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11 トラウマ

 それからの俺は、税金逃れで闇市を開く商店主から袖の下を受取り、軽微な犯罪なら金で見逃す悪徳憲兵を演じた。

 そんなことをしていれば、同僚には陰口を叩かれるようになるが、俺にはミューゼン家の後ろ盾があると嘯いて見せる。

 学校では落ちこぼれ、社会に出てからは悪徳憲兵、もともと街で悪名高い俺だったから、元兵隊の犯罪集団から声がかかるのも当然だった。

 俺は組織にスパイを疑われない程度の捜査情報を横流して、上司であるカイルには、組織の全容を伏せて個別の襲撃情報を小出しにする。

 主にモンスター討伐だったが、組織の連中に真っ当な仕事を紹介することで、犯罪に手を染める者を減らして、それでも貴族の邸宅や商店を押し入るような奴だけ、友人であるカイルの手柄にした。


「カールも憲兵なんて辞めて、俺たちと盗賊家業で一山当てようぜ」


 俺を正式な組織の一員に迎えようとしたのは、教会から里親に引き取られたセオ・ゲイボルグだった。

 幼くして引き取られた彼とは、教会で一緒に過ごした記憶はなかったが、あちらからはずいぶんと慕われていた。

 同じ境遇だったセオに慕われた俺も、いつしか年上の彼を兄のように考えるようになる。

 セオが組織に勧誘してきたとき、彼を立ち直らせられないかと思案して、余計なことを口走ってしまった。

 それが、悲劇の始まりだった気がする。


「俺は安定した収入を捨てて、盗賊に鞍替えなんて御免だね。セオこそ、足を洗って仕事を探せよ。お前が里親に迷惑をかければ、教会の子供の引き取り手も減っちまうんだぜ」

「両親は、戦火に巻き込まれて死んだよ。俺には、頼る身寄りがねえ」

「だとしてもだ。お前が捕まれば、やっぱり教会に迷惑をかける」

「悪徳憲兵のカールが、らしくないことを言うじゃねえか」


 セオは悪徳憲兵のはずの俺が、盗賊家業を非難したり、教会の子供を気に掛けたり、柄にもないことを言うので、訝しげな表情をしている。


「そりゃそうだが、お前が捕まれば俺の兄弟が一人減る」

「カールは、俺を兄弟だと?」

「俺とセオは、同じ教会で育った兄弟なんだろう」

「そうか、そいつは嬉しいよ。俺には、カールしか身を案じてくれる者がいねえからな」


 俺の説得に耳を貸してくれたセオは、最後に大きな仕事を終えたら、分前をもらって街を出て真っ当な仕事を探すと約束してくれた。


「大きな仕事?」

「そいつのことで、カールに情報がほしかったのさ。お前の後ろ盾になっているのは、ミューゼン家の士爵だろう」

「まさか兵団長の士爵公邸に押し入るのか? ミューゼン家の家長は兵団長、長男は憲兵隊長なんだぜ」

「ああ、灯台下暗し。ミューゼン家は、押し入る賊がいねえと高をくくっているから、留守宅の警備が手薄なんだ。だからカールには、ハイネンとカイルが屋敷を留守にする日を教えてほしい」


 俺が仏心を出さなければ、この一件をカイルに報告して、セオの身柄を現行犯で取り押さえられる。

 彼に伝えた日時、その日時に合わせてミューゼン家の士爵公邸で待ち伏せれば、押し入った強盗を一網打尽できるからだ。

 同じ境遇にあったセオには申し負けないが、再三の説得に応じなかった彼には、牢屋で反省してもらうしかない。

 今までもそうしてきたし、今回だけでも見逃せば、本当の悪徳憲兵になってしまう。

 それにセオが押し入るのが、ミューゼン家であれば恩を仇で返すことにもなる。


「兵団長と憲兵隊長には、朝参のため城に出向く予定がある。ミューゼン家は、明後日の夕刻から翌朝まで留守になるぜ」

「そうか、決行するなら明後日の深夜だな」


 俺は『考え直せ』と、セオの金を受け取らず突き返した。

 俺の余計な一言が、彼の疑念を強めてしまう。

 カイルが憲兵隊を揃えて待ち構えていたミューゼン家には、いくら待っても賊が顔を出さなかった。


 待ち伏せは失敗した。


 俺から情報を買っていた組織が、押し入った先で捉えられて構成員の数が減ったことに、さすがの連中も間者の存在に気付いたらしい。

 俺が上手く立ち回れば、誰かを救えるなんて思い上がりだった。


「カイルには、恥をかかせてしまったな」


 俺はカイルの執務室前の廊下で呟くと、肩を落としてため息を吐いた。

 これまでの功績を考えれば、不発に終わったミューゼン家の襲撃の件で、カイルに責められる筋合いがないとわかっていても、彼に自宅警備のために憲兵隊を動かさせたことには、やはり顔向けできない。

 そんなことを考えながら、執務室のドアに手をかければ、入れ違いに戦争相手国の宰相だった男が、彼の部屋から出てきた。

 かの国との終戦後は、外交官として街の大使館に駐在していると聞き及んでいるが、そんなきな臭い人物が、憲兵隊の執務室で何を話していたのか。


「カイル、今の男は?」


 執務机の椅子に座っていたカイルは、俺を見るなり苛立つ顔で『カールには失望したよ』と言い放った。


「俺に失望した?」

「兵団の上層部には、偽情報に踊らされて憲兵隊を動かした無能な隊長だと笑い者にされた」

「今回のことは、本当にすまなかった」

「カールは優秀なのに無能なふりして、昔から僕をこけにしている。僕を引きずり下ろして、この椅子に座りたいのか」


 カイルは、わざとガセネタを掴まされたと誤解したようだ。

 セオたち組織がミューゼン家の襲撃を控えたのは、俺の裏切りが見抜かれたからであり、これをきっかけに囮捜査も潮時を見極める時期だった。

 上司である憲兵隊長のカイルが、そんなことも理解できず、出世を妬んだ部下の離反を疑うなら、この仕事を続けるのは難しい。


「カイルの信頼を失ったのなら、俺は辞表を出すべきだろうな」

「カールが兵団を辞めたいなら、辞めてもらっても構わない。元兵隊たちにモンスター討伐の仕事を紹介しているようだけど、それって僕に手柄を寄越したくないからだね」

「俺の仕事は、元兵隊の犯罪を未然に防ぐことだ。俺が、カイルの仕事を邪魔しているなんて言い掛かりだ」

「カールは、自分が強いからわかってない。戦場から戻ってきた連中の剣捌き、強力な攻撃魔法、街に暮らしている市民には、それらに抗う術がない。しかし街には、そんな危険な連中を再雇用する予算もなければ、あぶれた奴らは犯罪者になる。カールのやっていることは焼け石に水なんだ」

「元兵隊が自活していく術は、街の治安が回復すればいくらでもある。やさぐれても、剣と魔法に溺れる者ばかりじゃない」


 カイルは『カールには、僕らの気持ちがわからないんだ』と、彼だって首席で学校を卒業していれば、剣術や魔法で犯罪者に劣るところがない。

 ゆえに剣と魔法の腕前に自負がある者が、必ずしも力に溺れて、選択肢を誤らないと心得ているだろう。


「僕は、連中が怖い」

「いいや、犯罪に手を染める奴らは弱いぜ。カイルも連中と向き合ってみたら、たいした腕前じゃないと――」

「僕は、カールが一番怖い。戦場から戻ってきた元兵隊は、人殺しのために剣と魔法の腕前を磨いている。父上のお気に入りカールも、そんな連中の中に放り込めば逃げ出すと思ったのに、逆手に取って僕を罠にかけるとはね。カールにはしてやられたよ」

「もしかして俺を憲兵隊に呼びつけたのは、ハイネン団長じゃなくてカイルだったのか?」

「僕の父上が、カールのことを高く評価しているのは本当だよ。一文字違いの息子の名前を『カール』と、呼び間違えたのも一度や二度じゃない。父上は僕なんかより、カールの方が優秀だと知っているからね」

「俺にミューゼン家の家庭内事情を押し付けるな……。俺には、カイルを出し抜こうなんて気はさらさらない」


 執務机を叩いて腰を上げたカイルは『その上から目線が煩わしいんだよ!』と、いつになく語気を荒げている。

 功を焦るカイルは、先ほど廊下ですれ違った敵国の外交官と、よからぬことを申し合わせたのではないか。

 普段から裏表のある奴だと思っていたが、ここまであけすけだと、切羽詰まって見えるし、直前に下した決断が彼自身を追い込んでいる気がした。


「まあ良い。元兵隊が働く先は、僕が近いうちに誘致してやるさ。連中が街から出ていけば、憲兵隊の仕事は楽になる」

「彼らを再雇用する予算はないんだろう?」

「戦争が再開すれば、連中を雇う予算なんていくらでも掻き集められる。何処の国も似たような事情であれば、あちらさんも乗り気でね。カールは知っているかな、戦争がもたらす利益も馬鹿にできないんだよ?」


 俺は肩を竦めたカイルの襟元を引き寄せると、せっかく終戦にこぎつけた平和な街を、再び戦火に巻き込もうと画策する友人に嫌気が差した。

 彼は敵国の男から戦場を誘致して、セオのような元兵隊を再雇用するつもりらしい。

 頭に血が登った俺は後先考えず、敵国と内通しているカイルを斬り捨ててようと思って、後退りして剣の柄を握った。


「僕を斬れよ……、あこぎな僕を斬れば、カールは国の英雄になれる」


 俺の殺気を感じて、頭を下げたのか。

 カイルは、執務机の向こう側で項垂れる。


「お前は、俺に斬られて父親の顔に泥を塗りたいのか。ハイネン団長が、肩入れした俺に戦争を画策した息子を殺される。ミューゼン家は、お前のせいで爵位を剥奪されて取り潰し、その負い目を父親と、俺に押し付けようとしている」


 俺の友人は、黙って命を差し出す殊勝な人間ではない。

 絶体絶命の状況ならば、相手を道連れにする奴だ。


「すべてお見通しか……。僕は、昔からカールが嫌いだ」

「俺は、カイルを友人だと思っている。外患罪が極刑を免れなければ、この件は俺の胸にしまっておく」


 俺がカイルの肩を強く押すと、彼は高い背もたれの椅子に腰をついた。


「カール、僕を友人だと思うなら、ここで斬ってくれ」

「ハイネン団長は、俺をカイルの噛ませ犬にしているだけだ。そんなこともわからないほど、お前は馬鹿じゃないだろう」


 カイルは学校を首席で卒業して、親の七光りと言われながらも、憲兵隊長としての責務を全うしていた。

 常に全力だった友人が屈折したのは、本気で相手にしなかった俺に見下されていると考えたからだろう。

 カイルは戦場帰りの元兵隊の処遇に頭を悩ませて、敵国と内通して戦争を画策するなんて、そんな馬鹿げた結論を出すような男ではなかった。

 それが敵国の策略だとしても、見抜けないほど浅はかな奴ではない。

 友人の目を曇らせたのが俺ならば、やはり引き際である。


「貴様は、悪徳憲兵のカールだな?」

「だとしたら?」

「質問を質問で返すな」

「では人違いだ」

「まてまてまてっ、そこは『いかにも』と言うシーンだろう!」


 憲兵隊の庁舎を出た俺は、人相を覆面で隠した集団に取り囲まれた。

 奴らの覆面には、世直し、天誅、鉄槌、懲罰など、人殺しを正当化する文言が書かれており、組織を裏切っていた俺の命を奪うつもりだ。


「今は虫の居所が悪い。斬り掛かるつもりならば、手加減を期待するな」

「お前の噂は聞いているぞ。学校での成績はオールF、ミューゼン家の後ろ盾がなければ、卒業すらできなかった落ちこぼれだ」

「俺の友人は――」

「なんだ?」

「お前らより賢い」


 カイルが彼らのように、見えるものだけ見ていてくれたら、こんなことにはならなかった。


「斬りかかれ!」


 先頭に立った男の斬り込みを避けた俺は、左の二の腕に彫った魔法陣の入墨に指を当てる。


「我は風の精霊が書き示した理を解する者、出ろ風の盾!」

「こ、こいつは、魔導書もなしに魔法の盾を出しやがった」


 魔法の発動には、魔導書の表紙に描かれた魔法陣を利用する。

 しかし難解な魔導書の本文を理解している者であれば、魔法陣さえあれば、魔導書が無くても魔法が使えた。

 俺を襲った連中は、落ちこぼれの悪徳憲兵に、魔導書の本文を理解する頭がないと、見くびっていたのだろう。

 俺の左腕は、周囲の空気を収束させると円形の盾を形作る。

 俺は同じように右腕にも呪文を唱えると、剣を振るう速度を跳ね上げた。


「くそっ、魔法が使えないとの情報はガセか」

「俺は、魔法が使えないんじゃない。今日までは、人に向けて魔法を使わなかっただけだ」

「取り囲んで殺っちまえ!」


 俺が連中を殺す気ならば、魔法なんて使わずに剣術だけでことが済む。

 あちらが多勢で挑むなら、相手の命を奪わずに戦うために、力で圧倒する必要がある。

 むしろ手加減するために、今まで人に向けなかった身体強化の魔法を発動した。


「駄目だ……、俺たちじゃ相手にならない」

「一旦引き上げようぜ」

「そうだな」


 連中の仲間が数人、俺の足元に倒れると、威勢の良かった襲撃犯は、剣先を向けたまま後退りしている。

 倒した連中も傷が浅く命の別状がなければ、これに懲りて、圧倒的な強さで手傷を負わされた俺を狙うのを諦めるだろう。


「俺は、てめえが許せねえ!」


 俺が気を抜いた瞬間、背後から叫んで斬り掛かってきた奴がいた。

 死角からの殺気を孕んだ攻撃に、俺は考える間もなく、剣を逆手にして姿勢を低くする。

 うっ、と小さな呻き声が聞こえると、握った柄に人の重さを感じた。

 背後から襲ってきた男は、逆手にした剣先に自ら飛び込んでしまったらしい。

 人を斬らない信条だった俺が、彼を殺したのは正当防衛だった。


「に、逃げろ!」


 胸を貫かれた男を背負う俺を見た連中は、倒れていた仲間に肩を貸しながら逃走した。

 背負っている男が吐血するので、俺の肩口が血で汚れる。


「行く宛がねえ俺は、カールのせいで組織からも追い出された……。てめえから買っていた情報で、多くの構成員が捕縛されたからよ」

「セオ?」


 俺が横に振り向けば、血塗れのセオが肩に顔を乗せていた。

 セオは俺のせいで、組織から仲間を売っている手先と誤解されたようで、身の潔白を証明するため俺の襲撃に参加したのだろう。


「カールには……、悪いことしちまったな。てめえに言われたとおり……、さっさと組織を抜けていれば、こんなことにはならなかっただろう」

「そうだな」

「身寄りのねえ俺はよ、てめえに兄弟と呼んでもらったのに……、背中から襲うようなクズだ。だから……、気に病む必要はねえ」

「いいや、セオを騙していた俺が悪い」

「てめえは優しいな……、ありがとう」

「この咎は、一生かけて償うから許せ。さよなら、兄弟」

「あ、ああ……あばよ」


 俺は事切れたセオの重さに耐えきれず、地面に膝をつくと、たぶん生まれて初めて泣いた。

 この日を堺に兵団を辞めた俺は、剣を握るとセオを思い出して吐き気が込み上げ、人の命を奪った魔導書の理にも懐疑的になり、魔法も発動できなくなった。


 俺は名実ともに落ちこぼれた――

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