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06 女衒の街

 獣人の婚約者が住んでいる集落は、高い山と山の渓谷にあり、渓谷の奥と手前に簡易な岩戸を置いて、モンスターの侵入を防いでいる。

 生活用水は川から、食料も山の幸に恵まれていれば、集落の暮らしぶりは、俺が住んでいる人間の街より豊かに見えた。

 集落の規模は山に囲まれた渓谷にあるので小さいが、行き交う人々の服装が、何処ぞの貴族と見紛うばかりに派手であり、実際、従者を連れた貴族も大勢紛れているだろう。

 集落のあちらこちらに停まっている馬車も、成金趣味の装飾が施された馬車があり、まるで桃源郷といった様相だった。

 辺鄙な集落なのに、この賑わいは違和感がある。


「山奥の集落なのに、ここはずいぶん賑わっているんだな」

「カールは、ここが何処か知らないのか?」

「知らん」

「この集落が栄えているには、それなりの理由がある。カールの婚約者が、この集落に住んでいると気付かないとは迂闊だった」

「ここは、やばいところなのか?」


 リリンは『子供に聞かせる話じゃない』と、露店で売られている飴に興味津々だったコロネに買い与えると、少し離れたベンチに腰掛けた。


「ここは、悪名高い女衒の街だよ。女衒の連中は、子沢山の獣人の親から言葉巧みに子供を買い付けて、周辺の街や村から集まってくる奴隷商人や貴族に売り付けている」

「奴隷売買は禁止だろう?」

「金持ちに需要があれば、奴隷売買は公然の秘密だよ」

「俺だって町中で取引を見かけたことはあるが……、奴隷売買が、まさか集落規模でまかり通るとは思わなかった」


 奴隷売買は禁止されているが、買い付ける連中に貴族や王族がいれば、厳しい取締がされていないのも事実だ。

 だからって、そんな商売で身を立てる集落があるとは初耳だった。


「ここで取引される獣人の子供は表向き、貴族や王族の使用人に斡旋されている。私も噂程度にしか知らないが、合法な場合もあるが、それを隠れ蓑にした非合法の取引が横行しているらしい」

「そういうことなら、話を済ませて早々に立去る方が良いな」

「私はともかく、コロネもいる。大人の世界を見せる必要がなければ、彼女を連れてこの先で宿屋を探す」

「わかった」


 コロネをリリンに預けた俺は、肖像画に描かれた住処を頼りに、渓谷を流れる川沿いの道を進んだ。

 もう日が暮れてだいぶ経つのに、色とりどりのガス灯に照らされた集落は、まるで昼間のように明るく、道で行き違う人出も賑わいが増している。

 人混みを掻き分けるように渓谷の奥に進めば、夜はこれからが本番、そういった雰囲気に背中を押された男たちが、鉄格子の窓から手を振る女の子を値踏みする歓楽街に出た。

 そこで俺は、肖像画の女の子が暮らす家を再確認するものの、所在地は歓楽街までしか書かれてない。


「婆さんのやつ、まさか娼婦との結婚話を持ち込んだのか? 職業に貴賎なしと言うし、娼婦だからって差別意識はないが、結婚を断るとなれば言い訳に聞こえるぜ」


 そんなことを呟いたとき、揉み手したキツネ顔の男が俺に近付いてきた。

 馴れ馴れしく肩を手を回した男は、数人の女の子が描かれた小さな肖像画を差し出すと、下卑た笑いで声をかけてくる。


「お兄さん、うちの店で遊んでいかない? わんちゃん、ねこちゃん、きつね、たぬき、器量良しの娘が揃っているっすよ」

「キツネが、女を斡旋しているのか?」

「まあキツネの獣人には違いないんっすけど、おいらはフエネックスなんすよ」

「キツネで良いだろう」


 キツネの男は、歓楽街をぶらつく俺に女の子を紹介していた。

 女遊びに興味のない俺だが、彼の差し出した肖像画に視線を落とせば、見た目だけならリリンにも引けを取らない美形のウサギ耳の獣人に目を奪われる。

 俺は金で女を買うような男を軽蔑しているが、ボディラインを強調した黒いハイレグタイツを履いたウサギ耳の少女に、たった銀貨一枚で手が届くとしたら、興味本位で誘われてしまうのも、また人情ではないのか。


「お兄さん、うちは貴族御用達の健全な店ですぜ」

「それは本当だろうな」

「もちろん、健全な社交場っす」


 キツネの男が貴族御用達の健全な店だと言うのなら、何を躊躇う必要がある。

 俺は銀貨一枚を支払うと、男に案内されるまま、地下へと続く階段を下りた。


 数分後。


 肖像画の描かれていたウサギ耳の少女に見送られた俺は、彼女に付き添われて階段を上がると、店の入口で客引きしているキツネの男を手招きする。


「お兄さん、また指名してね」


 ウサギの少女は、振り返った俺に投げキスして店内に戻っていく。

 結果的に、キツネの男の言葉に虚偽りはなかった。

 人参ジュースを飲みながら、お触り厳禁のウサギを個室で観賞するという健全な店だった。

 いわゆる猫カフェスタイル。

 いいや、むしろ銀貨一枚を支払って触れ合いない点では、猫カフェに劣る詐欺のような店である。


「おい、キツネ」

「なんすか?」

「お前の言ったとおり、確かに健全な店ではあった」

「そうでしょう」

「しかし俺は、釈然としない」

「あれれ、お兄さんもしかして当店のシステムをご存知なかったんすか」

「俺はこの手の店を利用するのが初めてなのに、店のシステムなんてご存知なわけないだろう」

「へえ、初めてなんすか。じゃあ店が健全というより、お兄さんが健全だったんすよ」

「俺が健全?」

「馬鹿にしてねえっす。いやいや、それどころか、女に騙されなかったお兄さんを賢いと見直しているっすよ。ちょいと耳を貸してくれないっすか?」


 キツネが地べたにしゃがみ込むので、俺も腰をかがめて顔を近付ける。


「ここは女を買い付ける女衒の集落と呼ばれちゃあいるけど、食い詰めた獣人の吹き溜まり、姑息な真似で集まってくる金持ちから金銭を巻き上げなければ、彼女たちも親兄弟を食わしていけないんす」

「うん?」

「つまり、ここらの店は、成金や貴族のスケベ親父から金を巻き上げる『やらずのぼったくり』の店ばかりっす」

「やっぱり詐欺じゃないか」

「しぃーっ、おいらたちは娼婦館なんて、一言も言ちゃいねえでしょう? ここに集まってくる金持ち連中が、個室で交渉すれば女が抱けると勘違いしているだけっす」

「そりゃそうだが、建前と本音ってものがあるだろう。ただ個室で接待されるだけなら、銀貨一枚はぼったくりが過ぎるぜ」

「いやいや、お兄さんは銀貨一枚で済んで良かったっす。ウサギの娘が本気を出したら、身ぐるみ剥がされていたっすよ」

「え、そうなの?」

「お兄さんは、ラッキーっす。ウサギの娘は、お兄さんを気に入ったから引き止めなかったっす。お兄さん、ウサギの娘に好かれているっすよ」

「そうか……、ウサギの娘は親兄弟のために稼がねばいけないのに、俺に好意があったのから、無理に金を引っ張らなかったのだな」


 俺がウサギに嫌われていたなら、ケツの毛まで毟り取られていたらしい。

 そう考えれば、あの娘と銀貨一枚で過ごした時間も悪くない。

 こういう店で働いて金を稼いでいるのだから、きっと彼女には止むに止まれぬ事情があるのだろう。

 教会でインチキ聖水を十本買ったと思えば、哀れな身の上の彼女に支払った銀貨一枚にも諦めがつく。


「ところでキツネ、この猫耳の娘に見覚えはないか?」


 俺が婚約者の肖像画を見せると、キツネには心当たりがあるようで、店の脇道を指差した。


「この娘なら、店の裏手から山道を登ったところにいるっす。でも、お兄さん」

「なんだ?」

「あんたが、よほどの金持ちじゃないなら、この娘を買い付けようとしない方が身のためっす。この娘は、集落を取り仕切る親分のお気に入りでさ」

「いや、だから俺は、ここに女を買いに来たわけじゃない」


 キツネは『わかってやす』と、事情を知るわけがないのに、調子の良いことを抜かした。

 そして獣人の肖像画を鞄に戻した俺が、薄暗い脇道を進もうとすると、腰を鋭角に折り曲げたキツネが――


「またのご来店をお待ちしておりやっす!」


 と、恭しく見送るのだから、これは口車に乗った上客だと思われた。

 でもまあ、キツネは人を化かすものだし、彼らが人の弱みや善意につけ込んで商売してなければ、女に騙されて金を巻き上げられる客の方が、よほど下衆野郎なのだ。

 しかしキツネの人情噺に絆されて、いつかまたウサギの娘に会いたいと思った俺も、偉そうなことを言えた義理がなかった。

 だから、もちろん教訓と自戒を込めて。

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