第6話さ語りたい
辺り一面を桜の花びらが覆っている。
私の眼球を直接包んでいるのでは無いかと錯覚するほどに、視界には桜色が群れを成す。
「サクラ、バラ科スモモ属サクラ亜属に分類される落葉広葉樹。
果実であるさくらんぼが食されるほか、花や葉を塩漬けに食べられることもある。
古来から桜の花は日本人に愛され、春に桜の木の下で宴を催す風習、花見は現代でも盛んである」
何気なく桜について語ってみると、桜色にヒビが入り、ピピピピという音が聞こえてくる。
目を覚ますと、見慣れない天井がそこにはあった。
「…すごくピンクな夢を見ました」
「…発情期か?」
声が聞こえた方に目を向けるとまるまる一本のバームクーヘンをナイフとフォークで切り分けながら食べるなーちゃんがそこにいた。
「なーちゃん、人間に発情期はありませんよ?まぁ正確にはウサギと似たような感じで年中交尾可能なだけですが」
「え、まじ?」
「人を『発情期を失ったサル』と称する人がいるくらいです。ウサギやネズミも同様だというのに、人間には自虐癖でもあるのでしょうか」
「それは間違いなくあるだろうな。
…なんで私たちは朝っぱらから発情期の話なんてしてんだよ」
「私が『(全面サクラで)すごくピンクな夢を見ました』と言ったらなーちゃんが発情期か?と聞いてきたからです」
「悪かったな、失言だったよ。
朝メシ食うか?つってもカステラとドラ焼きくらいしか無いけど」
「私、基本朝は食べないのでいいですよ。食堂には行かないのですか?」
「お前、朝っぱらから小鳥先輩にメシ作らせんのかよ。鬼だな」
「従業員の人とか居ないんですか?」
「居ねぇよ。あれは先輩がやりたくてやってんだよ」
「なーちゃんが木刀で脅したとか、ののさんが包丁で脅したとかではなく?」
「むしろののはやめてほしがってる。私にだけ作ってーって」
「容易に想像つきますね。微笑ましいです」
「そうだな。
…あ~らら、カーテン閉めてくれ。今すぐ、急いで」
「…?はい」
私がカーテンを閉めて数秒、なーちゃんが窓ガラスの前に仁王立ちして何かを待ち受ける。
なーちゃんが両手を左右に広げた瞬間、窓ガラスに人型の穴が開き、穴の分のガラスは人型を保ったまま、カーテンを巻き込みながら天井に突き刺さる。
「…なるほど、貴女でしたか」
襲撃した人物を私は知っている。というか、昔出会っている。
「お久しぶりです。人類最強、絶対的百獣王者 子猫さん」
赤いショートヘアに茶色の眼、左目に片眼鏡をかけていて首と左足には動物用の首輪のようなものを身につけて髪をひと房紫のリボンで括り、猫をモチーフとしたスリッパを愛用し、ワイシャツ一枚を第3ボタンまで空けて身につけた少女を、
この属性を盛りまくったにも関わらず露出の多い服装をした少女を私は、私の創り変えた脳を使わずとも知っている。
「ん、久しぶり。ららら」
「一つ多いですよ。私の名前はららです」
「らららららー♪」
「おい子猫、私の肩の上で歌うな。降りろ」
子猫は加奈の肩に肩車のような姿勢で乗っていたのではなく、左肩の上に片足立ちをしていた。
子猫は大人しく降りると加奈の背後から、今度はおんぶのような姿勢になるように抱きついた。
「しばらく会わないうちに随分とお可愛いらしくなられたのですね」
「子猫、お前ららとあったことあるのか?」
「うん。ららは私の恩人。私を人の身に留めてくれた」
「そんなことしていませんよ。ただ拘束具を創って差し上げただけです」
「拘束具?」
「そう、彼女の身につけているものは全て私の創った、猛獣を縛り付ける拘束具です。
絶対的百獣王者 子猫 18歳
未知系幻獣科 10年生
隔離高等学校の創設期メンバーの一人で、この学校が出来る数ヶ月前、彼女が八歳で私が六歳の頃にインドで出会いました。
その頃彼女は持って生まれた能力、世界中に存在する人間の創作生物の力を十全に使えるという能力を使いこなせずにいた。
そこを私が能力に制限をかけるアイテムを複数、用意することで彼女の能力を人間の限界値程度まで押さえ込んだ。
明確な基準があるにはありますかが複雑すぎるので多くは語りませんが、子猫さんやぴーちゃん先輩はギリギリ人間で、私やなーちゃんは人外とされます。人外には人権が適用されない他、様々な制限がかけられることがあります。
例えば、なーちゃんの食堂での料理を人に振る舞うことの禁止とか。
そんな人外でない人間の中での最強が絶対的百獣王者 子猫さん」
「なっげぇよ。短く」
「私みたいなバケモノを除いた中で絶対的百獣王者 子猫さんが最強ということです。拘束具込みですが」
「らら、最近は絶対獣 子猫って名乗ってるからそっちで呼んで」
「略してより中二臭くなりましたね」
「中二違う。かっこいいの」
「ではそういうことで」
「…そういやらら、子猫の服装っておまえが作ったんだよな?」
「はい。そうですよ?」
「じゃあこの裸ワイシャツとか片眼鏡とかはお前の趣味か?」
「違いますよ。片眼鏡は子猫さんの注文ですし、ワイシャツは中に何も着てはいけないなんて縛りは無いですし」
「ららと加奈、仲良し?」
「子猫、ちょっと空気読もうか」
「そういえばなーちゃん、子猫さんのことは先輩呼びじゃないんですね」
「加奈、会ってからしばらく年下だと思ってた。その名残り」
「悪かったよ」
「まぁなーちゃん高身長ですし」
「加奈は全身快適肉枕」
「肉枕…
なーちゃん、ずっとおんぶに立ちっぱで疲れませんか?」
「めっちゃ疲れた。降りろ」
「やーなの。仕事で疲れたの。癒して」
「と、帰ってくるといつもこの通りだ」
ドサッ、と子猫をおんぶしたままベッドに倒れ込む。
「帰ってくるって、子猫さんは何処で何をしていらしたのですか?」
「ららなら知ってるでしょ」
「それでも貴女から聞きたいのですよ」
「ららはこういう奴だ。諦めろ」
「アメリカで、モン狩り?」
「なるほど」
「いやっ、それでいいのか?」
「子猫さんには語彙力なんかよりも言葉足らずな可愛らしさを期待してますので」
「お前がそれで満足なら何よりだよ」
「ん、らら、これ美味しい」
「それは良かったです。カップから全てmade in 私 ですよ」
「ふーん。ららの優しい味がする」
「…ららに優しさなんてあったか?」
「私の少ない優しさを物理的に溶かし込んだ逸品ですから」
「つまり今のお前、めっちゃ優しくねぇじゃねぇか」
「人間に優しさなんて、ありませんよ」
「お前が言うとただでさえ重いのにさらに重くなる場所で区切るんじゃねぇよ」
「加奈が優しく突っ込むおかげであんまり重くない。さすが」
「なーちゃんは癒し系ですからね」
「ちげぇよ」
「でもみんな、加奈に癒されてる」
「子猫、お前泣かすぞ」
「その時が加奈のデレるとき」
「この場合は私はどちらに着けばいいのでしょうか」
「らら、お前は間違いなく私の敵だ」
「そんな酷いです。私と貴女の仲ではありませんか」
「昨日会ったばっかだろうが」
「らら、昨日来たの?」
「ええ、そうですね」
「ふーん、結構遅かったんだね。なんかしてたの?」
「ここから出られなくなる前に世界遺産などを巡っていました。最後は日本の秋葉原です」
「アキバは世界遺産じゃねぇよ」
「…楽しかった?」
「ええ、楽しかったですね。またいつか行きたいです。今度はなーちゃん達も一緒に」
「そう。なら良かった」
「ま、出られねぇんだけどな。私等みたいな人外は特に」
「私が例外なだけで人間でも出られない」
「そう言われると、やっぱり出てみたくなりますよね。学校がどんな対応をするのかとか、世間は動くのかとか気になります」
「興味はないではないがお前一人でやれよ?」
「おや、ルール違反はお嫌いですか?ヤンキーなのに」
「ほっとけ。生憎と私に世界を敵に回す趣味はない」
「私、国なら敵にしたことあるよ?」
「あ、私もありますね」
「なに、お前らバカの?」
「だって、ららを虐めてたからつい」
「普通スナイパーライフル向けられたら怒りますよね?」
「まさかの共犯かよ。そして普通の奴はスナイパーライフル向けられたら怒る前に撃たれて死ぬ」
「頭が弾けるのってとても痛いんですよ」
「やっぱ手に入れてやがったか。不老不死」
「私の細胞の中には完成寸前の私が27京3598兆9807億4268万4457人、入っています。分かりやすく言うなら残機が約27京あるということです」
「さすが人外。人間では出来ないことを平然とやってのける」
「…人外でもこんなことやらかすやつはららくらいだと思うぞ。あと子猫、いい加減降りろ」
「やーだ。…加奈、シャンプー変えた?」
「…だったらなんだよ」
「いい匂い。半日くらい寝れそう」
「まさか半日このまま寝る気か!?」
「お昼に起こして。……スゥ」
「おい!?子猫!?」
「…私はぴーちゃん先輩と本屋さんに行ってきますね」
「おいらら!?んな事より助けろー!」
「何か買ってきた方がいいものありますか?」
「…テキトーに映画を頼むわ。…ホラー以外で」
「……分かりました」
「その間はなんだ!?」