02 エルフの耳
エルフ村は深い森の奥にあり、モンスターの襲撃に備えて周囲を木で作った外壁で囲われている。
村を外側から見れば山賊のアジトにしか見えないものの、一歩足を踏み入れれば小さいながらも石造りの神殿があり、神殿を中心に洗練された家屋が並んでいた。
神殿前の広場には人が集まっており、人間の俺を横目で見ながら噂話に花を咲かせているが、目が合えばにこやかな顔で会釈する。
エルフは亜人の中でも人間との付き合いが古く、人間と折り合いの悪い獣人やドワーフとの交流を仲立ちしてくれることもあった。
また種族間で揉め事が起きれば、彼らは積極的に仲裁を名乗りでる。
俺たち人間にとってエルフは、最も良い隣人であることは疑いようがない。
「リリン、彼が例の人間かい?」
「うん、彼が私の婚約者カールだ」
「そうか。カールさん。リリンをよろしく頼みます」
「あ、どうも」
すれ違いに声をかけてきた壮年のエルフは、俺より少し歳上に見えたが、リリンに確認すると、百歳を超えているだろうと言う。
純血主義のエルフたちが、人間をエルフ村に招き入れた混血のリリンに、愛想良くしているのが、なんとなく引っかかる。
どうにも収まりが悪い。
「エルフは、腹の中が読めなくて苦手だな」
「どうしたカール?」
「いや、リリンはわかりやすくて良かったよ」
リリンに手を引かれた俺は、初めて見るエルフの暮らしぶりに戸惑いがあった。
こんな例えが通じるかわからないが、迷惑な客を追い返すために、わざと夕食に誘うような、彼らの善意と真意がわからず、なんだか居心地が悪い。
「おかえりなさい、リリン」
明るく出迎えてくれたリリンの母親は、とても若々しく姉妹のような母娘だった。
しかしリリンが姉、純血エルフの母親が妹のようだから頭が混乱する。
亡くなった父親が人間とのハーフエルフだったから、リリンの見た目が純血より老けて見えるのだろう。
混血児の彼女は、俺と年齢が然程変わらないと言うので、純血エルフたちの実年齢が気になってしまう。
「お母さん、彼が私の婚約者カールです」
「どうも。お母さんは、とても若く見えますが、いったい何歳なんですか?」
「カール、もしかしてお母さんに興味あるの?」
「ち、違うわ! ちょっと気になっただけだよ」
「エルフに年齢を聞くのは、かなり失礼なんだよ」
「そうなの?」
「相手との関係は、年齢や見た目で判断しちゃ駄目でしょう? 私たちエルフの考えは、歳下でも立派な人は立派だし、若く見えるからって侮ったら駄目」
「なるほどね。でも俺は、やっぱり気になる」
リリンは、手にしていた弓矢を玄関先の傘立てのようなところに放り込むと、結婚式の用意を整えている友人が待つリビングに行くから、俺は母親と少し待つように言われた。
「カールさん、ちょっとこちらへ」
「なんですか?」
リリンの母親に手招きされた俺は、娘に聞かれたくない話があるのか、リビングから離れた部屋に連れ込まれた。
室内を見回せば、執務机と本棚が置かれており、赤ん坊を抱いた男女のエルフの絵画が飾られていた。
ハーフエルフだった父親の使っていた書斎だとすると、絵画に描かれたエルフの夫婦に抱かれている赤ん坊は、生まれたばかりのリリンだろう。
何気ない絵画だが、女のエルフに目を凝らせば、母親の容姿が全く変わっていないのは、人間の俺からすると、かなり怖かった。
「この度は、リリンのわがままを聞いてもらって、本当に申し訳ございません」
「お母さん、顔を上げてください」
「いいえ。どのような経緯で村まで足を運んでくださったのか、娘が無理やりお連れしたのでしょう」
「え、まあ、半ば強引ではありましたね」
「やっぱりそうでしたか。申し訳ございません」
「だから、頭を上げてください」
何度も頭を下げる絵面には、今しがた見覚えがある。
俺が、リリンに婚約解消を申し出たときだった。
彼女の母親はワンピースの裾を両手で握りしめて、何度も何度も深々と頭を下げる。
潤んだ瞳で眉根を下げた若々しい母親が、夫と死別した独り身であれば、艶めかしいものを感じて固唾を飲んだ。
「リリンが、私に隠れて人間の結婚相談所に登録していたなんて。うちの娘は、まだ若いし、あのとおり美人なんだから結婚を焦らなくてもねえ。それにカールさんみたいな素敵な男性なら、きっと同族のお相手がいらっしゃるでしょう? 無理にお引き留めしてもご迷惑でしょうし……。あ、夕飯は召し上がります?」
なるほど、お母さんもエルフだな。
独特な言い回しで、回れ右して人間の街に帰れと言いたいのだろう。
しかし愛娘が何処の馬の骨とも知れない男を家に連れ込めば、人間の親だって似たような反応で追い返す。
何にせよ、お母さんは俺と娘の婚約に反対のようだ。
「お母さんには、理由に心当たりがあるんですか?」
「何の理由です」
「リリンが、人間の俺なんかと結婚したい理由です」
「え、ええまあ。たぶんリリンは同い年の友人より少しばかり成長が早いので、そのせいか早く一人前になろうと背伸びをしているのです」
リリンは自分の母親より歳上に見えるのだから、同い年の純血エルフと比べたら、さらに見た目の年齢差がありそうだ。
ますます彼らの実年齢を知りたいところだが、エルフに年齢を聞くのは失礼だと、リリンに釘を刺されているので、話題が切出しにくい。
それにリリンが俺との結婚に固執する理由は、母親の言うとおり早熟が原因だとしても、それだけではなさそうな気がする。
「カール、こんなところにいたのか。皆への説明も済んだし、私の婚約者をお披露目する晩餐会を開催するよ!」
「婚約者をお披露目って――リリン、ちょっと耳を貸せ」
「や、やめて、あ、あんっ……み、耳を触られると弱いんだ」
「お母さんの前で、エロい声を出すな!」
「では親の前で、エルフの性感帯を弄らないでよ!」
「エルフの性感帯なんて知るか!」
俺はリリンの長い耳を引っ張ると、娘とのやり取りに赤面している母親から距離を取った。
あとで知った話だが、エルフの男女が互いの耳を弄ぶ行為は、路上でキスするカップルより破廉恥な行為らしい。
「親の前でやらしいことしないで、二人きりになったら好きなだけ触らせてあげるわ」
「耳の話じゃない……、って、なんで照れくさそうなんだ?」
「お母さんの前で、男の人に耳を触られたら誰だって照れるわよ。エルフの耳は、おっぱいと同じで敏感なんだからね」
「お前らは、おっぱいを晒して生きているのか? 耳は耳だろう。そんな恥ずかしい耳なら、ブラジャーで隠しておけよ」
「カールは、口ばかり達者だなあ」
しかめっ面したリリンは、火照った身体を冷ますように、手で真っ赤な顔を扇いでいる。
しかしエルフは、耳が弱点だとわかった。
彼女が生意気な口を利いたら、今度から耳を甚振ってやろう。
「で、何の話なの?」
「リリン、先程から『私の婚約者』と紹介しているが、俺の条件は――」
「他の婚約者と破談が成立するまで、正式な婚約者になれないのはわかっている。でも私の故郷では、私の顔を立ててくれても良いでしょう?」
「条件を覚えているなら構わないが、あまり吹聴していると引くに引けなくなるぜ」
「私は、カールとの結婚を引くつもりがない」
「今はそうかもしれないが、リリンが俺の本性を知れば、自ら婚約を解消したくなるかもしれないだろう? そんなとき困るのは、俺じゃなくてリリンだ」
リリンは『そうかも』と、伏し目がちに呟いた。
彼女が、人間の街で俺の評判を聞けば、土下座してでも婚約を解消したくなるはずだ。
「でも、たぶんそうならない」
「なぜ断言できる?」
「だってカールは優しい。普通の男は、下宿のお婆さんが、勝手にまとめてきた婚約者を訪ねて、わざわざ断ろうとしない。カールを『私の婚約者』だと紹介している件だって、自分のことより私のことを心配している」
「下宿の婆さんは、身寄りのない俺の将来を案じて、結婚話を持ち込んでいれば、曖昧な態度で、婆さんをその気にさせた責任も大きい」
「だとしても、ゴブリンにも腰を抜かすカールが、わざわざ私を訪ねて、深い森まで来てくれた。カールにとって深い森は、私にとってドラゴンの巣穴と同じだろう」
俺は腰を抜かしてないし。俺にとってのゴブリンが、リリンにとってのドラゴンと同義とも思わないが、それほど互いの力量に差があると言いたいのだろう。
彼女にも、傲慢なエルフの血が流れていると実感した。
しかし両手を腰に当てて、鼻息荒くふんぞり返る程度の傲慢さであれば微笑ましい。
深い森では実際、彼女にモンスターから守ってもらっている。
「さあ、友人を待たせている」
「ああ、わかったよ」
「晩餐会の会場は、こっちだよ」
リリンに腕を組まれてリビングに行くと、十歳にも満たない年頃の子供たちが、晩餐会の席に座って俺たちを見上げていた。
託児所の夕食会にお呼ばれした感じだが、子供たちの俺を見る目が怖い。
ただ幼い彼らの敵意を孕んだ視線は、大人よりわかり易くて安心もする。
やはり人間の俺は、エルフ村の招かれざる客だったということだ。
「ところでリリン、同い年の友人は何処にいるんだ?」
「ここにいる彼らが、私の幼馴染だよ」
「え、だってここには子供しか――」
リリンが手を差し伸べた先には、見た目の幼いエルフしかいなかった。
つまり彼女と同い年の純血エルフは、まだ十歳に満たない容姿ということらしい。
よく考えてみれば、俺と同い年に見えるリリンの母親は十代半ばなのだから、その母親が連れ歩く子供が、さらに幼い見た目なのはわかっていたはずだ。
「人間のあなたが、私たちの容姿を見て驚くのも無理はない。純血のエルフは、見た目が成長するまで村を出ることがないからね」
「そうなんですか」
「ああ、幼い容姿で森を出歩けば危険も多い。私たちは、子供のように非力だし、森でモンスターや山賊に出くわしても、逃げることすらままならない」
「なるほど」
俺とリリンが並んで腰を下ろした席に、一番近くに座っていた聡明な男の子が答えてくれた。
「そういうことだから、じつは私たちも、人間を見るのが初めてなんだ。カールの見た感じは、リリンと同世代に見えるのだが?」
男の子は、俺から年齢を聞き出したいようだ。
エルフに年齢を聞くのが、失礼だと言うのだから、遠回しに探りを入れているのだろう。
年齢くらい素直に聞けば良いのに、自分たちにとって非礼なことは、相手に対しても気を遣うらしい。
「俺は、ことしで十八歳になる」
「ほうッ、ことしで十八歳ならば私より歳下じゃないか! そうか、見た感じ、立派な青年に見えたから気を使ってしまったが、そうか、カールは、まだ十七歳なんだね」
「急に馴れ馴れしくなったな……。しかし俺は捨て子だったから、実年齢はもう少し上かもしれないぞ」
「なにッ、例えば十九歳かもしれないのか?」
「ああ、そうだ」
子供たちが円陣を組んで、部屋の隅で何やら話し合っている。
しばらくすると、聡明そうな男の子が咳払いをしながら近付いてきた。
「カールが、気分を害されたのなら謝ろう」
「なぜ謝る?」
「カールが十九歳だとしたら、目上の者に馴れ馴れしく接したことを詫びよう」
「あ、つまりリリンは十八歳なのか」
「うん。そうだよ」
「なんでエルフが自分の年齢を隠すのか、なんとなくわかったぜ。ようは年功序列が厳しいから、相手に実年齢を伏せるんだな。見た目では、どちらが年長者か判断できないし、年功序列を振りかざされるから、お互いに年齢を明かさない」
リリンが十八歳ならば、名実ともに同い年である。
美少女であれば、歳の差なんて気にしないと同意したものの、俺との結婚を希望するリリンが、下宿の婆さんと同じ百歳近いとなると、さすがに婚約解消の理由を模索していた。
「改めまして、皆に紹介します!」
手を叩いて注目を集めたリリンが、俺にも席を立つように目配せする。
俺を婚約者として、友人にお披露目するのが目的の晩餐会だ。
リリンが小声で『話を合わせてちょうだい』と、前を向いたまま笑顔で言った。
今朝から何も食べていなければ、テーブルに並んだ料理を前にして、お預けをくらった犬である。
ここは素直に話を合わせて、彼女の顔を立ててやろう。
「私、リリンは、ここにいるカールを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓います」
リリンが何やら誓いを立てると、俺の脇腹を肘で小突いて『カールも誓いますか?』と聞いてきた。
俺は何の誓いか確かめもせず。とりあえず出された晩餐にありつきたく、満面の笑みを浮かべて彼女に振り向くと――
「もちろん、俺も誓うぜ! そんなことより、早くメシにしよう」
「やったあ、これで私たち正式な夫婦ね!」
「ああ、そうだな! そんなことより、早くメシにしよう」
子供たちがクラッカーを鳴らして、俺たちを祝福してくれる。
リリンの友人が口々に『おめでとう! おめでとう!』と祝ってくれるのだが、晩餐会に用意された御馳走に夢中だった俺が、このとき誓わされた内容に気付いたのは、友人たちが散会した深夜のことだ。
※ ※ ※
俺がリリンの母親に案内された寝室のベッドには、赤い花びらが散りばめられており、その中心で三つ指をつくリリンが顔を上げた。
「くそッ、はめられた!」
「あなた、いきなり叫んで何ですか?」
「俺はリリンに、はめられた! はめられたんだ!」
「リリンにはめるのは、あなたでしょう?」
「お母さん、そんな真顔で下ネタを言っている場合じゃないんですよ」
「下ネタを言ったのも、あなたでしょう? あとは新婚さん二人きりで、お好きにどうぞ」
手燭を手にした母親が、俺を寝室に残してドアを閉めると、暗がりから手を伸ばしたリリンに脚を掴まれた。
「ひぃぃ……、お、お助け、お助け、お助けください。お、俺には、まだやらねばならぬことがある」
「落ち着けカール、私は何もしない」
「う、嘘つけっ、そんなこと言って、リリンは俺とエロいことして既成事実を作るつもりだ!」
「カールがしたいのなら私は構わないけど、本当に何もしないから隣に座れよ」
「本当か?」
「エルフの神に違っても良い」
エルフの神様の誓いが当てにならないのは、先刻ご承知なのだが、取って食われるわけでもなし、落ち着いて考えてみれば、美少女のリリンに誘われているのは、それほど悪くない状況だった。
いやいや、据え膳食わぬは男の恥とも言うし、あちらさんが誘っているのだから、遠慮なく長剣ではない腰のものを使ってしまえば良いじゃないか。
「じゃあ、お邪魔します」
「どうぞ」
リリンの隣に腰を下ろしたものの、何をして良いのか、さっぱり皆目検討がつかない。
肩に手を回してキス、いきなりベッドに押し倒してキス、いっそキスを飛ばして――
色々してみたいことが多すぎて、何から手を付けて良いのかわからず、頭から煙を上げて思考が停止した。
ちょっとまて。
ここで雰囲気に飲まれてリリンを受け入れてしまったら、下宿の婆さんが結婚話を取りまとめた美少女の婚約者たちはどうなるんだ。
リリンには他の婚約者と破談を前提に話しているものの、俺が各地に点在する婚約者を訪ねたい本音は、俺との結婚を承諾した美少女を訪ねて、その中から生涯の伴侶を見つけたい思惑も少なからずある。
最初にリリンを訪ねたのは、白い肌と子猫のように愛くるしい瞳が印象的な美少女で、容姿の点では、最も俺の好みだったからだ。
このベッドの上が、旅の目的地で良ければ、他の婚約者を諦めるしかないし、最初の訪問地がゴールと言うのは、些か安直な気もする。
「どうしたカール? 何もしないのか」
「ああ、ちょっと考え中」
リリンは、顎に手を当てて悩んでいる俺を無視して、仰向けに倒れて天井を見上げた。
胸当てを外して、白いネグリジェに着替えた彼女は、華奢なエルフの中では、巨乳の部類だし、見た目の成長速度が人間並みであれば、一緒に生活しても不便がなさそうだ。
そもそも見た目が若々しいままのエルフ妻であれば、安定した老後にも期待がもてる。
しかし俺の第六感が、全力で彼女との結婚を拒んでいた。
不意打ちで既成事実を作ろうとする行動力や、俺との結婚にこだわる常軌を逸した執着心、男女交際の経験がない俺にとっても、リリンとの結婚生活は重苦しいくらいわかる。
「今夜はありがとう」
「うん?」
「カールが話を合わせてくれたおかげで、恥をかかずに村を出ていける」
「リリンは、エルフ村を出たかったのか?」
「混血の私は、この村では肩身が狭い……。同い年の友人は、私をお姉さん扱いするし、今ではお母さんだって、まるで妹のようだ。いずれ、この村で一番のお婆ちゃんになる」
俺は肘をついて横になると、リリンの横顔を見ながら話の続きを催促した。
「晩餐会で、カールに話しかけてきた男の子がいただろう」
「ああ、偉そうなクソガキね」
「私の元カレだ」
「そうか……、え?」
「まあ元カレと言っても、お互い子供同士で何かあったわけじゃない。いいや。何かあるもないも、たった一日で、彼の両親に引き剥がされた。今となれば、彼の両親の判断は正しかったとわかる」
純血主義のエルフは、息子と混血児の交際を許さなかった。
「リリンが、俺をエルフ村に連れてきたのは、純血主義者への当てつけか」
「いいえ。カールには、私の故郷を見てほしかった。カールは、私を祝福してくれる村の人々を見て、どう感じた?」
「そうだな、エルフが胸糞悪い連中だと思い知らされた。やけに愛想が良いと思ったら、リリンを厄介払いできて喜んでやがったとはね」
「それは違う。彼らは、私がどんな境遇で育ったのか間近で見てきた。エルフが純血主義なのも、私のような悲劇を繰り返さないための戒めだ」
「じゃあ連中は、俺を連れてきたリリンを心から祝福しているのか?」
リリンに後ろ指を指すような奴も、厄介者扱いしていた奴も、少なからずいたはずなのに、彼女は『そうだ』と言い切った。
本人が、そう思いたいのであれば、言って聞かせる話ではないが、彼女に迷いがあって、生まれ故郷の村を出るなら、心情を吐き出させるのも吝かではない。
「では、なんでリリンが村を出て行く必要があるんだ。お母さんだっているし、お前の結婚を喜んでくれる友人だっている」
「そんなの決まっている!」
小さく身体を竦めたリリンが、寝ていた俺の胸に飛び込んできたので、思わず頭に手を回して抱え込む。
慰めるのも、慰められるのも得意じゃないのだが、辛い気持ちは受け止められる。
彼女は結局、行き場をなくしたから、俺と結婚して大手を振ってエルフ村を出たかった。
偽装結婚は、やっぱり当てつけなんだ。
「この村に残るのは。私が辛いからだ。だからカールには……、一つ頼みがある」
「これで最後にしろよ」
リリンは『もちろん、もちろんだとも!』と、泣き腫らした顔を上げて作り笑顔で頷いた。
涙を堪えて気丈に振る舞っている美少女が、寝ているところに抱きついてきて、頼みを聞いてくれと言うのだから、無下にできないのが人情でしょう。
「カールが婚約解消の旅に出るなら、私も連れて行ってくれないか」
「え?」
「正式な婚約者にしてくれるのは、全員の破談が成立してからで良いんだ。ただ村の者に祝ってもらったのに、このまま村に残るわけにもいかないし、私には行くあてがない」
「え、えーと、リリンは、俺に女連れで、女の子との婚約解消の旅をしろと言うのか? そんなゲスい真似を――」
「私だって、男が女連れで結婚を断りにきたら、プライドが傷付くことくらいわかる。カールが女の子に断っているとき、そこに同席は誓ってしない。エルフの神に誓っても良い」
「いやいや、そういう問題ではないと思うんだが」
リリンはベッドの上に立ち上がると、寝ている俺を跨いで伸し掛かる。
「私はカールと結婚して、この村を出ていく計画だったのよ。わざわざ遠方から会いに来てくれたら、普通は『OK』だと思うでしょう!」
「お、おっしゃるとおりです」
「それに断るだけなら手紙で済むのに、私の顔を見に森まで来た理由はなんだ? カールの言葉は信じているけど、まさか婚約者たちと会って、選り好みしようとしてないよね? しているの? していないよね? そんなの許さないからね」
ばれている。
俺の襟元を掴んで前後に揺するリリンには、俺の思惑が完全に見抜かれていた。
形勢逆転しなければ、このままヤンデレのエルフの尻に敷かれてしまう。
とはいえ非力な人間より、強弓を引くエルフの腕力は強く突き飛ばせない。
「ねえ、カールの旅に同行して良いでしょう? 私は狩り暮らしにも慣れているし、邪魔にならないと思うのよね! 断る理由が見つからなくない?」
「わ、わかった、わかったから、俺から下りてくれて……、さもなければ」
「さもなければ、何? ひゃんっ、み、み……、耳を掴まないでよ、あ、ああんっ」
「さもなければ、夜明けまで、リリンの耳をなぶりつくすぜ!」
ニヤリとした俺は、リリンの長い耳を指先で摘むと、耳穴の近くにある突起した耳珠と対珠をコリコリと弄んだ。
「ひ、ひきょうもの……、や、やめ」
「どうだリリン、旅に同行したいなどという無茶を撤回しろ。さもなければ」
「さもなければ……、こ、これ以上、いったい何をするつもりなの? あ、ああんっ、もう、や、やめ――」
外耳孔に這わせた指先を、徐々に耳穴に近付けるが、珠間切痕の裂け目辺りで焦らすように止めた。
リリンは耳を桜色に染めて、俺の指から逃げるようと身体をくねらせており、ただ耳を触っているだけなのに、とてもいけないことをしている気分になる。
「さもなければ、俺のぶっとい指を耳穴にぶち込んでやるぜ! さあ撤回しろ!」
「そんなっ、私たち出会ったばかりなのに! や、やめ……、やめないで! ああん! もうダメ! カールのぶっといの挿れて!」
「え?」
動揺した俺は思わず、懇願するリリンのリクエストに応えて、指を根元まで、ずっぽり挿入してしまった。
もちろん指と耳穴の話である。
「いやーんっ、お、大きい! す、すごいわ、カールお願い! 指で中をかき混ぜて! あ、朝までなんて嬉しいいい!」
「ここか、ここがええのんか? ここがええのんか?」
「もっと深くっ、激しくしてちょだい!」
俺はエルフの弱点をついたつもりが、ただ喜ばせただけで裏目に出た。
リリンは旅の同行を諦めるどころか、俺との旅が楽しみな様子である。
朝まで耳を攻め続けさせられた俺は、朝日の中で満足そうに眠る美少女エルフを見ながら、汗ばんだ指先をハンカチで拭った。
「どうしてだろう……、ただ耳を夢中で触っていただけなのに、俺は大人の階段を登っちまった気がするぜ」
「おはようカール」
「リリン、目が覚めたのかい?」
「うん」
毛布に包まったリリンは、喘ぎ乱れた夜のこと思い出して顔を背ける。
意中の人に病的までの好意を寄せるヤンデレは、ときとして従順で可愛く見えるものだ。
しかしヤンデレの本質は、依存体質の構ってちゃんだから付き合うならば覚悟を決めねばならない。
リリンに旅の同行を許可した俺は、ベッドから起きると、彼女の荷造りを手伝ってやった。




