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17 ダンジョンの魔王

 俺たちは、コロネが起きて朝食を済ませると、馬車を飛ばして鉱山都市のドワーフの岩山を目指した。

 岩山に近付くにつれて馬車道が整備されており、街道沿いに小さな集落も散見されるようになる。

 ドワーフの鉱山都市は領内にありながら、豊富な鉱物資源により、政治や経済を人間の街から独立した彼らの自治区とされており、婚約者の父親には鉱山労働者の棟梁のほか、執政官の肩書きもあった。

 下宿の婆さんは、彼の一人娘であるスワロフ・タイジンと結婚すれば逆玉の輿、将来の生活も安泰であり、左団扇で遊んで暮らせると言うのだが、それが全てだと信じられない。

 ここまでリリン、ミア、俺には勿体無い美少女の婚約者ではあるものの、各々に問題を抱えており、婚約を解消するどころか、増やす結果になっているからだ。


「で、婚約解消の条件はなんだ?」


 岩山をくり抜いて作られたドワーフの鉱山都市に到着した俺は、リリンたちを馬車に残して、その足で婚約者の父親であるカーネリアン・タイジン執政官の執務室を訪ねた。


「お主は不躾に現れて、いきなり一人娘スワロフと破談にする条件を聞くのかのお?」

「こちらは三度目だし、うちの婆さんが、美少女の肖像画に釣られた俺に厄介事を押し付けたことくらい、先刻ご承知なんだよ」

「それは間違っておらんのじゃが、娘と会わずに婚約の解消を口にされては、父親としての面子が丸潰れだのお。ワシとトメさんは、お主が条件を満たすことで、スワロフとの結婚を認める予定だったのじゃ」

「そちらの都合は知らんが、やっぱり条件付きじゃないか」


 ずんぐりむっくりした体型のカーネリアンは、執務室の大きな椅子に腰かけて、もっさりした髭を手で撫でながら、娘との婚約解消を申し出た俺を値踏みしている。

 しかしスワロフとの婚約を破談にしても、結婚を認められるにしても、条件付きであることに変わりがなければ、俺の旅はダークエルフのトメ・ウメサンが仕組んだ茶番劇だった。

 ただ父親に、条件付きで結婚を認めると言われてしまえば、一人娘を餌に俺を呼び出したと責められない。

 なぜならドワーフの娘との結婚話がでっち上げではなければ、そこに第三者の介在があっても、やはり俺の事情で婚約を解消したいのは事実だからだ。

 ここでの一件が片付いたら、下宿先に戻って婆さんを締め上げる。


「お主の豪胆が、強さに裏打ちされておるなら、トメさんの見込んだ男なら、ワシはスワロフの婿に相応しいと考えておったのじゃ」

「いやいや、俺は名実ともに落ちこぼれだぜ。おっさんと腕相撲しても、秒殺されるからね」

「ほほほ、ドワーフの腕力に勝てる人間はおらんよ。娘のスワロフだって、お主より腕力があるだろう。娘は、隣の部屋にいるから会ってみんか? スワロフ、こっちに来てカールさんに挨拶せんか」

「はーい!」


 カーネリアンは、俺の歯に衣着せぬ物言いを気に入った様子であり、スワロフとの婚約の解消に雲行きが怪しくなった。

 どうせ、ずんぐりむっくりのドワーフの娘であれば、婚活用の肖像画は補正されており、自分の背丈以上ある両つるはしや、厳ついトマホークをぶん回す怪力娘が出てくる。

 と、思った。


「カールさん、ボクがスワロフだよ!」

「え、なに、この可愛い生物は」

「ボクのこと? ボクって可愛い?」


 執務室のドアを開けて現れたのは、肖像画より遥かに幼い少女であり、横に広がった丈の短いハイウエストパンツ、ハイネックの背中の開いたシャツに七歩袖のジャケットを羽織っており、肩にマサカリを担いでいる。

 少女未満、青い果実のスワロフが『ボクって可愛い?』と、小首を傾げる度に、真っ直ぐに切り揃えた前髪が左右に揺れており、思わず頷いてしまう。

 いや、まて。


「おい、おっさん」

「なんじゃ?」

「お前の娘、どう見ても成人してないだろう。いやいや、どうして髭モジャのおっさんの娘が、こんな可愛いボクっ娘になるんだ」

「娘は十六歳じゃし、ドワーフの女は、見た目が幼いのがお約束じゃろう。スワロフを見ても、まだ婚約を解消するつもりかのお」

「お前ら、やり方が汚いぞ。こんな可愛いボクっ娘が控えているなんて、つい最近知った俺の性癖にドストライクじゃないか!」

「そうか。スワロフは、お主のストライクゾーンであったのか。良かったのおスワロフ、カールさんも乗り気じゃ」

「わーいッ、ボクはカールさんのお嫁さんになれるんだね! パパやったね!」


 感涙しながら抱擁する父娘は、横目で俺の返答待ちのようだ。

 カーネリアンとスワロフも大袈裟に騒いでいれば、俺との結婚を本気で喜んでいるようにも見えない。

 つまり三文芝居は、俺に条件を飲ませるための台本があったのだろう。


「――と言うわけで、鉱山都市の一部の坑道にモンスターが蔓延ってダンジョン化している。俺はスワロフとダンジョンに潜り、モンスターの発生原因を排除する」


 馬車にスワロフを連れて戻った俺は、待っていたリリンたちに彼女を紹介すると、カーネリアンが出した婚約解消または結婚という逃れようのない条件を説明した。


「お兄ちゃん、どういうわけか知らないけど、婚約者が減るどころか、ますます増えていく気配なんですけど。このまま旅を続けて、馬車を婚約者で満席にするつもりなの? お兄ちゃんは、ハーレムキングになりたいの? 奴隷商人なの? 馬鹿なの? 馬鹿でしょう」

「いいや、コロネ。今回は条件さえ満たせば、スワロフとの婚約解消が約束されている。カーネリアンは、下宿の婆さんから紹介された俺をその気にさせるために、一人娘と芝居を打っているだけだ」

「ドワーフの父親は、一人娘をお兄ちゃんに嫁がせるつもりがないの?」


 コロネが、俺の隣に座るスワロフを見ると、ボクっ娘は口笛を吹いて素知らぬ顔だ。

 ドワーフの少女が幼く見えても成人していれば、父親と口裏合わせして、訪ねてきたスケベを利用するだろう。


「カールが、私とコロネがいれば、坑道のモンスター討伐が出来ると考えているなら浅はかだぞ。弓矢は狭い坑道だと射線が限定されるし、乱戦となれば援護が不可能だ。コロネの攻撃魔法も同様で、前衛がミア頼りなら囲まれて全滅する」

「前衛には、護身用に覚えたミアの体術を当てにしてない。そもそもダンジョンには、俺とスワロフだけで挑もうと思う」

「剣を握れないカールには、ダンジョン攻略ができない」

「それならそれで逃げ帰れば、お目付け役のスワロフも納得する。でも、この先も旅が続くのなら、いつか俺の病は克服しなければならない問題だ」

「カールは、ダンジョンで自分を試したいのだな」


 カーネリアンが、スワロフの口から俺がヘタレだったと聞けば、無条件で婚約を解消するだろうし、リリンたちの手を借りず、自身を追い込むことで剣を握ることが、魔法を発動できたなら、そちらに期待してみたい。

 俺はコロネの所持している魔導書の表紙から、本文を理解している魔法の魔法陣を布に写し取ると、使い捨てのスクロールを何枚か作った。

 妹が見習い魔法使いであれば、初級の攻撃魔法ばかりではあったものの、上手く発動してくれれば、逃げるときの時間稼ぎにはなる。


 ※ ※ ※


 鉱山都市に現れたダンジョンは、出入口を護符で封印していたが、武器を手にする大勢のドワーフと、小鬼たちが睨み合いしており、今にも結界が破られようとしていた。

 俺とスワロフがダンジョンに侵入するのは、穴掘りが生業のドワーフが、モンスターに気付かれないように開けた横穴である。


「お兄ちゃん、頑張って」

「ご主人様、ご武運を祈っております」


 横穴には俺とスワロフが入り、それに弓矢を手にしたリリンが不測の事態に備えて、見通しの良い坑内で待機した。


「駄目なときは、いつものように引き返せ。私の視界にさえ入れば、いつものように弓矢で助けてやる」

「リリンは『いつものように』と強調しているが、いつも本当に世話になる。しかし今回は、自分の力でダンジョン攻略して戻る」

「カールは、女の子の期待を裏切る男ではない」

「そういうことだ」

「そういうところは……、私は嫌いではない」


 俺はリリンの長い耳を軽く撫でると、はにかんだ彼女が手を振る。

 ダンジョン内のモンスターは、出入口の封印を解こうと集まっており、横穴より奥には、それほど多くが残っていなかった。

 半時ほど奥に向かって歩いたものの、会敵したのは小鬼が三匹、それも一匹ずつ出会したので、スワロフの振り上げたマサカリの一撃で仕留めている。


「カールさんはボクを可愛いと言ったのに、ダンジョンを攻略したら破談にするの?」

「ああ、非常に残念ではあるが、下宿の婆さんが空手形で決めてきた婚約者が他にもいてな。婚約を解消するために、こうして旅をしている」

「断るだけなら手紙で済むのに?」

「その点については、婆さんところに戻って再考する」


 俺との結婚を承諾している美少女から、直接会って生涯の伴侶を探そうなんて下心がなければ、こんな旅を続ける必要もない。

 詫び状を送りつけて、知らぬ存ぜぬで済む話だ。

 今回だって厄介事に巻き込まれると知っていたのだから、スワロフに会わず街に引き返しても良かった。

 それが出来ないのは、俺なんかに身を捧げるほどの悩みが、そこにあると知って、黙って見過ごせない性分にある。

 下宿の婆さんには、そこを見抜かれて良いように使われた。


「でも、もしもカールさんがダンジョン攻略したら、ボクは結婚したい。パパには七人の息子がいるけど、男勝りのボクの将来に気が休まらないんだ。だから、さっさと嫁いで肩の荷を降ろしてやりたい」

「スワロフは、おっさんの一人娘じゃないのか?」

「パパの娘はボク一人だけど、ドワーフは一夫多妻だし、家族は全員でママが四人、兄弟が七人いるよ」

「おいおい、ドワーフが慣習的に一夫多妻でも、この国では重婚罪が適用されるはずだ。執政官が、率先して法律を破ったら駄目だろう」

「鉱山都市は、ドワーフの自治区だよ」

「なるほど。自治区の法律では一夫多妻も適法なのか。しかし、おっさんに跡取り息子が七人もいるなら、やっぱり婆さんの謳い文句は信じられないぜ」


 スワロフが一人娘でも、家督を継ぐ息子が七人いるなら、結婚したところで、俺は逆玉の輿ではない。


「だからカールさんが良ければ、ボクは本当に結婚したいんだよ。ボクとの破談が、他に婚約者がいるってことならさ」

「まあ本籍を鉱山都市に移せば、リリンとミア、さらにスワロフとの一夫多妻でも法律的には――って、ダンジョン内では邪念を捨てないと、生きて帰れない!」

「ボクは真剣なのに、カールさんは真面目に聞いてくれない」


 腰に手を当てて頬を膨らませたスワロフの背後、俺と同じくらいの背丈をした小鬼、いいや、錆びた剣と円形の盾を装備したゴブリンナイトが、襲いかからんと剣を上段に構えている。


「スワロフ危ない!」


 スワロフの襟首を手前に引き倒して、手甲でガードした前腕をゴブリンナイトに押し当てると、腰を屈めて低い天井目掛けて力いっぱいかち上げた。

 尖った岩で背中を傷付けた小鬼の騎士は、こちらを睨みながら暗闇に後退りしたが、その腰の辺りに光る目が複数あり、棍棒を手にした大勢の部下を連れているようだ。

 退いたゴブリンナイトが、相手の力量を見極めようと様子を見ているなら、ただ剣を持っただけの小鬼だと侮れない。


「カールさん、力持ちだね」

「今のは、背の低いスワロフを襲うために、前傾になった相手の勢いを利用しただけだ。次に襲われたら、同じようには担げない」


 考えるより体が動いたものの、付け焼刃の体術ではモンスターに致命傷を与えられない。

 とはいえ、スワロフの戦い方を見てきたが、大斧であるマサカリを華麗に捌くのではなく、力任せにぶん回して撲殺する戦法である。

 武器と防具を手にした小鬼、もはや小鬼と呼べないサイズの技巧派モンスターと戦うのは、力押しの彼女では分が悪い。


「スワロフ、俺の間合いから下がっていろ」

「はい」

「目の前のモンスターが斬れない俺に、なぜ食材の大トカゲを切ることができた。敵が斬れないのに、食材なら切れる道理があるのか」


 暗闇に目を凝らしながら、あの日、友人のカイルを見限った日、庁舎前で俺を取り囲んだ暴漢を思い浮かべた。

 あのときやれたことが、今の俺に出来ないはずがない。

 じつはリリンたちに聞かせた話には、疚しさから一つ、二つの嘘がある。

 俺は背後からの叫び声がセオだと気付いていたし、殺気に反応して剣を逆手に沈み込んだとき、後ろに飛んで彼の心臓を狙って貫いた。

 カイルとの関係に見切りをつけた俺は、社会には救いようのないクズがいて、そんな奴は殺されて当然だと考えていた。

 だから飛び込んで来たセオには、殺意を込めて身体を預けた。

 間違いに気付いたのは、彼の手に剣が握られていなかったときである。

 旅の仲間には正当防衛を主張しているが、俺は素手で殴りかかってきた相手を斬り捨てた。

 道を踏み外した彼は、自らの命を賭して俺に贖罪した。

 俺は腰を落とすと、長剣の柄を握りしめる。


「俺に贖罪したセオは、切られて当然の食材ではなかった。彼を殺めた贖罪が、モンスターに取って食われる食材で済むわけがない。セオを背負った俺の贖罪は、救える者を全力で救うことにある。やれることをやらなかった後悔は、懺悔できない」


 恐れるのがモンスターでなければ、剣を抜いて逃げるな。

 俺が臆せば、スワロフだけで倒せる頭数ではない。

 剣を構えたモンスターは、素手で襲ってきたセオと違えば、同類に扱う必要はない。

 セオを化物と同類に扱うな。

 わかっているなら逃げずに剣を抜け、そして呪縛を断ち切って人々を救ってみせろ。

 俺。

 俺、頼むよ。

 こんなの駄目だ。

 俺のためじゃない。

 何のために鍛えた剣術だ、魔法だったのか、それを思い出してくれ。

 俺の剣と魔法は、自己満足だったわけじゃない。

 俺やコロネは不幸か、セオは不幸だったのか、そうじゃない。

 教会育ちの俺たちを不幸な子供だと決めつけて見下した連中、それに甘んじた不幸な人間になりたくないと、理不尽に抗うために鍛えた力だ。

 誰に認められなくても、努力は報われると信じてきたならば、その力を今こそ発揮すべきだ。


「ぐはッ!」


 俺を横切ってスワロフに斬り込んだゴブリンナイトは、上半身と半身を真っ二つにされて、絶命したらしい。

 誰に斬り裂かれた。


 もちろん俺だ。


 続いて暗がりから続々と、棍棒を持った小鬼が俺に襲い掛かってくる。

 一番の戦力を一刀両断された小鬼は、数で圧倒しなければ勝てないと考えたのだろうが、一番槍を手甲でいなした俺は怯まず、後続を長剣で横一文字に振り抜いた。

 刹那、青く生温い飛沫が頬を汚す。

 久しく忘れていたが、モンスターは人を喰らう絶対の悪である。

 リリンの言葉が後押しした。


「カールさんすげえ……、かっこいいよ」

「スワロフは、討ち漏らした子鬼を頼むぜ!」

「はいッ、カールさん!」


 そして長剣を一度使ってしまえば、どうということがない。

 先頭に立った俺は、モンスターに斬り込みながらダンジョンの最深部を目指した。

 もともとスワロフの生まれ育った鉱山都市の坑道であれば、彼女は最深部にある広い空間まで最短ルートを知っている。

 ここまでの半時、俺の実力を確かめるため、ダンジョンに侵入した横穴付近に退却できるように、同じ坑道を堂々巡りしていたらしい。

 どうりで会敵するモンスターが少なければ、いつまでもダンジョン最深部に辿り着けなかったはずだ。

 斬り捨てた子鬼や豚鼻が百匹を超えた頃、スワロフが指差した先に、ドーム状の大空間が現れる。


「カールさん、ここは住居区画に整備予定だったホールだよ。モンスターが坑道に発生した原因は、アイツだと思う」

「アイツ?」


 大空間の中央、大きな岩を粗削りした肘掛け椅子に座っているのは、筋骨隆々とした真っ赤な肌、鋭く尖った黒い爪、頭の左右から巻角が伸びている悪魔、他のモンスターを意のままに操るデーモンだった。


「あれは悪魔の中の悪魔、デーモンだ」

「カールさん、悪魔っているの?」

「ああ、昔はいたらしい。ドワーフは、厄介なものを掘り当てたな」


 悪魔は人肉嗜食がなく、人語を解せば知能が高く、古くは亜人に分類されていたらしい。

 しかしかの種族は、モンスターを操ることで人類と対立すると、悪魔に分類されて地中深くに幽閉された。

 忘れられた古代語と同時期の話であれば、悪魔を見た者がいなければ、悪魔が実在したのか、それすら確かな文献が残っていない。

 空想上の種族、物語の悪役とする者が多い。

 スワロフが『アイツ』と呼んだのは、古代語を読み解ける俺が、図書館で見つけた歴史に消えた種族、それも風貌から推察するところ、多くのモンスターを従えるデーモン、魔物の王様『魔王』と呼ばれる悪魔だ。


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