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10 人を欺いて生きる

 高等学校の卒業を前日に控えたとき、就職先が見つからなかった俺が呼び出された学長室には、親友気取りのカイルと、彼の父親で士爵のハイネン兵団長がいた。


「カール君は、就学意欲に乏しく、成績はオールFの落第点、本来ならば卒業証書を渡さず、放校処分が妥当なところ、カイル君の父親であるハイネン兵団長が、君に兵団の仕事を斡旋するから卒業させてほしいと訪ねてきた」


 高等学校の学長は、同席しているハイネンに目配せすると、そういうわけだからと、どういうわけかわからないが、明日の卒業式に出席しろと言ってきた。


「俺は、放校処分で構わないのだが――」

「僕はカールがそう言うと思ったから、父上に来てもらったんだ。僕の父上は、カールが爪を隠した鷹だと高く評価している。父上は、カールに僕の右腕として働いてほしいんだよ」


 秀才メガネのカイルは、俺の手を取って、父親と学長に仲の良さを強調した。

 主席の友人と父親が後押ししてくれるなら、俺の二つ返事で卒業が確定する。


「そういうことなら、ご足労をかけたハイネン団長の顔は潰せないね」


 学校で学ぶことは全て学んだのだから、今さら学歴欲しさに卒業証書なんて必要もないのだが、それでは俺に仕事を紹介するカイル親子の顔が立たないのだろう。

 自分たちの紹介で兵団に取り立てる俺が、小卒では格好がつかないからだ。

 ハイネンが、息子のカイルをモンスターから助けた俺の個人的なパトロンであれば、学校を卒業しても彼らとの関係は終わらない。

 そもそもミューゼン家は、ケルセフ神父の教会にも多額の寄付をしている。

 俺には、彼らの厚意を邪険に断れなかった。


「しかし俺のような落ちこぼれに、規律正しい兵団の仕事が勤まるでしょうか」

「カール君ならば、いずれ立派な兵隊になる。兵団長の私が保証しよう」


 兵団の仕事が勤まるでしょうか、勤まるはずがないの修辞疑問文であり、やんわり断ったつもりだったが、肩に手を置いたハイネンは、良い笑顔で親指を立てた。

 俺の実力を知っている兵団長は、これきりの関係にするはずがない。

 士爵は今までも俺を飼い慣らそうと、多額の小遣いをくれたり、社交界に連れ出したり、あの手この手で餌付けしてきたのだが、その都度、のらりくらりと逃げていた。


「カール君、私を親代わりだと思って、いつでも頼ってくれ」

「ハイネン団長、ありがとうございます」


 俺はミューゼン親子に流されるまま、学校の卒業後は兵団に所属することになった。

 兵団の新兵として最初に派遣されたのは、街の周囲に集まるモンスター討伐だったが、兵団長ハイネンの息子であるカイルは、家柄も学校での成績も申し分なく、就任早々に憲兵隊長を任されている。


 そこに不満はない。


 仕事としてのモンスター討伐であれば、実力を隠す必要もなければ、むしろ率先して敵に斬り込むほどに、一緒に戦っている同僚からの評価が高まった。

 兵団は誰かを蹴落として競う学校でなければ、命を張って仲間を助けることを躊躇わずに済んだ。

 俺は水を得た魚のように、モンスター討伐で剣術を披露した半年後、出世頭だったカイルの憲兵隊に転属させられる。

 なんてことはない。

 ハイネン兵団長は、現場で高まった俺の仕事ぶりが、同期である息子と比べられて、見劣りするのを嫌ったのだ。


「父上の過保護には困ったものだ」

「いいや、モンスター討伐を終戦で職にあぶれた元兵隊に回したハイネン団長の判断は正しいぜ。現役の俺たちは、治安維持に特化した方が街の復興事業も円滑になる」

「でもカールを僕の下で働かせるのは心苦しい。このままモンスター討伐をしていれば、僕より出世していただろう」

「手柄がほしければ、こんな性分にはならない。俺は、自分の分をわきまえている」

「そうか」

「だから俺の転属に、カイルが詫びる必要はないぜ」

「そう言ってもらえるなら、僕の心も軽くなる」


 それでもカイルは、俺の活躍が息子の将来に響くと、転属を決めた父親のことを詫た。

 人並みの出世欲があれば、彼の言うとおり恨み言の一つも口にしたが、とうの昔に他人からの評価を諦めていた俺は、置かれた状況に何の感慨もなかった。


「カールには、特別な任務を用意している。上手くいけば、モンスター討伐なんかより出世できるかもしれない」


 半年ぶりに顔を合わせたカイルは、街の戦後復興とともに、急増する元兵隊の犯罪に手を焼いており、街の外から呼び寄せた俺に、犯罪集団の組織に潜り込んで、彼らの動向を探る間者の仕事を回してきた。

 俺が組織の情報を聞き出して、元兵隊の犯罪を未然防ぐことで、犯罪発生率を引き下げようと言うなら、悪くない仕事に思えたし、彼らと接触するために悪徳憲兵を演じられるのは、落ちこぼれだった俺しかいなかった。

 友人に与えられた仕事は、人を欺いて生きている俺の天職だと思った。

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