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〘番外編〙『早瀬 茉美』

 佐木サキ 夏央ナツオが家長を務める佐木邸にて、早瀬はやせ 茉美まつみと言う女は、顔を背けていた。相手から。


 相手の名は、佐木 直夏スグナ。此の佐木家の三男坊だが、それよりも、彼女ーー茉美には、単に『憧れの人』で在った。出会いは大学時代ーーとは言うが、果たして其れは出会いで在ったのか。茉美は一方的に、直夏を、良くーー知って、ーーいたのだった。


 一方的な想いだった。そもそも『想い』とは、一方的なので在ろう。『想い合う』事で、熟すので在ろうーーと、彼女は知っている様で思案から外れ忘れてしまっていたのかも知れない。



 恋とは盲目もうもくものなのだからだ。そして愛は重い物だ。そう、良くも悪くも。


 初めて会った日から、彼女にとって彼は特別な存在だった。早瀬 茉美は、異性にもてた。だが、直ぐに振られるのだ。自分では悪い箇所が分からないのは、世の常で在ろう。『可愛い』と言われつき合う。が、『違う』と言われ、去られる。茉美は繰り返すうちに、何が悪いのか正しいのか、迷子まよいご迷宮ラビリンスから出れなくなった。出口が無いのだ。無理も無い。


 解決してくれる名探偵は、現れなかった。


 迷探偵ばかりが現れると言う奴で在る。



 中学に通う頃からの其れは、高校生の頃には、すっかり悪い噂と為り果てた。つき合う期間サイクルが短ければ、どうしてもそう成ったので在ろう。段々彼女も否定しなく為った。


 男の方も、何の謂れが有るのか無いのか、又『自分だけは』と思うものだ。そうーー違うと。


 そして破局。苦し紛れに沽券維持の為には、己の武勇伝を創作もする。『ひとの話は半分に聴け。』良いことわざで在ろう。此の場合大いにだ。



 皆が半々に聴けば、茉美ばかり悪者に成る事も無かったのかも知れぬが、今はもうーーそうも行かぬ。七十五日は待てぬので在ろうーー誰がとは言い難く。誰もがとも云い難い事で在るが。



 高校までは、彼女はそんな風に『生きて』いた。まるで流されるままに。溺れずとも泳がぬ様なままに。無抵抗と言う名の暴言の様に。



 彼女はそのうちに大学へと進学した。初めは夢があった。ひとに語らぬとも。インテリア好きから始まったちいさな気持ちは、家そのもの、『建築』という処にまで、辿り着く。インテリア・コーディネーター等では無く、例えば『インテリア』にしても、『其れ』を『初め』の『1歩』目から、『創作つくりたい』ーーと、思ったのだ。


 多少大胆な思いだとは、思ったのだが。恋が何度でも上手くいかない反動も多少あったのかもーー知れない。親を説得して、先生達に渋い顔をされながらも、彼女はその道への一歩目を踏み出した。だが、上手くいかなかった。



 『建築科』は、男子学生が多かった。噂と相俟ってそのうちに、陰口と成った。気持ちも腐り始めた。そんな時に、『現役』で『卒業生』で『社会』で『一歩目』を踏み出している人達の『実体験』講義の臨時講師のひとりとして『来た』のが、佐木 直夏だった。


 彼は茉美の『悩み』をーー全て解消してくれたのだった。図らずとしてだ。



 直夏の講義を聴くうちに、茉美は直夏の話に、夢中になった。気付いた時には最早、『ひとーーとして』の興味を深く抱いた後だった。



 講義が終わると、真っ先に質問に行った。直夏は嫌がらずに、実直に茉美の質問に答えてくれた。茉美は増々夢中に成った。



 早瀬 茉美は言うならば、『惚れっぽい』のであろう。そして盲目のタイプ。秘めたる想いでは居れなかった。


 話の終わりに彼女の有無を問うてしまった。一瞬面食らった直夏であったが、其処は持ち前の反応の『はやさ』で、素直に有無を答えてから、そして不自然無く足早に立ち去って行った。



 故に、此の事は直夏の中では、既に無かった事と為った。当時忙し過ぎた日々の中へと、埋没し、行方不明と為った様だ。その位些細な事柄で在った。その程度の『質問』には、慣れていた事もあっての事で在ったのだろう。



 茉美に言われるまで、本当に忘れていた。



 ある日、忘却と消去されしその過去の記憶は、早瀬 茉美に引っ張り出された。彼女が直夏の勤務先へ、新人としてやって来て、『彼の生活テリトリー』に入り込んで来たからだ。


 彼は当時・・しかった。何故か?其れはーー



 『行方不明』の『恋人』しをしていたからだ。茉美に『再会』した時には、佐木 直夏には、愛しい彼女がいたーーだが、それを茉美が知る訳がなかった。



 知らない茉美はしつこかった。目一杯の、アプローチ。例えゴルフは出来ぬとも『恋』ならば出来るのだーー彼女は。揺るがなかった。日々断られても。『努力』が、『足りない』せいだーーと思う。



 頑張れば『いつか』報われると。





 そして直夏は、勤め先を、辞めてしまったのだった。理由は幾つか在った。だが、




 早瀬 茉美が其れを知る訳は無かった。知り得る術が無い。



 佐木 直夏はそんな事は、話さなかったのだから。




 勤め先の建築系デザイン事務所には、体調不良を伝えて辞めた直夏だったが、所謂方便だった。本当の目的は、彼なりの『夢への』一歩目の『誘い』だった。



 直夏の『目標』は、いつか『商業施設タウン・タウン』の『建設』に携わる事。いつだったか代表に伝えた時には、笑われてしまった。



 『うちにそんな、でかいのは来ないよーー』と。タウン・タウンは『その位』巨大施設だった。


 何しろ施設が、ひとつの『街』なのだから。総合商業施設、タウン・タウン・『シティ』は。



 外部も入るが、『身内』で略、間に合ってしまうーー創設者『華月カゲツ 陽藍ヨウセイ』ーー佐木家の隣に居を構える、父、夏央の友人だった。


 陽藍の『兄』が『代表』を務める建設系・デザイン会社ーータウン・タウンの『設計』は、主に『其処』で在るーーが、リニューアル等を繰り返すタウン・タウンは、新エリア改装等の折には『デザイン』を『公募・・』する事を、直夏は知っていた。だが、彼の代表ボスは、『無理』だと言った。



 無理だと言えば全てが『其処』で、止まる。直夏は、故に『其処』を辞めた。自分の為に。



 過去の自分が未来へと夢抱いた様に、子供達が『夢抱いて はばたける 』場所ーーを『造る』創設者・・・の意に、賛同を称えてたからだ。



 此の世界に、『夢みる場所』が、在っても、いいじゃないかーーと、昔、陽藍が直夏に言った台詞だ。直夏が、『目標』をめた言葉だ。



 父親よりも先に、彼は進路を彼に伝えた。『おじさん、俺、建築家になる』いや、『なりたい』と。



 『どうすれば「成れる」?』ーーとあの日彼は陽藍オジサンに聞いた。ーーーーーー『ドリームシティ』の、造り方を。



 陽藍の息子、リクが、直夏を誘った。『リクしごとのてつだいりーーに。それが理由だった。



 納得しなかったのは、茉美だ。挨拶もそこそこに辞めた直夏への執拗さらなる追跡アプローチが始まったのは。


 「早瀬、今回の事だけど……」


 佐木 直夏は、早瀬 茉美に、そう言った。茉美は、やや置いてから、ちらりと彼を見やった。目線だけで。



 直夏は丁寧な仕草で頭をさげた。息を飲んだ茉美に、彼はその姿のまま、伝えた。



 「申し訳なかった。こちらの落ち度だ。恐い思いをさせて、すまない。体調は? 平気か?」


 佐木 直夏はゆっくりと身を起こしながら、謝罪したのだった。本当に、申し訳なさそうにだ。茉美は目頭が熱くなった。縋り付きたかった。自分は彼を『愛している』とーー思った。



 「…………大丈夫じゃないって………言ったら。なにかしてくれるんですか?…………佐木さんが………」


 気付くともうその言葉は、出ていた。抱きしめてと言えば、抱きしめてくれるのだろうか?


 つき合ってと言えば……………………………、




 「…………何か要望あるの?」


 彼は言ったのだった。茉美の中に、微かな希望がみえた気がした。

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