13 前日譚
御者台で横になった俺は、話の続きを夢で見た。
ケルセフ神父が、無職の俺でも預かってくれる下宿屋を紹介してくれた日のことだ。
「カール、ちょっと来なさい」
「はい」
兵団を辞めた俺は、しばらくケルセフ神父の教会に戻り後悔の日々を過ごしていた。
同じ教会で育ったセオを殺めてしまったこと、俺の要らぬ気遣いで追い込んだカイルが、敵国と内通していた事実が公になり、外患誘致罪で絞首台に送られたこと、俺には悔いることが多すぎた。
カイルの一件が公になったのは、兵団の辞表を取り下げるように迫ったハイネン団長に、間者だった俺が『息子に気をかけてやれ』と言ったのが、きっかけだったらしい。
他人の俺より、実の息子であるカイルに目を掛けろと伝えたつもりが、兵団長はそこに別の意味を見出したようた。
兵団長は、街の治安を預かる憲兵隊長が敵国と開戦を画策している事実を知ると、自らの手で息子を捕らえて裁判にかけた。
ミューゼン家は結果、身内にも毅然と対応したハイネン団長への温情で取り潰しを免れたものの、引責辞任で隠居した兵団長に代わり、カイルの弟であるキエル・ミューゼンが家督を継いだ。
盗賊は死んで、悪徳官僚が罪を裁かれ、収まるところに収まったのだが、どちらにも拘った俺だけが収まりが悪い。
「ケルセフ神父、これは何ですか?」
礼拝堂の懺悔室に呼ばれた俺は、ケルセフ神父が差し出した長剣を受け取った。
鞘と柄に文様が刻まれた長剣は、憲兵に支給されていた官給品の剣よりも、値打ちが有りそうな業物である。
「カールを拾った日、礼拝堂前に一緒に置かれていた剣だ。どんな謂れがあるのかわからなければ、お前が教会を出て行くまで預かっていた。お前に里親が見つかれば、謂れの品を渡すと心残りになる」
「礼拝堂前といえば、いつもゴミを出している?」
「そうだ。教会を出て肉親を探すのであれば――」
「ならば、何の謂れもないゴミだ。しかし大層なゴミであれば、ケルセフ神父がくれるのなら貰っておくよ」
装飾された長剣がゴミのわけがないが、どこのどいつか知らないが、赤子と一緒に捨てたのなら、そいつにとっては、やはり要らないゴミだったのだろう。
「カール、懺悔室の告解は口外しないのが決まりだ。それなのに、お前は一度も自分の気持ちを打ち明けなかった。最後に話しておきたいことはないのか?」
ケルセフ神父は、気難しい俺の本心を聞きたくて、わざわざ懺悔室に誘ったらしい。
そう言われると、いつも大勢の子供の世話をしている神父とは、膝を突き合わせて話した記憶がなかった。
聞きたいことはあったのに、もしかすると遠慮していたのかもしれない。
「セオは、ずいぶんと親しげだったが、俺には奴との思い出がない。懺悔しようにも、そいつがわからないと詫びようがない気がする」
出会った当初から馴れ馴れしいセオだが、俺にとっては、不幸な生い立ちに負けた元兵隊の一人に過ぎなかった。
セオと教会で過ごした思い出もなければ、彼もそんなことは口にしていない。
ただ同じ境遇だったセオに同情していた俺は、殺めた責任を感じているものの、それが彼に詫びる全てと思えなかった。
「セオ・ゲイボルグか。ゲイボルグ家に引き取られた教会の子供、ここでの名前はスープ・デ・ボテチ」
「ボテチ……、セオは、ボテ兄ちゃんだったのか? セオは、すげえ仲が良かったのに、誰に引き取られたのか、何処に引っ越したのか。俺には、何も告げずに教会を出て行ったボテ兄ちゃん?」
憲兵だった頃は仕事柄、セオについてケルセフ神父に話を聞くことが出来なかったものの、守秘義務のある懺悔室を通じて確認していれば、手の打ちようがあったかもしれない。
俺が神父に話していれば、身寄りのなかったセオを教会に引っ張ることも出来た。
「ボテチは、年下のカールより年長の自分が引き取られるのを気にしていた。慕っていたお前を裏切って顔向けできないと、教会を出て行ったきり一度も姿を見せていない」
神父が俺たちに、いい加減な名前を付けるのは、里親に引き取られたとき、里親から与えられる新しい名前が、子供たちの正式な名前となるからだ。
里親が、引き取る子供の名前を変えるには理由がある。
教会での呼び名を捨てさせることで、親に捨てられた身寄りのなかった子供たちが、ここでの思い出に縛られたり、縋ったり、後戻りしないようにだ。
里親に名付けられた子供が、教会に戻ってこないように、ここでの名前と思い出を置いていかせる。
「だからセオは、俺が兄弟と言ったのを特段喜んだのか」
「カール、懺悔は出来そうか?」
格子窓の向こう側にいるケルセフ神父に問われると、謙虚を隠れ蓑に、あざとく立ち回る自分を恥じた。
「ああ、ケルセフ神父。俺が悔い改めるべきは、謙虚なふりで他人を見下したくせに、そいつを責任回避の言い訳にする卑しい心だ。一朝一夕では治らないかもしれないが、これからは自分を偽らず、それでいて他人を傷付けない生き方を選択する」
セオとカイルに贖罪すべきは、謙虚を言い訳に逃げたこと、それを悔い改めると懺悔する。
俺は真っ直ぐな目で、ケルセフ神父を見据えた。
「では、妥協なき行いに努めろ。カールの後悔は、救える者を救わなかったところにある。救える者が目の前にいるなら、妥協をせずに手を差し伸べるのだ。お前は己の強さを隠すうちに、妥協することが処世術だと思い違いしている」
ケルセフ神父が珍しく、強い口調で説教している。
教会の部屋を引き払って、神父の紹介で下宿屋に引越す日、俺は初めて懺悔した。
父親代わりの神父には気恥ずかしさもあり、本音で話せなかったのだが、彼は俺の心の弱さを見抜いている。
俺を見ている人がいた。
それが有難い。
「ケルセフ神父には、もっと早く懺悔すれば良かった」
神父は『その剣』と、俺が受け取った長剣を指差した。
「カールが抜剣の重さに堪えられたとき、贖罪は完遂される」
「俺が剣を握ると吐くのは、何かしらの呪いかよ」
「贖罪の心が、自らにかけた呪縛だろう」
懺悔室を出た俺は、ケルセフ神父と教会の子供に見送られて、引越しの荷物を乗せた馬車で、少し離れた下宿屋を目指した。
求職中の身であれば、教会に残って子供の世話を手伝うのも悪くないが、ことしで十八年目、さすがに長居が過ぎる。
年下のコロネだって、小等学校を卒業してから仕事先の酒場に住み込んでいた。
「独り立ちするには、遅すぎるくらいだ」
道が混んでいたので馬車に揺らること数刻、裏路地を徒歩で半時も歩けば到着する場所なのに、街の外周に沿った馬車道を通ると、けっこうな時間がかかる。
下宿屋の前に荷物を下ろした俺は、御者と荷物運びの下働きに金を払うと、襟元を指先で整えて呼び鈴を押した。
「いらっしゃい、あなたがケルセフ神父から紹介のあったカールね」
下宿屋を訪ねた俺は、出てきた褐色のエルフの服装を見て凍りついた。
下宿屋の主人と思われる褐色のエルフは、寝起きと言わんばかりの気怠い声で、下着の透けたネグリジェを着ている。
俺を出迎えてくれた褐色のエルフは年頃だって妙齢であれば、漂う大人の色香で咳き込みそうになるほどで、こいつがエロいエルフ、いわゆる絵に描いたエロフだった。
「俺の下宿先は、百歳近い婆さんの一人暮らしで、他に同居人がいるとは聞いてないぞ」
「それ、何も間違ってないわよ。私の年齢は百歳近いし、ここで暮らすのは、私とカールだけ」
「え、あんたが下宿の婆さん? 俺は、あんたと二人で家に住むのか?」
「そいうこと。家の前に突っ立てないで、早く中にお入んなさい」
下宿の婆さんは『あ、お入りなさいって家の中よ? 私の中じゃないからね』と、そんな勘違いするわけない。
「お入んなさい、早くう」
「今さら教会に戻れないから、お邪魔しますけどね。神父には、なんか騙された気がするぜ」
「ふふふ、下宿の婆さんが経験豊富そうなエロフで照れてるの? あんまり期待しないでよね」
「き、期待なんてするか! さ、触るな、俺の大事なところに触ろうとするな婆さん!」
「あら、荷物を持って上げようと思ったのにい。もしかして期待しちゃった?」
「してねえ!」
色白で知られるエルフだが、ケルセフ神父が紹介してくれた下宿の婆さんは、いわゆる呪術や占いに長けた亜人のダークエルフだった。
下宿の婆さんトメ・ウメサンのところには、年がら年中、エルフ、獣人、ドワーフ、中には亜人なのか怪しい化物じみた連中が出入りしており、二階を間借りした俺が、彼女との二人暮しを意識することがなかった。
それに元憲兵だった俺は、そういった怪しげな連中と付き合いのあるダークエルフに気も許せない。
そう考えて距離を置いていたから、婆さんが亜人たちから、下宿人である俺の結婚話を、勝手に引き受けていたことに全く気付かなかった。
「カール、二階から下りておいで、独身のあんたに良い話があるんだよお」
俺は下宿のトメから、同意なく勝手に決められた婚約者の肖像画と所在地の書かれた紙の束を受け取る。
ここで意識が覚醒すると、婆さんの顔が朝日に溶けていく。
これが婚約者たちとの婚約解消に旅立つ、俺の物語の前日譚だ。
※ ※ ※
荷台で寝ているリリンたちより、少し早く目が覚めた俺は、御者台で横になったまま、腰から抜いた長剣の刃を朝日に照らしてみる。
俺のトラウマを聞いた彼女たちに、武勇伝だと小馬鹿にされたせいか、話す前より剣が軽く感じた。
一人で抱え込んでいたトラウマを話したことで、肩の荷が下りたのかもしれない。
他人に話して気楽になるとは、それもまた卑しい気もした。
俺が剣を鞘に戻すと、起きてきたミアが、残り少ない食材を吟味しながら、朝食の支度に取り掛かろうとしている。
「ミアは、この旅で一番の働き者だ」
「ご主人様、ありがとうございます」
「前々から気になっていたんだが、俺はミアの主人ではないし、コロネやリリンに、いちいち『様』付けで呼ぶのも他人行儀だ。ミアに丁寧な言葉遣いを止めろとは言わないが、いつまでも謙遜するな。謙虚は美徳だが、過ぎれば嫌味になるぜ」
「でも性分です。これからも、カール様を『ご主人様』と呼ばせてください」
「照れくさいし、他人に聞かれたら誤解を与えるから駄目だ」
「そうですか……、では『旦那様』とお呼びします」
もっと誤解を与えそうなので却下して、ミアの性分なら仕方ないと肩を落とす。
しかし呼び捨てが気不味いなら、せめて『さん』で呼べるくらいの努力しろとは言った。
ミアは微笑みながら頷くと、俺の言動にも気になるところがあり、自分からも提案があるらしい。
「私も努力しますので、ご主人様も謙遜なさらず過去の行いを誇ってください」
「俺の過去には、一つも誇れるところがない」
「そうでしょうか? ご主人様の活躍がなければ、街の治安は乱れ、国は戦火に見舞われていました。ご主人様が捕えた元兵隊さんも、彼らが押し入った先の方々も、みんなご主人様のおかげで死なずに済んだのです」
「う、うん。まあ、そうかもしれないね。そう言われると、ますます武勇伝を話したみたいで、人として恥ずかしい」
「謙虚が過ぎれば嫌味になるのが、ご主人様の経験則でしたら、これからは剣で殺めた命より、救った多くの命を誇ってください……。私の旦那様」
「ミア、お前は――」
俺は思わず、振り返ったミアを抱きしめてしまった。
突然の出来事に赤面した彼女が、手足をバタバタして慌てている。
「ご、ご主人様? え、ええと、いきなりなんでしょうか? わ、私にも、こ、心の準備があります。それに、ま、まだ朝ですよお?」
ミアは誤解しているが、抱きしめたのはそうじゃない。
彼女の言葉に感銘を受けた俺は、目頭が熱くなったのを誤魔化しただけだ。
「すまないが、少しだけ我慢しろ。俺は、ミアに弱さを見せたくない」
「え?」
「男の矜持だ」
ミアに頭を撫でられた俺は、彼女に悟られないように鼻水を啜ると、両肩に手を置いて体を離した。
「泣いていたのですか?」
「詮索するな。男の子が泣くわけないだろう」
「はい、ご主人様。でも私には、ご主人様の強さも、弱さも隠さないでください」
「ミア、ありがとう」
親に抱かれた記憶もなければ、ケルセフ神父に甘えたこともない。
捨て子だった俺が、誰かに抱かれるなんて叶わない、贅沢な希望だった。
だから人肌を恋しいと思ったことがないのだが、抱きしめたミアの体温を肌で感じると、抱かれることが出来なくても、こちらから抱きしめることは出来たと思う。
俺はあのとき、心の中で泣いていた友人を抱きしめてやれば良かった。
男色の趣味はないが。
「ちょ、ちょっと、二人とも見つめ合って、な、何をしているのですか?」
荷台から飛び出したリリンが、俺とミアを引き剥がすように、俺たちの間に割って入る。
この騒がしい朝が日常になりつつある今、過去に縛られて剣を握れない自分が、本当に馬鹿馬鹿しく感じた。
腰に手を当てた俺は、近いうちにトラウマを克服できるだろう。
作品は完結しているので、文字校正が終わり次第つづきを更新します。




