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07 ご主人様

 歓楽街を一望できる山の中腹、いかにも人さらい、山賊の館と思しき一軒家が集落の外れに建っていた。

 山の中の一軒家といっても、道から一段高い石垣の上に作られた屋敷の門扉には、松明が掲げられており、屋内から数人の男の笑い声が聞こえていれば、山姥の一人暮らしという感じではない。


「すまんが、この肖像画の娘はここにいるか?」


 俺が槍を肩に担いだ門番に聞くと、家主に問い合わせに向かった彼が、しばらくして玄関から手招きした。

 玄関では屋敷の主人と思われる無精髭を生やした小太りの男が、肖像画に描かれた猫耳の獣人を連れている。

 猫耳の少女は、俺の想像より背が低くて、コロネと同い年くらいに見えたが、下宿の婆さんが、結婚話をまとめているのだから、十六歳で成人しているのは確かだ。

 伏し目がちの獣人の娘は、リリンに勝るとも劣らない憂いのある美少女である。

 ただ一つ気になるのは、山賊の頭のような屋敷の主人が、彼女の首輪に繋がれた鎖を手にしていることだ。


「ほら、お前の婚約者とやらが会いに来たんだぞ。挨拶せんか」

「は、はじめまして、私はミア・ミウミウと申します。この度は、私なんかのために遠路遥々ご足労かけました」

「俺はカール……。これは、どういうことだ? 下宿の婆さんは、まさか俺に奴隷を買い付けろと言うのか」


 屋敷の主人は、集落で奴隷売買を取り仕切る親分のブンダタを名乗ると、ミアとの婚約を破談にしたいので、俺の言い値で慰謝料を払うと提案してきた。

 キツネの言っていたとおり、ミアは彼のお気に入りであり、俺が婚約を解消すれば、正妻として迎えるつもりがあるらしい。

 白髪混じりの初老の中年男が、成人前に見える猫耳の少女と結婚したいとは、幼女趣味の変態オヤジではないか。

 俺としては面倒事に巻き込まれたくないし、そもそも婚約を解消するために旅をしている。

 慰謝料を言い値で払ってもらえるならば、このまま金を受け取って、次の婚約者のところに向えば良いだけだ。


「どうしたカール、いくらでミアを譲ってくれる?」

「そうだな。お前は、ミアの身柄にいくら払えるんだ」

「金貨五枚……。いいや、ミアには金貨十枚の価値がある。ミアには、お前ら庶民の年収以上の価値がある」


 俺を見下したブンダタは、手持ちの金貨十枚を手下に用意させると、革袋に詰めて下卑た笑みを浮かべている。

 涙を堪えて震えているミアが、ブンダタとの結婚を望んでいないのは明白だ。

 下宿の婆さんの持ち込んだ俺との結婚話が成立すれば、この環境から投げ出せると、淡い期待を寄せていたのだろう。

 ようは下宿の婆さんは、そういう厄介な身の上を心得た上で、俺とミアの結婚話を決めてきたわけだ。

 面倒な婆さんである。


「そうか。女の身柄を金で取引するのは、俺の性分ではないのだが――」


 ニヤリとしたブンダタは、髪を掻き上げた俺に金貨十枚の入った革袋を手渡した。

 俺は、やっぱり金で女を意のままにできると考える男が好かない。

 もらうものを受け取ったら、早々に集落を出ていこう。

 中身を確認した俺は、そこに金貨一枚を足して突き返す。


「そこに金貨十一枚あるだろう」

「ある」

「俺は、ミアを金貨十一枚で引き取ろう! そいつは、ミアの結納金だ!」

「な、なんだと、お前は、この獣人を奴隷十一人分の相場で買おうと言うのか!?」

「そうだ。ブンダタが奴隷売買を取り仕切っているのならば、売り手が提示した金額を競り上げるのが御法度だとわかっているな!」

「くっ……、貴様、最初からミアを買い付けるつもりで、俺に金額を提示させたな」

「まさかブンダタは、自ら禁忌を犯すつもりか? そんなことしたら、この集落の奴隷売買に悪評がつくぜ」

「くそッ、小賢しい小僧め!」


 俺が『ミア、こっちに来い!』と呼べば――


「はいッ、ご主人様!」

「いや、まだ結婚してないから、俺はミアの主人ではない。しかし、ここを逃げ出すつもりならば、今をおいてチャンスはないぞ」

「はい!」


 ミアの手を引いた俺は、ブンダタの握り締める鎖を長剣で切断した。

 剣を振るう相手が鎖ならば、思う存分、この長剣で切り裂ける。


「小僧ッ、俺からミアを奪ったことを後悔させてやる!」

「うるせえ馬鹿っ、後悔するのはお前の方だ!」

「おのれ……、斯くなる上は、この小僧を集落から生かして出すな」


 ミアと一緒に奴隷商人の屋敷を飛び出した俺は、山道を駆け下りて、キツネのいた歓楽街まで逃げた。


「おや、お兄さん? その娘は、ブンダタ親分のお気に入りじゃねえっすか」

「キツネっ、この金で追手を食い止めろ!」

「慌てちゃって、どうしたんすか」


 指で弾いた銀貨を受け取ったキツネは、俺とミアを追いかけてきたブンダタの手下に、足を引っ掛けて転ばせる。

 キツネが人混みの中に姿を消すと、倒れ込んだ手下は、まるで狐につままれたような顔で周囲を警戒していた。

 キツネは存外、良い奴かもしれない。

 俺が川沿いの道を走りながら、宿屋に向かったリリンを探していると、道に立っている彼女を見つけて、集落を逃げ出すと伝えた。


「カール、その猫耳の婚約者とは、ちゃんと婚約を解消したのか?」

「リリン、今は詳しい状況を説明している暇がない。コロネを連れたら、集落が見下ろせる丘の上で集合するぞ」


 リリンは泣いているミアを見て、話が飲み込めないものの、俺が想定外の揉め事に巻き込まれたと察してくれた。

 彼女は『丘の上だな』と、復唱してからコロネを呼びに宿屋に戻る。


「ご主人様、私なんかのために金貨十一枚も支払わせて申し訳ありません」

「いいや、俺がブンダタに渡したのは金貨一枚だ」

「でも、ご主人様が渡した革袋には、確かに金貨十一枚が入ってました」


 俺がブンダタに支払った金貨十一枚のうち、そもそも十枚は奴が慰謝料として寄越した金貨であり、俺は一枚だけ足して戻しただけだ。

 それに気付かないのは、連中が金勘定より、暴力に訴えて商売するような馬鹿だからだ。

 つまりブンダタがミアを取り戻すためには、言葉より暴力で解決するのはわかっている。

 俺はミアを屋敷から連れ出す一瞬の隙を作るために、はったりをかましてやったのだ。


「そこの人さらいッ、集落を出ることはまかりならん!」


 集落の岩戸で集まった貴族たちが、ミアの手を引く俺に剣の切っ先を向けている。

 どうやらブンダタは、集落を抜けようとする俺を捕えようと、街に集まっている貴族たちに助力を得たらしい。

 ここが女衒の集落であれば、獣人の女たちを逃さない手筈が整っていた。


「人さらい、そのネコの手を離して縄につけ」

「俺が人さらい? お前らは、秩序を守るべき貴族なんだろう。どうして、この集落の違法行為を見逃しているんだ」

「私たちは、いかにも世界の秩序を守る士爵だ。この集落の秩序を乱す者は、我々の手で成敗する必要がある」

「お前らは、ここの色香に迷って騎士道を外れたのか。それとも金に目が眩んで、悪事に手を貸すつもりか」

「ほざけ、お前のような下賎の輩が何を訴えても、誰も取り合ってはくれぬぞ」


 集落の岩戸で足止めされていると、二頭立て馬車で追いついたブンダタが、でっぷりした腹を抱えて貴族の前に立った。

 俺の背中に隠れたミアが、身体を震わせているのが伝わってくる。


「ミア、こっちに戻っておいで。俺は、お前が成人するまで五年間も育ててやったのだ。そんな何処の馬の骨ともわからない小僧より、私と一緒になる方が幸せに決まっている」

「お前は、五年前からミアを玩具にしてやがったのか?」

「俺は、商品に手を出すような真似をしない。この集落で買い付けた獣人の子供は、炊事、洗濯、掃除、一般教養などを仕込んでから、お貴族様の下働きに売りに出している。ミアは器量も気立ても良くて、手放すのが惜しくなったのさ。いよいよ成人したミアに結婚を申し込めば、自分には将来を誓った婚約者がいると抜かしやがった……。ミアは、俺が五年間も家事を仕込んだ理想の女だぞ」

「そこは、力づくで押し倒したりしないのか」

「俺は、ミアを正妻にしたいんだ。強引に押し倒して、ミアに嫌われたら元も子もないだろうが! 俺はミアと結婚したいんだぞ!」


 照れ隠しに怒鳴っているブンダタだが、ようは俺との婚約が破談になれば、ミアも諦めて自分との結婚を受け入れてくれると考えていたらしい。

 ミアを五年間も面倒をみたのだから、好意を抱かれて当然だと疑わなかった。

 女衒の頭目が手放せないほど、ミアに惚れ込んだというのなら、きっと彼女の気立ては、ずば抜けているのだろう。


「金で人を買い漁るうちに、心も金で買えると誤解したのか。金や鎖で他人を縛る男が、女にモテるわけないだろう」

「なんだと?」

「ブンダタ、子供を食い物にして肥え太った腹、なんでも金と暴力で解決しようとする腐った根性、断言しても良いぜ」


 俺はミアの肩を抱き寄せると、立てた親指で自分の顔を指差した。


「お前のような豚の獣人より、何処の馬の骨ともわからない俺の方がモテる!」

「ご主人様、彼は人間です」


 俺たちのやり取りを静観していた貴族も、ミアの一言に苦笑している。


「小僧、俺をどこまで愚弄するつもりだ……。貴族の旦那たち、あいつを捕らえて牢屋にぶち込んでくだせえ」

「任されよ」


 抜剣した士爵たちは輪になりながら、俺との間合いを詰めてきた。

 俺にも剣を抜くように挑発しているが、反撃すれば正当防衛で手打ちにされる。

 何もしなければ捕縛されて、抵抗すれば殺されるのだから、どちらにせよ終わったと諦めたとき、剣を構える連中の頭上を飛び越えてリリンが現れた。

 リリンの加勢は嬉しいが、連中に捕まるのが一人増えただけだ。


「リリン、お前だけでも逃げろ」

「カールは、いつもどおり私に話を合わせてくれ」

「いつもどおりって……、秘策があるのか?」

「私を信じろ」


 俺の腰から鞘ごと長剣を取り上げたリリンは、突然現れたエルフに注目して足を止めた貴族に向かって、それを掲げている。

 緊迫した状況下では、どんな話も聞き入れないと思った。


「静まれッ、静まれッ、この紋所(もんどころ)が目に入らないのか! こちらにいるお方を、どなたと心得るのか! 頭が高い! 控え、控えおろう!」


 リリンが長剣に刻まれた紋章を貴族に向けると、彼らの顔色が青ざめていく。

 そういえばエルフ村のラビは、長剣の文様が何処かの王族の家紋だと言っていた。


「この紋所? ま、まさか、その紋章はバルバラ王家のものではないか」

「東方の蛮族バルバラ家……、奴が、我が国と親交のないバルバラ王家の者ならば、下手に手出しをすれば外交問題だぞ」


 どうせつくなら大きな嘘の方がばれないとは、誰の言葉だったのか。

 俺はリリンを従えるように、両手を腰に当てて仁王立ちした。


「いかにも俺は、バルバラ王家の者である!」


 そんな王家のことは知らんが、王から爵位を授与された士爵の一存で、他国の王族と事を荒立てられる奴はいない。

 リリンの思惑どおり、俺を他国の王族と勘違いした貴族は、興が冷めた様子で剣を鞘に戻している。


「こんなつまらんことで、他国との紛争の引き金は引けぬ。各々方、ここは引き上げましょう」

「そうですな。歓楽街に戻って飲み直しますか」

「貴族の旦那様、待てってくだせえ。こんなのは、小僧のはったりに決まっています」


 貴族の一人は『はったりじゃなかったら?』と、バルバラ王家の紋章入りの剣を持っている俺が、万が一にも王族だとすれば、疑って斬り掛かることが出来ない。

 彼らだって本気で騙されるほど馬鹿ではないが、違法行為に手を染めているブンダタに、そこまで肩入れする義理もないのだろう。


「ミアを育てるのに、俺がいくら金を注ぎ込んだと思っているんだ」

「愛情の深さは金で計れないが、守銭奴のブンダタがミアにご執心なのはわかるぜ。たぶん本気で、彼女のことを愛しているんだろう」


 貴族に足蹴にされたブンダタは、苦虫を噛み潰したような顔で俺を睨みつけている。


「ミア、カールは口先だけの男だ。お前に支払った結納金だって、よくよく考えたら金貨一枚だった。王族の者でもなければ、お前に贅沢させる甲斐性なんてないぞ」


 さすが奴隷売買の親分は、人を見る目だけはある。

 俺はブンダタの言うとおり、金もなければ、王族でもないし、ミアを屋敷から連れ出したものの、彼女を養っていく甲斐性もない。


「ブンダタ様、今まで育ててくださった御恩は忘れません。ブンダタ様が、親に見捨てられた私を拾ってくださらなければ、きっと雨に打たれて野垂れ死んでいました」

「おお、ミア、私のところに戻って来てくれるのか」


 ミアは脚が汚れるのも気にせず、地面に手をついて項垂れたブンダタの肩に、膝をついて手を置いた。

 情にほだされたミアがブンダタの元に帰り、雨降って地固まると言うのならば、骨折り損のくたびれ儲けではある。

 俺のお節介だったのなら、彼らには申し訳ないことをした。


「でも私は、カール様と生きていこうと思います。例え貧乏暮らしでも、王族でなくても、カール様は私を助けに来てくれた白馬の王子様なんです」

「ミアは、そんなに俺との生活が嫌だったのか……。そうか、では後ろを向きなさい」

「はい」


 ミアはブンダタに背中を向けると、後ろ髪を手で持ち上げて首輪の錠前を晒す。

 彼女の元主人は鍵穴に鍵を差し込んで、鎖のついた首輪からミアを解放してくれた。


「ブンダタ様は、お優しい方です」

「五年間も飼って懐かない猫など、小僧にくれてやる」


 ミアに手を煽ったブンダタは、猫が気まぐれな生き物だと知らなかったようだ。

 独り身の中年男が寂しさを紛らわすなら、猫より犬を飼った方が良い。

 金に意地汚く、権力に物を言わせるブンダタは、人の愛し方を知らない不器用な男だが、根っからの悪人ではない気がした。

 なんて他人事のように考えているが、早く生涯の伴侶を探さないと、俺だって彼のような、金と権力に溺れた大人になるかもしれない。

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