一『旅人が来たよ』
ウィアは洗濯屋の仕事に、納得していない。噂と違う。なんで布が、柔らかく為らないのかを、悩む。
おじさんの話と違うではないかと。
四軒先のアキギリおじさんに、もう一度聞いてみようと、彼女は村のその路を歩いていた。もう何回も聞いていたのだけれど……何が違うのだろうか。
路を行くと、おじさんが見えた。
「おじさんっ」
と、声を掛けた後で、ウィアは其れに、気が付いた。知らないひとが居る。彼女はそう思った。
『おじさんの親戚の子?』と。何故ならこの村に来客は珍しい。たまに来るのは、誰かの親戚位で在る。それも滅多に来ない。
何故なら娯楽が全く無いからだ。そもそも村人達は、娯楽そのものを知らなかった。耕す畑と、食べる為に必要な家畜。そして村の外の果実園。近くを流れる小川では、魚も採れる。
収穫した果実から作る酒や、保存煮、不作に備えての肉の燻製等、村は皆仕事で忙しい。
街の連中の様に遊ぶ暇は無いのだ。だから娯楽が無い。
遊びがあるとすれば、未だ仕事も出来ない幼子時代の、積木遊びに、人形遊び、工作遊び。裁縫遊び。紙すき遊び。カゴ作り遊びーー上手くなって来ると大人達が、野菜や肉と一緒に街に運んで、それが甘い菓子になり、返って来た。楽しい遊びだ。
透明や半透明の丸い菓子は、口の中で溶ける。甘いのだ。色んな味がした。丸い平たい白っぽい焼いたもの。此れも甘い。さくっとして、口の中に広がる。美味い。外側と違って、中は柔らかいのが、美味しい。それからーー子供にしてみれば、語り出したら切りが無い。
街に行くと、冷たいお菓子もあるらしい。村の子供達は、それには余り、興味を示さなかったが。食べ物は温かい方が美味しいと皆思っていた。鉄鍋パン等、焼き立てが美味い。そのせいで在ろう。
ウィアの5つ年上の兄グロメラタは、街に度々行っていた。彼は花を育てるのが得意で、小川から水を引き村の外で花園を作り育てた花を街に売りに、大人達について行き、ウィアに菓子を買って帰って来ていた。懐かしい話だ。ひとり暮らしを始めて3年かーーと、ペルウィアナは思った。
とりあえずウィアは、アキギリのおじさんに声を掛けたーー
「やあ、ペルウィアナ、どうした。」
アキギリがそう言うと、ウィアが答えるより先に、男が口を開いた。
「『ペルウィアナ』?」と。
ペルウィアナは、『それは私の名前だ』とそう思った。
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「おじさん、その子は誰? 親戚の子? こんにちは、『ペルウィアナ』です。」
とりあえずウィアは、そう言った。
「ウィアナ、彼は旅のひとだよ。探しものをしているらしいよ。」
アキギリおじさんは、そう言った。『探し物?』なんだか昔読んだ絵本みたいねとウィアは思った。
ウィアは旅をする人等は、絵本でしか、見た事がなかったのだから。
改めて男、その旅人を初めて見たウィアはこう思った。『きれいな男の人だ』と。
旅人とやらは、整った顔立ちで、村では見ない様な風貌だった。
きれいな顔に、上品な色合いのコートを着ている。『暑くないの?』とウィアは思ったが。
此のスプス村は、年中温和な気候だった。朝晩の冷えはあるが、日が昇れば過ごし易い。夜暖かくして眠れば、問題なかった。
最も家の中には、空調石があるので、皆問題無い。魔力が作用する部屋の温度を穏やかに保つ石は、効力が弱れば魔力を補給すれば良いだけだ。魔法が使える者なら全員が補給出来る訳でもないが、街に行けば職人が居るので問題無い。金額にもよるが、一度ある程度補給すれば、半年程は保つ。ウィアの家では自分達がやっていた。兄がやっていたので、ウィアも自然とそれが出来た。
ウィアが目一杯力を込めても、三月程しか保たぬが、それで充分間に合った。兄のは軽く込めても、半年程は保ったのだが。それは仕方無い。
偶にご近所さんや、幼なじみが、補給を忘れていて、間に合わせに補給の力を貸した。大概皆、礼に果物やら、偶に肉やら、保存食やら、持って来るので、却って助かる。特に5軒先のおばさんは、ウィアの家の檸檬で、ウィアよりも旨い保存煮を作る。なので多目にあげると、保存煮のお裾分けで返って来る。こつを聞いてもやはり違う。これが年の功かと思う。近所のおばさん達は、皆そんな感じだ。
ウィアの兄も美形だったが、此の厚着の旅人も負けていないなと、ウィアは思った。
村に住んだら兄の様に、おばさん達に囲まれそうだと。
実はウィアは兄が旅に出たのは、おばさん達に人気があり過ぎたからだったのではと、心の隅っこの方で秘かに冗談の様に、思っている。
言ってみたりは、決してしないがーー。案外暢気にお嫁さんでも探しに行ったのかもしれないーーとも、思っていた。この村に、兄に見合う年頃の若い女の子は、いなかった。
ペルウィアナより歳下の、小さい子供達ならば、居るのだが。
ウィアナの幼なじみ達も皆、男の子だった。全員と仲良しな訳ではない。ウィアにも当然苦手な子達も、居た。それは多分向こうもウィアナの事を良く思っていないからだろうと、彼女は思った。
体が大きく、力が強い子達は、大概苦手だった。ペルウィアナは、案外小柄だ。一緒に遊ぶ、体力はなかった。力も弱い。段々男の子達と遊ぶのが億劫になった。
そのうち、決まった数人とだけ、遊ぶ様になった。大概、兄グロメラタに、遊びを教わりながら、其の皆は、成長したーー
今でも彼等とは仲が良い。うさぎ肉が届いたり、ウィアの菜園に無い野菜が届いたりする。
『偶にはウィアナも街に行ってみよう。偶に行くのは面白いぞ?』と、皆は言うが、彼女は興味がなかった。
多分、想像が出来なかったので在ろう。行った事が、無いのだから。
ウィアは未だ、『世界の広さ』を、知らないーーけれど、『空』の高さならば、おそらく知っているのだろう。
『手』の届かないーーものなのだと。
「『おい』あんた、『俺』について『来て』くれ。ーー頼む。」
旅人の男が、そう言った。ペルウィアナは答える。
「ーーは? 嫌ですけど。」と。
正直ウィアナは『なに言ってんだ? こいつ??』と、そう思っていた。
旅人とは『頭がおかしい』変な『ひと』の事を、言うらしいーーさて困ったね。とーー
前途は多難な様だ。
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