫だ。」
シャーリンは窓の外を見たのだった。
「そもそも『あの村』の『子供』は、強いからなーー」
その言葉にーー追い掛けられながら。多分、もう、彼女と会う事はないだろうと思った。
胸が少し痛んだ。余り優しく出来なかった事も。ーー
ーー助長した。
❅ ❅ ❅
夢の終りでウィアは子供の姿だった。泣きながらあの日の言葉を呟いたらしい。
『村の子』だもんーーと。
『余所者』ーーと蔑まれて。兄がこわい顔になった。
嫌、違うーー傷付いたのだ。
ウィアナには何もかもがーー判らなくなったのだった。本当の事も。誰かが吐いたーー嘘も。
自分が何者なのかも。親に捨てられたのかかーーどうかも。全ての事が。
兄の最後の妹へとーーくれたあの石を手放せば、楽になる気がしたのに。それは彼女の気のせいだったようだ。
何も楽にならずに失くしたものが増えただけだった。
もうウィアナは村の子ですら無いのだと思った。
全部、自業自得なのだーーと。
兄の言い付けを破ったのだから。きっともう誰も戻って来ない。ひとりに為った。彼女ーーペルウィアナーーは。
又涙は溢れたのだが、それは熱くも冷たくも、ーー哀しくもなかった。
少し、痛かった。
ーーただそれだけだった。
髪を撫でたのはシャーリンだと思ったのに彼は居なかったのだから。
彼女は要らない能力で、彼の気配は自分の『側』に無いーーと知れた。居ないのは当たり前だ。
シャーリンはウィアナの何でも『無い』人なのだからだ。
でもさびしくて死にそうだと彼女は思った。どうして居ないのだろうと。
温かかったのにと。




