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08 馬車

 馬車の荷台で目を覚ました俺は、そこから見える焚き火で朝食を作るミアを見つけた。

 俺の視線に気付いたミアが、微笑んで頭を下げる。


「ご主人様、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「もうすぐ朝食ができるので、リリン様とコロネ様を起こしてくださいませんか?」

「うむ、頼まれよう」


 集落の岩戸まで二頭立て馬車で乗り付けたブンダタが、俺とミアの結婚祝いだと、乗ってきた馬車と金貨十一枚をくれたのである。

 金貨一枚は、もともと俺のものではあるが、それにしたって愛した女を略奪する男に、ずいぶん気前の良い御祝儀だった。

 しかも――


「大層な御祝儀までもらって、ミアとの婚約を解消するのは、おっさんの純情を踏みにじるようで気が重い」


 ミアに旅の目的を伝えれば、集落に戻りたくないし、道中は下働きとして側に置いてくれと頼まれた。

 ミアの元主人から、馬車と金貨を譲り受けていれば、彼女に本当の結婚相手が見つかるまで、生活の面倒を見る義務もあるだろう。

 しかし側にいることを承諾した結果、旅が婚約者との婚約解消が目的だと伝えた今でも、彼女自身は、俺に婚約を解消されていないと勘違いしていた。

 ミアは旅に同行している少女のうち、コロネは妹、リリンは単なる同行者となれば、自分だけが俺の婚約者だと考えている。


「リリンお姉ちゃん、これは由々しき事態ですわ」

「ええ、コロネの言うとおり、これは大問題ですね」


 俺の背後に立っているコロネとリリンが、婚約を解消するはずのミアを馬車から追い出さないので、ご機嫌斜めのご様子だった。


「お兄ちゃんは、ミアのような幼い女の子が好みですし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女の子も好きです。お兄ちゃんを子供の頃から観察している私には、ミアに婚約解消を切り出せない気がするわ」

「それわかります。カールは優しさを履き違えて、ミアを突き放すことができない」

「リリン、私たち気が合うわね」

「そうですね。私とコロネがいるのに、あんな盛りのついた雌猫がいたら旅の風紀が乱れます」

「お姉ちゃん、あの娘には私たちから婚約を解消するように伝えましょう」

「ええ、そうしましょう」


 二人が馬車の荷台を出ていこうとするので、両手を広げて立ち塞がった。


「まてまて、馬車や金貨を受け取って、やっぱり破談にしますとは言えないだろう。ミアと婚約を破談にすれば、ブンダタに馬車と金貨を返却するのが筋なんだぜ」


 そんなことしたら、ミアはブンダタの屋敷に逆戻りだ。

 ブンダタが、それほど悪い奴じゃなくても、愛した女に首輪をはめて連れ歩く、歪んだ性格の中年男には間違いない。


「お兄ちゃん。ミアには手切れ金を渡して、ここから追い出せば良いでしょう」

「コロネだって、身寄りのない肩身の狭さはわかるだろう。聞けば、ミアは女衒の集落に捨てられていたところ、顔役のブンダタが拾って育てていたんだ」

「でも、お兄ちゃん――」

「コロネは、同じ境遇のミアを追い出せるのか? そんなことするなら、俺はコロネを――」

「コロネ、ミアお姉ちゃんのこと好きだよ! リリンは、ミアお姉ちゃんを追い出すかもしれないけどね。ぺろりんこ!」

「コロネが、わかってくれるなら良いんだ」


 俺が舌を出して戯けるコロネの頭を撫でると、リリンも『私もミアのことは嫌いではないぞ……、ぺ、ぺ、ぺろりんちょ』と、ぎこちなく舌を出している。

 コロネとリリンは、ミアをしぶしぶ受け入れた感じが否めないものの、彼女を旅の仲間に引き入れたのが、俺の優柔不断に起因していれば、仲良くやれと無理強いできなかった。


「ミアお姉ちゃんの作ったご飯、すごく美味しい!」

「手持ちの食材で、ここまでの料理が作れるものだね」

「コロネ様、リリン様、ありがとうございます」


 案ずるより産むが易し、馬車から下ろしたテーブルに並んだ朝食は、一流の料理人が作った料理にも見劣りしない御馳走で、肉や魚を焼いただけの俺の料理に、辟易していたコロネとリリンは、ミアに胃袋を掴まれたようだ。

 ミアは家事全般、奴隷売買の親分に五年間も躾けられたのだから、料理どころか、食べた食器の後片付けから、荷台の掃除、洗濯、なんでもそつがなくこなした。

 コロネとリリンが、そんな旅生活で重宝するミアを追い出そうとするはずもなく、三日もすれば彼女のいるのが当たり前になる。


「ご主人様、手綱を預かりますのでおやすみください」

「ミアは、馬車の手綱もとれるのか?」

「はい、乗馬も嗜んでおります」

「なんでもできるな」


 次の婚約者が暮らしている鉱山都市に向けて、馬車を走らせているのだが、のんびり旅を続けた結果、食材と水が乏しくなった。

 食事はともかく、馬車を引く馬もいれば、水の確保が急務である。

 草地のまばらな乾いた平原だったが、夜通し馬車を走らせれば、夜明けには辿り着くところに、小さなオアシスの村があるらしい。

 少しだけ道を外れて遠回りになるものの、急ぐ旅でもないので、観光がてらオアシスに立ち寄ることにした。


「俺は疲れていないけど、しばらく話し相手になってくれ」

「はい」


 俺が御者台を詰めて座ると、ミアはスカートの裾を気にしながら横に腰を下ろした。

 集落での暮らしぶりについて聞けば、日中は学校へ通っており、屋敷に戻れば、教育係から家事の手解きを受けていたらしい。

 ブンダタとの関係を問えば、拾われた当初は、親代わりのような存在だったものの、彼女が商品として完成された頃、手放すのを惜しんだ彼の束縛が始まった。

 ブンダタは年頃の娘が心配で、門限や付き合う友人に目を光らせる父親ではないか。


「おっさん、わりと憎めないな」

「ブンダタ様は、面倒見が良い方です。でも、集落での生活は息が詰まります」

「そういえば、下宿の婆さんに結婚話を持ち込んだのは誰だ?」


 リリンは自ら人間の結婚相談所に登録していたが、囚われの身分のミアは、まさかブンダタの目を盗んで、街に出かけられるとは思えない。

 彼女の代わりに、人間の街まで話をつけに来た奴がいる。


「屋敷で一緒に育った友人のフエネックスが、窮状を訴える私を見兼ねて、人間の街に住んでいる知人に相談してくれました」

「あのキツネの男か? あいつが婆さんの知人だったのか。うちのも食えない婆さんだが、あいつも人を化かす点では同類だ」


 キツネは、俺が金でウサギ耳の少女を買うような男か、試しやがった。

 俺がウサギ女と金で交渉していたら、ミアの居場所に行かせないつもりだったのだろう。


「キツネの名前は?」

「え?」

「うちの婆さんに、ミアとの結婚話を持ち込んだキツネの名前だよ」

「ですから、彼はキツネの獣人のフエネックス君です」

「フエネックスは、キツネの名前だったのかよっ、紛らわしいわ! よく考えたらフエネックスの獣人なんて、そんな細かな分類を聞いたことがなかったぜ。だってさ、ミアが黒髪だから、黒猫の獣人になるわけ? 黒猫の獣人とは呼ばないだろう」

「そうですね」


 ミアは口元に指を当てて笑った。

 いつもにこやかな彼女だが、このとき初めて俺に本当の笑顔を見せた気がする。


「ご主人様が、私との婚約を受け入れてくださったから、ブンダタ様も強引に結婚を迫らなかったのです。だから、ご主人様の下宿先のお婆様には感謝しております」

「それはどうして?」

「どんな身分の者でも、婚約者との婚姻も破談も両者の合意のもとでしか成立しません。私に婚約者がいれば、彼は私と結婚ができないのです」

「ブンダタとの結婚を阻止するためには、ミアが他の誰かと婚約していれば良かった……。なんだろう、今すごい嫌な予感がしている」

「嫌な予感ですか?」

「すまんが、やっぱり手綱を変わってくれるか」

「はい、ご主人様」


 ミアに御者台で手綱を渡した俺は、鞄の中から婚約者たちの肖像画の束を取り出すと、次に訪ねる鉱山都市に住んでいるドワーフの少女を見た。

 下宿の婆さんの話では、鉱山労働者のドワーフたちを束ねる棟梁の一人娘であり、彼女と結婚すれば逆玉の輿で、一生遊んで暮らせると言われている。

 でも、そんなにドワーフの少女が良好物件ならば、無職でうだつが上がらない男との婚約を望むだろうか。


「もしやと思うが、肖像画に描かれている美少女たちには、俺との婚約に拠ん所ない事情があるんじゃないだろうな」


 そもそも下宿の婆さんが、ほとんど勝手に決めてきた結婚話なのに、結婚を断るなら直接会いに行くのが礼儀だと、街から追い出したのも、他の誰でもない婆さんだった。

 婚約者たちに直接会えば、その気になるだろうと、乗り気じゃなかった俺の背中を押していると、深く考えずに旅立ったのだが。


「ご主人様、どうかされました?」

「この旅のカラクリが見えてきたぜ。あの婆さん、仕事を辞めて暇していた俺に、てめえのところに持ち込まれた厄介事の処理させようという魂胆だ」


 一度目は悲劇として、二度目は喜劇というが、三度目以降も続くのならば、俺は茶番劇で道化を演じるしかないのだろうか。

 しかし俺にトラウマを植え付けた過去の仕事に比べれば、婚約者の美少女たちを訪ね歩いて、問題を解決してやるのは悪くない。

 そもそも婆さんの口車に乗せられて、旅立つことを決めたのは自分である。

 それに女の子の悩みを解決するだけなら、人を斬る必要もなければ、友人を騙して絞首台に送る必要もない。

 手が汚れない人助けならば、俺の禊にもなるだろう。


「次は、ご主人様の番ですよ」

「うん?」

「私の身の上話を聞かせたのですから、ご主人様の話も聞かせてくださいませんか? ご主人様と私は、結婚を誓っている仲ですよね……、まだ婚約者なのでしょう?」

「まあ、そうだね」


 上目遣いのミアには、俺との婚約を解消したつもりがなければ、俺の過去を詮索したい気持ちは理解できる。

 それに俺の過去を聞いた上で、彼女から身を引いてくれるなら手間もかからない。

 万が一にもミアと結婚するならば、いつか聞かせる話でもあり、俺の本性を知って婚約を解消するなら、傷が浅いうちに聞かせるべきだろう。

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