三『泊まるって』
「ーーという訳なんだ……」
旅人のにいちゃんが言った。
聞いていた皆は、とてもどうでも良さそうだった。
「『行かない』だろ? ウィアは。」
カル兄事、カルセオラリアがそう言った。今年16になる、橙みたいな髪の色が栄える顔立の、剣の腕もたつ少年だ。村で一番身体の大きい子からみると、やや劣る体格だが、彼は同じ年頃の子供達の中ならば、とても腕の立つ少年だった。ひとつ年上の、ガノ兄事、オレガノも、カルセオラリアがやるなら、手を出さずに傍観する。その位信頼していた。
オレガノは剣の腕よりむしろ、『回復魔法』が使える、とても頼りになる存在だった。致命傷でない限り、治せる。解毒魔法も数種使えた。以前街まで通い、そういう『学校』で会得したらしい。彼の両親は回復魔法が使える訳では無い。村でも回復系魔法を使えるのは、何人もいないので、とても助かる。ペルウィアナは、使えなかった。残念ながら。
「悪いが、『おにいさん』、うちのペルウィアナは、村から『外』へは、出ないんだ。こいつ『街』にも行かないからな。悪いな。諦めて帰って、他を当たってくれ。街に行けば、誰かいるだろ? 協力してくれるやつがさ。金はあるんだろ? だったら『冒険者』達が居そうな街まで行けば、問題ないだろ? わざわざ『ウィアナ』を連れてく必要はないよ。第一、こいつは一応でも『女』なんだぞ? 見ての通り。『アンタ』と、『2人旅』なんて、させられないさ、『保護者』としては。分かった?」
その、オレガノはそう言った。聞いていた他の面々は、『ウィアナって女だっけ?』 『まあ………一応?』 『やめろ。ラタ兄に聞こえる。やめろ。』等と、好き放題言っていたーー
シランの方が『……こいつ等………ひどいな……』と思った位だった。チラとペルウィアナを見る。
『見た目はかわいいじゃないか』………と。そう、口は悪かったが……………と。
ペルウィアナの言葉使いが悪いのは、間違いなく、彼等、幼なじみ達の影響で在る。
初め、ペルウィアナは普通の言葉使いだった。だが気の合わない子供達と対決するうちに、弱い小さいウィアは、彼等の的にされた。それで段々、彼女の味方の、カル兄達も、ウィアナに『荒い』言葉使いを、無意識に強いてしまった。彼女が奴等に舐められない様にだったが、今思えば失敗で在る。街に出て、ウィアナ位の女の子達を見て、彼等は自分達の致命的なミスに気付いたが、最早手遅れだったので、諦めた。
このシランと名乗る男は、此の村に、『ペルウィアナ』を『求め』て、やって来たのだった。ペルウィアナが使える『洗濯』魔法を求めて。
確かに街には、『洗濯屋』が、在る。在るが既に断わられたので、こんなちいさな外れの村まで、やって来たのだった。なので簡単には諦める訳にはいかなかった。シラン、彼は国境を越えたいのだ。国境には峠が在った。やや難解な道だ。日数も掛かる旅路で、厄介なのが、『洗濯』だった。彼は思った。『魔法で服が洗えるようになった? なら洗濯屋をひとり旅の共にすれば、旅が楽になるじゃねーか!』と。
名案だと思ったが、彼は間違っている。
名案ではない。
彼は『魔法洗濯屋』の『仕事内容』を、勘違いしているのだから。
シランは魔法で洗濯すれば、常に衣服が清潔に保てて、着たまま、つまり着替えなくて『良い』と考えていたが、実はそうではない。
実際の洗濯は、魔法でそれをすると、『楽』なだけだ。
樽に水を汲むし、衣類は洗剤で洗うし、洗ったら絞るし、絞ったら干す。普通と変わらない。
魔法を使う『洗濯屋』は、洗いの作業を『魔法』で処理する。使うのは、『風』魔法。
泡を濯ぎ落とす作業も然り。右に同じく。風魔法を操作して、洗うのだ。
次に水切り。絞りだ。これも魔力で絞る。干す前に、水分を飛ばすと、干すのが楽だからだ。
そして干す。これは、魔力ではなく、普通に手作業で、干す。
つまり、魔法洗濯屋は、シーツやテーブルクロス等の、大物を洗うのが、得意な魔法使いの事だった。噂によると、今より少し前に、隣の国、テラピー皇国の何処かの街で、始まった商売らしい。ーーと、聞いた。
今では此の『ハナ王国』でも、ちらほら見掛ける、かなり一般的な、仕事だった。街は食事処などで、良く洗濯屋を利用するらしい。料理人のエプロンや、作業着や、テーブルクロスをなどを洗ってもらう。宿屋も、シーツやタオルなどを頼むとかそういう事らしい。
主流ではあるのだが、街の洗濯屋は、やや高い。オレガノ達は、時々だが、近くの街に行く事がある。そんな時見る洗濯屋の料金は、ペルウィアナの洗濯屋の倍はする。ペルウィアナは、ちゃんと儲けが出る様に計算して、その料金らしいが、では何故街だと高いのだろうーーと、カルミアやジニアは少し思った。
何方にしろ、頼むとしたらウィアナに頼むので、難しい事はそのまま考えなかったのだが。
「……………『保護者』? アンタ達は……………この子…………『ペル……ウィアナ』の、『兄』達なのか?」
はて? アキギリさんとやらの話と少し違うなーーと、シランは思った。
ペルウィアナは聞いたところ、『ひとり』で暮らす少女だと聞いたので、『仲間』に引き込み易いだろうーーと、彼は思ったからだった。
雲行きが怪しくなってきたなーーと、シランはそう思った。
『なんで兄が四人もいるんだよ』と。
さて、どうする。
少し考えた後に、彼、シランは、彼女、ペルウィアナにこう言ってみた。
「んじゃ、せめて、『泊めてくれ』」と。
そこで皆が『はあ??!?』と、言ったのだったが、シランはこう思った。だって仕方無いだろう?とーー
勿論だが、スプス村には、宿泊施設は無かった。温泉とかも。しつこいが共同風呂等も。
何もなかった。
在るのは、各家々と、家畜達が暮らす厩舎小屋などで在る。村の奥に、とても小さい『神像』を飾る小屋は在るには在ったが、それはとても、ひとが寝れる、泊まれる代物ではーーなかった。
つまり彼は『今夜寝る場所が無い』ーーと言ったのだ。そりゃそうだ。皆はそう思った。
それとこれとは別だとも。