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04 コロネ登場

 俺は革紐で括った婚活用の肖像画の束を捲りながら、深い森から一番近い婚約者を訪ねることにした。

 肖像画に描かれているのは、頭の上に猫のような耳が乗った獣人の少女である。

 混血が当たり前の獣人は、人間や他の亜人との異種間結婚も盛んであり、獣の血筋が色濃く出た容姿の者もいれば、彼女のように人間にしか見えない容姿の者もいた。


「可愛い娘ね。でも耳の位置と形は、とてつもなく不細工だわ」

「リリン、後ろから覗くんじゃない」

「私たち夫婦なんだから、こそこそしなくても良いじゃん」

「夫婦じゃないだろう……、そうやって既成事実を積み上げようとするな」

「はいはい、私たちは仮面夫婦ですよ」

「そもそも仮面夫婦は、形式上だけの夫婦のことだ。俺たちは婚姻関係にないので、仮面夫婦ですらない」


 前に回り込んだリリンは、俺から肖像画の束を奪うと、ページを捲って俺の婚約者たちを吟味している。


「こうやって見ると、カールの結婚話の相手は、亜人の娘ばかりなのね」

「下宿の婆さんも亜人だから、婆さんに結婚話を持ち込んでくる連中も亜人なんだろう」

「そうか。もしかしたらカールは、同族の女の子に相手にされないのかと思った」


 リリンには、痛いところを突かれた。

 俺にはやさぐれていた時期があり、競争社会に背を向けていたから、育ててくれた教会でも、落ちこぼれていた学校でも、言い寄ってくる女の子がいなかった。

 いいや、全くいなかったわけじゃない。

 俺と同じ境遇で教会に拾われた年下の幼馴染コロネは、家族の情愛以上の好意を寄せていたと思う。

 ただ物心つく前から一緒に育った俺は、コロネを妹のようにしか見えず、言い寄ってくる彼女を煙たがっていた。

 もっともコロネが妹の地位に甘んじていたくなければ、俺を『お兄ちゃん』と呼ぶのが悪い。

 少なくとも俺は、兄と慕ってくる年下の幼馴染を異性と見れなかった。


「俺に好意を寄せる人間の女の子が、全くいなかったわけでもない」

「え、そうなの。じゃあなんで下宿先で、結婚話を斡旋されているの?」

「俺にも選ぶ権利がある」

「なるほど、その娘は耳の形が不細工のね」

「エルフの美意識は、耳にしかないのか」

「知っているくせに」

「知らんわ」

「私の耳を夜通し弄んだのに、カールが耳の美醜にこだわりがないわけないわ」

「とくにない。人間の俺には、リリンとラビの耳の違いもわからん」

「私の耳が、ラビの耳と見分けがつかない? カールのホモ! カールはホモなんだ! わかったぞ、女の子に興味がないから、結婚話を断って旅なんかするんだな!」

「ホモちゃうわ」


 地団駄を踏むリリンから、肖像画の束を取り戻すと、獣人の肖像画の裏に書かれた所在地を確認して、肩掛け鞄に戻した。

 獣人の少女が暮らす集落は、森を抜けて半日も歩けば到着するのだが、日が暮れていれば野宿の支度が必要だった。

 リリンは森から出た草地に生えた木の枝ぶりを確認すると、するすると木に登って寝床を整えている。

 俺はモンスター避けの聖水を木の周囲に撒いてから、羽織っているマントに包まって、彼女の真下に寝そべった。


「木の上なんかで寝て、落ちたら危ないぜ」

「モンスターの徘徊する野外で、地面に寝転ぶ方が危ないと思う」

「教会から買った聖水を撒いたし、こっちで寝たら良いじゃないか」

「教会のそれ、たいして役に立たないよ。エルフ村にも売りにきたけど、中身が何かわからないから誰も買わなかった」

「まあ、ただの水だからな」

「やっぱりインチキじゃないか」

「俺は教会で育ったんだぜ? 中身は、ただの水だけど、聖なる場所で清めた水ってところがミソなんだ。鰯の頭も信心からと言うだろう」

「エルフ村では、誰も言わないよ」

「あ、そう……、おやすみ」


 リリンが変なこと言うので、モンスター避けの霊験あらたかな聖水の効果を疑ってしまう。

 インチキ商品と言われてしまえば、井戸から汲み上げた水を瓶に移し替えるのは教会の子供たちであり、俺も何度か手伝ったことがある。

 俺の育ての親である悪食の神父は、聖なる教会の井戸水だから、モンスターを払い除けるのだと言っていたものの、聖水は効果効能を保証してないし、謳い文句にすらしていなかった。

 購入者から『聖水を撒いたのに、モンスターに襲われた』と、裁判所に訴えられない用心だ。

 ただ聖水の売上げが教会の運営資金となっていれば、俺と同じ境遇の子供たちのためと思って、旅の安全祈願、気休め程度のつもりで購入している。


「なんだよ? カールは木の下で寝るんだろう」

「宗旨替えだ。俺も木の上で寝るから、ちょっと詰めてくれよ」

「枝ぶりが狭いんだから……、もしかして昨夜の続きをしたいのか」


 リリンは期待の眼差しで耳をぴくぴく動かしているが、ここまでの道中で疲れているのに、あんなこと毎晩するわけがない。


「リリンは、そればかりだな」

「だって娯楽もないし」


 俺は手頃な小枝を折ると、リリンに渡して背中合わせに横になった。


「カール、この小枝でどうしろと?」

「ただの暇潰しなら、そいつで自分を慰めな」

「こいつで?」


 俺は小枝を持つリリンに振り向かず、耳かきの仕草をする。


「なるほど! って、カール、わ、私はそういうはしたない真似する女ではないぞ! 大事な耳に枝を刺すなんて、人間は、そ、そんな、そんな変態行為を、よく思いつくのだな」

「想像力の欠如だ」

「し、しかし、お母さんから、女の子の耳は大事なところだから、むやみに触らないように言われているんだ。バイ菌が入ったらどうする?」

「知らん。俺は寝る」


 リリンが小枝を見ながら悶々としているようだが、そのうち疲れて寝るだろう。

 と、目を閉じようとしたとき、月明かりの中、四足の大型犬のようなモンスターの群れに囲まれている人影を見つけた。

 人影を囲むモンスターは五匹、どうやら正面に回り込んで行く手を塞いでいる一番大きなモンスターが、群れのリーダー格のようだ。


「リリン、あれが見えるか」

「ああ、たぶんウルフイーターの群れだ。襲われているのは、人間の少女だと思う」

「狼殺しの群れか……。ここから助けに向かって間に合うだろうか」

「カールがモンスターと戦って、あの人間を助けるのか?」

「目の前にして見過ごせば、夢見が悪いだろう」

「わかった」


 木から飛び降りた俺は、リリンに弓矢で援護するように命令すると、長剣の鍔を親指で押し上げて、モンスターの群れに駆け寄った。

 夜目の効くエルフが援護してくれるならば、へっぴり腰の剣術でも、はったりかますくらいできるだろう。

 リリンには、モンスターを見れば逃げ出す男だと誤解されているが、べつにモンスターが怖くて彼女の背中に隠れたわけじゃない。

 俺には、剣で戦うことにトラウマがあるだけだ。


「こっちだ!」


 鞘から抜いた抜き身の長剣で、腰の背丈にある草を薙ぎ払った俺は、大声で叫んでウルフイーターの注意を引いた。

 手にした剣の重さに吐き気が込み上げるが、人助けだと自分に言い聞かせると、下段に構えて震える足を踏ん張った。


「俺なら大丈夫、あいつらは悪いモンスターだ」


 独りごちる俺は、ゆっくりと剣の切っ先を上に向けながら、月光を背負う少女に逃げるように目配せする。

 頷いた少女が後退りするが、俺に殺意を向けた狼殺しの連中は気にも留めていない。

 対峙しているモンスターとは五対一だが、俺の背後には一撃必殺で小鬼を狩ったリリンが、弓矢の弦を引いて待機している。

 剣で牽制しつつ、弓矢の射程まで後退すれば、あとは彼女の援護でどうにかなる算段だ。


「ぐるるるるぅ」


 牙を剥いた狼殺しが、放射状に広がって俺の逃げ道を塞ごうとするので、俺は群れの両端にいるモンスターに歩調を合わせて後退する。

 リリンが弓矢を構える木までは、向き直って全速力で走れば十数秒くらいだろう。

 問題は俊足を誇る四足のモンスターが、俺に食らいつくまで三秒とかからないことだ。

 それでも連中が暗闇に消えた少女に、関心が失せているのは不幸中の幸いで、俺の尊い犠牲も無駄じゃなかった。


「俺は、モンスターと刺し違えて人助けするほど善人ではない」


 狼殺しの連中は、構えた剣を抱き込むように姿勢を低くした俺を見て、大技を繰り出すと思って身構えている。

 モンスターが背中を向けた俺の出方を伺っている間隙を縫って、込み上げる吐き気と戦いながら、リリンの待ち構えている木に向かって走った。


「やっぱり無理っ、ゲロ吐きそう! こ、こわいっ、死にたくねえ!」


 予想外の行動に顔を見合わせた狼殺しは、口元を手で覆い隠した俺を追いかけるのに遅れが生じた。

 これが幸いした。

 連中が敗走した俺に追いついたのは、木の上から弓矢を引くリリンの射程圏内に入ってからだった。


「キャイン!」


 身を竦めた俺に飛びかかろうとした狼殺しが、腹を蹴り上げられた子犬のような鳴き声で、リリンの放った弓矢に射抜かれると、群れのリーダー格が立ち止まって、それ以上の距離を詰めるのを止める。


「でかしたリリン!」

「ほんの一瞬だけど、じつはカールが強いのかと思った」

「ないないっ、俺がヘタレなのは街でも有名だ! さあ、さっさと殺っておしまい!」

「了解!」


 リリンは片目を閉じて狼殺しに狙いを定めると、射程の外れに立つリーダー格の足元に弓矢を放った。

 リーダー格のモンスターは、エルフの放った警告の一射で力量を見定めたらしく、遠吠えをすると仲間を率いて森の方に走って消える。

 俺はともかくリリンには勝てないと踏んで、見逃してくれたようだ。


「勝てる見込みのないモンスターに仕掛けるなんて、カールは無謀だ」

「人助けしたんだから、せめて勇敢だったと褒めてくれ」

「カールが、他人のために飛び出したのは見直したよ。結果は、しまらなかったけど」

「そりゃどうも」


 木から降りてきたリリンは、腰を抜かしている俺に手を貸して引き起こした。

 長剣を鞘に戻した俺が、土で汚れた膝を払っていると、狼殺しから逃げ失せていた少女が、淡い月明かりを背負って戻ってきた。


「助けてくれて、ありがとう」

「お礼なら、こっちのエルフに言ってくれ」

「エルフ?」

「ああ、俺の剣は役に立たなかった。お前を救ってくれたのは、リリンの弓矢だよ」

「彼女がリリン、お兄ちゃんの婚約者気取りのエルフね」


 俺の横を通り過ぎた少女は、リリンの前に立つと手を振り上げて、命の恩人である彼女の頬を叩いた。

 月光に照らされた草原に、頬を叩きつける乾いた音が響き渡る。

 少女は唐突に、命の恩人であるエルフに手を上げた。

 どういうことだ。


「え?」


 キョトンとするリリンは、赤く腫れた頬に手を当てて茫然自失である。

 命の恩人を叩くのが、この辺りの風習なのか。

 いいや、そんな野蛮な風習はない。


「あなたが、カールお兄ちゃんの婚約者だったエルフね! お兄ちゃんは、エルフ村に婚約を解消しに行ったと聞いていたけれど、胸騒ぎがして追いかけてみれば、どうして婚約を解消されたエルフが一緒にいるのさ!」

「え、カールお兄ちゃん? あなたは、カールの妹なの?」

「そうよッ、カールお兄ちゃんとは、血よりも濃い兄妹盃を交わした仲なのよ!」


 月明かりに浮かび上がった少女の正体は、同じ教会で育ったマヨネーズ・イン・チョココローネ、俺の年下の幼馴染コロネである。

 コロネは裾が横に広がった黒いワンピースに、レースの付いた胸当てエプロンを羽織っており、職場である酒場の給仕服のまま、居ても立っても居られなくなって、エルフ村に向かった俺を追いかけてきたらしい。


「コロネ、そんな普段着で街を出たのか?」

「良いの。私は魔法使いだし、魔導書さえあればモンスターと戦えるもん」

「いいや、コロネは魔法使い見習いだろう。リリンがいなかったら、狼殺しに喰われていたぞ」

「あんな狼モドキ、倒すのわけないもん。お兄ちゃんを誑かす、悪いエルフとも戦えるんだからね。ほらリリン、かかってきなさいよ! どうせ、お兄ちゃんの優しさにつけ込んで、押しかけ女房する気なんでしょう! お兄ちゃんが許しても、このコロネ様が許さないわ! あちょー! はいやー! ――うぐッ」


 俺は、騒がしいコロネの背後から首筋に当て身した。

 ケサ斬りチョップで気絶したコロネが、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちるので、後ろから抱きかかえる。

 彼女は、俺が旅立った事情を下宿の婆さんから聞き出したのだろう。

 エルフ村に向かった俺が、リリンと婚約を解消するのか見定めるために、たった一人で街を出た。


「妹さんは、よほどカールを信用していないのね」

「リリンが、それを言うか?」

「私は、いきなり相手の頬を叩いたりしない。カールが、他の娘との婚約を解消してくれると信じている」

「まあ、そうだね」

「しかしカールの妹を名乗るなら、私のことは『お姉ちゃん』と慕うべきだろう。私は、なぜコロネに嫌われたんだ?」


 コロネにとっては、リリンも婚約を解消すべき恋敵なんだろう。

 とは言っても、恋人でも婚約者でもないコロネに、とやかく言われる筋合いは微塵もないし、付き合ってくれと告白されたこともなければ、俺を男として意識しているのかわからない。

 むしろコロネを意識しているのは俺の方で、彼女は存外、駄目な兄の世話を焼いているだけかもしれなければ、ここはそっちの方向で対応しておこう。

 いちいち取り合うと面倒だし、そうしよう。

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