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05 嘘はついてない

「気がついたかコロネ」

「お兄ちゃん……、私は夢を見ていたわ」

「どんな夢だ?」

「背広を着たお兄ちゃんが朝食を食べ終えると、赤ちゃんを抱っこした私に、爽やかな笑顔で『いってきます』と言って、お城に出勤するのよ。なんだか、とても幸せな――」

「コロネ、それは夢だ。お兄ちゃんは就職するつもりもなければ、お前と赤ちゃんを作る予定もない」

「就職する気ないの?」

「うん、全くない」

「ちッ、お兄ちゃんの甲斐性なし」


 舌打ちしたコロネが身体を起こすと、焚き火を囲んで向かいにいるリリンを睨みつけた。

 気丈な性格のエルフだが、俺の身内だと紹介された妹とは、意地を張り合う様子がない。

 教会に捨てられていた俺には、育ての親である神父、下宿の婆さん、年下の幼馴染のコロネくらいしか、身内と呼べる間柄の者がいなかった。

 俺との結婚を望んでいるエルフは、俺の数少ない身内と揉め事を避けたいらしい。


「つまりリリンは、生まれ故郷のエルフ村を出ていくために、お兄ちゃんとの結婚話を利用したのね」

「そうだ。カールと旅をしながら、落ち着ける場所を探そうと思っている」

「なるほどね。ではリリンは、お兄ちゃんの婚約者じゃないのね?」

「な、ないですよね?」


 リリンは俺を一瞥すると、不安げな表情で言葉尻を濁した。

 婚約者だと言い張れば、コロネと揉めるのが必至だからだ。


「リリンの言葉に嘘がないか、魔法で確かめても良いよね」

「魔法で確かめる?」

「ちょっと、ここに手を置いてくれる」


 コロネは一冊の魔導書を取り出すと、リリンに表紙に描かれた魔法陣のところに、手を置くように言った。

 リリンがおずおずと手を翳すと、光った魔法陣から荊棘が伸びて、彼女の手を表紙に縛り付ける。


「リリンっ、痛くないのか?」

「お兄ちゃん安心して、あの棘は可視化しているけれど、リリンが嘘を吐かない限り実体化しないわ」


 心配する俺がリリンを見れば、手を縛られたまま苦笑いで頷いた。

 コロネの言うとおり、今は痛みがないようだ。


「我は真実の神に仕える者、嘘を見抜く目と耳を与えろ棘千本」


 魔法の発動は通常、理の書かれた魔導書を触媒にする。

 コロネが呪文を唱えると、リリンの手を縛り付けていた荊棘が、前腕から肩口まで這い上がり拘束した。


「リリン、私の質問に嘘を吐いたら、千本の棘が腕を貫くわよ。たぶん死なないと思うけど、マジで痛いから答えは慎重にね」

「わ、わかった」


 ぎゅっと目を閉じたリリンは、なかなか質問がなかったので、薄目を開けて手元を見ている。

 その姿は、まるで注射を怖がる子供のようだ。


「コロネ、質問はまだですか?」

「魔法『棘千本』の効果は、一人に一回しか使えないのよ。聞く質問を間違えたら、二度と同じ人に使用できない」

「そうなんですね」


 思案顔のコロネは、リリンから聞き出したい真実を吟味している。

 俺と付き合いたいか、俺と結婚を望んでいるか、旅の目的は何か、そんな質問に嘘で答えれば、リリンの腕を千本の棘が貫き、激痛に襲われるらしい。

 エルフが俺に気を使っているのに、何もせず黙って見ているわけにもいかない。


「おい、リリン」

「なんですかカール」

「俺は、お前の婚約者か?」

「いいえっ、私はカールの婚約者ではありません!」


 コロネが質問する前に、俺が質問してしまえば魔法が解除される。

 妹も聞きたいことは聞けたし、リリンの言葉にも嘘がない。

 なぜなら俺とリリンの約束は、他の婚約者との婚約を全て破棄しない限り、彼女は俺の正式な婚約者になれない。


「あーっ、なんでお兄ちゃんが質問するのよ!」


 光が失せた魔導書は、リリンの手を解放してコロネの足元に転がった。


「リリンは、俺と婚約者のふりで故郷を旅立った。コロネが俺を心配する気持ちもわかるが、小姑ごっこに他人を巻き込むな」

「小姑ごっこ……、わかったわよ。リリンが、お兄ちゃんの婚約者じゃないなら、小姑の私は、とやかく言うつもりない」

「そうか、わかってくれたのか」

「でもね、カールお兄ちゃん。私がお兄ちゃんの小姑なのは十六祭の誕生日、結婚ができる成人の日を迎えるまでだからね」

「コロネには、結婚の予定があるのか?」


 口元を手で隠したコロネは『あるわよお……、あるに決まってんじゃんんん』と、なぜか地の底で唸るような声で呟いている。


「そうか、相手は――」

「お兄ちゃんには内緒だよッ、ぺろりんこ!」


 コロネは舌を出して戯けると、自分の頭をコツンと叩いた。

 俺は『内緒か、お兄ちゃんに教えてくれよ』と、可愛い妹の脇腹を擽って戯れる。

 その夜は、気が付けば深夜だったので、コロネを一人で街に追い返すわけにもいかず、三人で焚き火を囲んで就寝した。

 だから、ここから先の出来事は、俺の預かり知らぬ話であり、後日談として伝え聞いた真偽のわからぬ話である。


「おい、エロフ起きろ」

「は、はいっ」


 リリンが枕にしていた木の根を蹴飛ばしたコロネは、寝ている俺を起こさぬようにドスの効いた声で脅すと、エルフの弱点である長い耳を引っ張った。


「こんな破廉恥な耳を晒して、カールお兄ちゃんを誘惑しているの?」

「は、破廉恥な耳って……あんっ」

「女の子に触られても感じるなんて、やっぱり破廉恥な耳じゃない。お兄ちゃんは、亜人ばかりと結婚話を斡旋してもらう変態なんだからね。リリンの耳にも、劣情を抱いているに違いないわ」

「カールは、私の耳に愛欲を感じているのか」

「なんで嬉しそうなの? 婚約者でもないリリンが、亜人好きのお兄ちゃんに襲われたどうするのよ」

「あ、そうですね」

「リリンは、貞操観念が低いわね。そんな調子だと、お兄ちゃんの玩具にされるわ。ここだけの話、さっきも戯れるふりして、私のあんなところやそんなところを弄んでいたでしょう」

「どんなところ?」

「主に脇腹ね。お兄ちゃんは暇さえあれば、私の脇腹を開発することにご執心なのよ」

「私には、兄妹が仲良く戯れていたようにしか見えなかった」

「それが、お兄ちゃんの姑息なところ。あいつは、女の子の泣き所を心得ているのよ。そういうことだから、リリンも自衛しなきゃね」

「自衛ですか?」

「明日から、これで耳を隠しなさい」


 リリンは『これで、ですか?』と、コロネから手渡されたブラジャーを凝視した。

 耳をブラジャーで隠せとは、兄妹揃って似たような発想で、リリンは思わず笑ってしまった。

 しかしエルフの長い耳は、狩りや戦闘に優れた聴覚利用しており、布で覆い隠すことが出来ないと、丁寧に断ってコロネに返す。


「じゃあ、おやすみなさい」

「え、話はそれだけ?」

「それだけよ。嫁入り前のリリンが、お兄ちゃんに襲われたら困るでしょう」

「コロネは、私の身を案じてくれたのか?」


 コロネは『お兄ちゃんを犯罪者にできないわ』と答えたのだが、俺の妹に気にかけてもらえて、喜ぶリリンの耳には届かなかったようだ。

 いいや、エルフは聴覚が優れているのだから、頭に入らなかったと言うべきなんだろう。


 ※ ※ ※


 朝日に起こされた俺は、これから会いに行く獣人の肖像画を見て気を取り直すと、リリンとコロネが起きるのを待ってから歩き始める。

 獣人の住んでいる集落までの道中には、高い崖の道、急流沿いの沢登り、難所がいくつかあったものの、俺たち三人は力を合わせて乗り切った。

 平坦な道に出て、あと数刻も歩けば到着するところで、小鬼と、鼻の捲れた豚顔のモンスターと交戦したが、リリンの弓矢、コロネの攻撃魔法、俺の囮役で見事に返り討ちにする。

 そして俺たちは日が暮れる前に、集落が見下ろせる小高い丘の上に立つことができた。


「と、ここまで当たり前のように着いてきたコロネは、この先も俺たちの旅に同行するつもりなのか?」

「え、お兄ちゃんが『街に帰れ』と言わないから、当然そうするつもりだったわ」

「いや、俺はコロネが『街に帰る』と切り出すのを待っていたんだが、街から離れてしまって今更な……、仕方ない」

「私も、お兄ちゃんたちと同行して良いのね?」

「街に戻るまでな」


 魔法使い見習いだと侮っていたが、コロネの攻撃魔法は実戦レベルだったし、俺たちに着いてくる体力も十分ある。

 妹を一人で街に帰すのも心配であれば、街に戻るまで手元に置いた方が安心だ。

 気になるのはリリンの態度なのだが、俺が寝ている間に二人に何かあったのか、コロネを見る目が慈愛に満ちている。


「リリンは、コロネの同行に反対すると思った」

「え、なんで?」

「俺と二人旅がしたいとか、コロネがいたら夜の耳かきをしてやれないぜ」

「だからっ、私は耳かきに固執してない!」

「本当に?」

「まあ……、たまには触ってほしいかもだけど。コロネに言われて、嫁入り前の身体は大切にしようと思った」

「リリンが良いなら、コロネのことは気兼ねない」

「ああ、それにカールの妹は、私にとっても妹だからな。コロネと仲良くなり、カールとの結婚を認めてもらうために点数を稼いでおきたい」


 余計な会話で地雷を踏んだ。

 小さく握り拳を作ったリリンは、コロネに気に入られれば、俺との結婚が近付くと考えたらしい。

 彼女が先行するコロネの背中に、穏やかな眼差しを向けている理由に察しがついた。

 仲良きことは美しきかなと言うし、妹の視線があれば、エルフも下手にちょっかい出してこないだろう。

 そう考えれば二人旅より、俺にとって都合が良い。

「お兄ちゃんたち、早く早く」

「コロネ、あまりはしゃぐなよ」


 丘を駆け下りた俺は、前を歩いているコロネの脇腹を掴まえると、子供の頃のように抱き上げてやった。


「あ、あんっ、お、お兄ちゃん、く、くすぐったい!」

「あははは、コロネは本当にくすぐったがりだな」

「う、うん……、お、お兄ちゃん……もっと」

「そら、高い高い!」

「コ、コロネっ、と、飛んじゃうよ! お兄ちゃん、コロネ飛んじゃううう! あ、ああっ、コロネいきまーす!」


 仲睦まじい俺とコロネを見て、顔を真っ赤にしたリリンが目を丸くしているが、妹を抱き上げている俺に、何か問題でもあるのか。

 ちなみにコロネが子供の頃から喜ぶから、折を見て脇腹を掴んで高い高いしてやるのだが、いつも最後は『コロネいきまーす!』と叫んでぐったりする。

 コロネも十五歳になるのだから、そろそろ高い高いくらいで、はしゃぎ疲れるほど喜ぶ歳でもないだろう。

 俺の妹は、まだまだお子様だ。


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