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09 身の上話

 偏食で悪食として名高いケルセフ神父の教会には、いつも十人前後の孤児がいたが、十六歳で成人してからも世話になったのは俺くらいだろう。

 神父が俺たちに、いい加減な名前を付けるのは、里親に引き取られたとき、里親から与えられる新しい名前が、子供たちの正式な名前となるからだ。

 つまり成人まで里親が名乗り出なかった俺の名前は、スナック菓子を白飯にふりかけ、その上に熱々のチーズをかけて食べる悪食のケルセフ神父、オリジナル料理の名前と同じである。


「チーズフォンデュ・オン・カールライスとは、神父の付けた仮名だったんだよ。教会の孤児は、小さな子供のうちに引き取られるから、そんないい加減な名前を付けるのも仕方ない。人数もいるしな」


 俺は星空の下を走る馬車の御者台で、ミアに昔話を聞かせている。

 ミアの身の上話を聞き出しておいて、自分の過去を隠すのも申し訳ないし、何より俺の過去を聞かせて、彼女がどう思うのか気になったからだ。


「ご主人様の名前は、素敵だと思います」

「俺の名前は、スナック菓子にチーズをかけた残飯みたいな料理の名前だぜ」

「そうですか? とても美味しそうです」


 いくら大勢の孤児の名前を考えるのが面倒でも、コロネの名前、マヨネーズ・イン・チョココローネなんて、チョコレートとマヨネーズをミックスしたパンだし、ケルセフ神父の悪食ぶりが伺える。

 神父に悪意はないが、せめて美味そうな料理の名前を付けろと言いたい。


「ケルセフ神父の教会では、就学するまで面倒を見てくれるが、俺が六歳になって小等学校に進学すると、同じ境遇の子供たちの世話や、教会の仕事の手伝いをすることになる。いつまでもタダ飯を食うわけにいかないし、コロネのように学校に通いながら教会の外で働く奴もいる」

「ご主人様は、教会のお仕事をなさっていたのですね」

「チビたちの面倒や礼拝堂の掃除、幼かった俺に剣術と学業の素養があったから、ケルセフ神父は教会から学校に通わせて、俺を後継者にしたかったらしい」

「神父様になるつもりだったのですか?」

「それも悪くないと思ったが、俺が剣術や学業で学友を蹴落とせば蹴落とすほど、教会に迷惑をかける結果になった」

「どうしてですか?」


 愛想が良くなかった俺には、引き取ってくれる里親も現れなかったし、働き口も見つからなかったので、成人してからも神父の世話になった。

 教会に恩義を感じていた俺は、せめて剣術や学業の面で努力したのだが、これが裏目に出て、学校では友人ができなかった。

 教会に捨てられていた俺が、剣術や学業で好成績を収めるのが、貴族や士族の息子たちに煙たがられたのである。


「教会の運営資金が、金持ち連中の寄付で賄われていれば、俺なんかが好成績を収めるのが気に食わなかったんだろう。自分たちの金で食わせている俺が、自分たちの子供より優秀なのが許せない。俺が努力すればするほど、教会の寄付が滞った」

「彼らは、浄財の意味をわかっていませんね」

「まあ、連中の気持ちもわかるから、俺は早々に競争から身を引いた。剣術の立会いは棄権して、テストの答案は白紙で提出していた。だから十三歳で高等学校に進学すると、全科目で落第点をとる落ちこぼれになっていた」

「そんな成績でも、高等学校に進学できるのですか?」

「俺みたいな落第生が高等学校いれば、自分たちの子供がビリにならないと考えた奴がいたんだよ。俺が剣術と学業で争うのを止めた途端、教会の運営資金も戻れば、そういったことに顔が効く友人も増えた」


 俺は目に見える結果を捨てたが、それでも人に隠れて剣術の腕前は磨いたし、勉強だって諦めていなかった。

 高等学校に進学する頃には、誰にも評価されないまま、一人で戦ってモンスターを倒せる剣術、難解な魔導書を読み解くことも出来るようになっている。


 それに気付いた奴もいた。


 友人がモンスターに襲われたとき、助けるために剣を振るって一刀両断したのを、たまたま居合わせた彼の父親に見られた。

 ようは上に顔が効く友人の父親は、本気を出した俺が高等学校に進学すれば、自分の息子の評価が下がると危惧して、俺の評価を下げたまま入学だけを許可したのである。

 俺は競争社会に背を向けることで、幸福を追い求めないことで、誰も不幸にならない道を歩んでいた。


「俺さえ本気にならなければ、自分の息子が首席だったからな」

「ご主人様は、じつは出来る男なのですね」


 学生時代の話を聞かせると、ミアは惚れ直したと言わんばかりに、熱い視線を送っている。


「本当は凄い男だと、ミアに自慢したいわけじゃない。競争社会から外れた俺は悪評ばかりで、成人して学校を卒業した後も、友人の父親の斡旋がなければ、就職すら出来なくなっていた。彼の父親にすれば、俺は息子を奮い立たせる噛ませ犬だよ」


 友人の父親の真意はわからないが、俺と競わせれば息子も発奮すると思っていたのは確かだ。

 事実、友人は何かにつけて自分と俺を比較していた。


「斡旋されたお仕事とは、いったいどんなお仕事だったのですか?」

「街の治安を守る憲兵だ。当時は敵国との戦争が終結したばかりで、大勢の元兵隊が街に流入していた。中には、敵やモンスターと戦うために鍛えた剣や魔法で犯罪者になる者もいた。昼行灯の俺は、そうした兵隊くずれの連中の組織に潜り込んで、犯罪を未然に防ぐ間者にうってつけだったのさ」

「間者?」

「スパイだよ。俺は兵隊くずれに紛れて、組織から集めた情報を上司に報告して金を稼いでいた。しかも軍服を着た憲兵だった俺は、そんな組織に捜査情報を横流しする二重スパイでもあった」

「ご主人様は、なぜ組織に捜査情報の横流しなんてしたのです。そんなことがばれたら、両者から追われる身ではありませんか」


 馬車の荷台では、寝ていたはずのコロネとリリンも頬杖をついて聞き耳を立てている。

 教会を出て働きながら学校に通っているコロネは、俺の剣術や魔法が一流だと知っていても、たった一年半で憲兵の仕事を辞めた事情を知らない。

 高等学校を首席で卒業した友人の憲兵隊長カイル・ミューゼンと、彼の父親で兵団長ハイネン・ミューゼン士爵は、兵団で雇った俺に、元兵隊連中の組織の潜入捜査に従事させた。

 俺が汚れ仕事を引き受けた理由は、元兵隊の犯罪を未然に防ぐというお題目で、戦場から街に戻ってきた彼らに逃げ道を作ってやれると考えたからだ。

 俺が両者の間に入れば、街の人間のために命を張ってくれた元兵隊が、犯罪者になる前に止められる。


「上司となった友人のカイルや、兵団長のハイネンの後ろ盾がある俺は、組織に近付くために権力を笠に着る悪徳憲兵を演じた。しかし俺が悪徳憲兵の汚名を着れば、救える人間がいると考えたのは思い上がりだった」


 俺は『軽蔑してくれて構わない』と、ミアと聞き耳を立てている二人に前置きした。

 悪徳憲兵を演じた俺は、汚れ仕事のトラウマで剣が抜けなくなった。

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