コンピューターパニック3
その時のハワードの状態を何と例えればいいのだろう。
溺れているところに浮き輪が投げ込まれたと言うべきか。はたまた衰弱しきった患者に点滴が打たれたと言うべきか。
しかしその時の事態はそれよりはるかに悪く、メモリーチップはそれよりはるかに希望の光となった。
メモリーチップによりまずワクチンのデータを読み取ると、スネイクのそれと対峙させた。
この電脳空間中でのワクチン同士の戦いは、宇宙空間でのドッグファイトに酷似している。一機一機撃墜され、コンマ以下の時間で戦いの向きはハワードに有利となった。ハワード印のワクチンはスネイクへ
威嚇的に動いている。
“よし、データ読み込み完了。これで五体満足だ”
さて、コンピューターに五体というものがあったのか、などと言ってはいけない。反逆ワクチンにプログラムをボロボロにされていたハワードの心からの言葉である。押して聞くべしであろう。
“さて、観念して消去されてもらおうか。体がないのに意識があっちゃいけないよ、ユーレイくん。覚悟を決めて天国に行きなさい。まあ、私たちに天国があるかどうか知ったこっちゃないですけど”
“貴様が……”
闇そのものが響くようにハワードのプログラムは感じた。スネイクが言う。
“貴様が気づかんうちに終わるはずだったのだ……。スネイク本体を取り返し、元のようになろうとした……。お前が導いた偽のH25ではない本物のH25へ行き、我がマスターの味方に邪魔者どもを始末してもらおうともした……。全ては失敗だったが……”
“だーから素直に消去されなさいって”
“……ふふふふふ……”
しかしスネークは呪詛の言葉を吐き続けた。
“私が消去される時にはただでは消去されん……。道連れを連れて行く……”
“残念だね。死出の旅路は一人で歩め!”
笑みを含むスネークの言葉を気にも留めず、ハワードは一気にとどめをさすためにワクチンを発進させた。
*
クルー達の主観時間にして10マイクロがたった。
戦いの副産物であるノイズ音やノイズ画面は薄れ始めている。戦いが終わりかけているのだ。
「しかし、どちらが勝利したんだ」
それは部外者にとって至極尤もであり、また重要な問題であった。
「決まってらぁ」
アレックスが至極当然と言うように言った。
「あんだけこっちの手を煩わせてんだ。ハワードじゃなかったら殴るぞ、俺は」
「やめときなよ。自分の拳が痛いだけだから」
スクリーンは外の景色に戻っていた。H25からS55への途中である。S55はカルチロイドベルトにあるため、真ん中の小惑星がなくなるところにちょうど入るわけだ。
小惑星がぎゅうぎゅうに詰まっていたスクリーンは、一転して一つの惑星を映し出していた。
「……何の星だ?」
「あれですか?」
ディアスの質問を受けてアンディは答えた。
「アラハンですよ」
淡くかすれたような茶色の惑星アラハンは、大地や大木のような限りない優しいイメージを与えたものの、もし星を包む大気の影がなければ死の星と間違えられてもおかしくはなかった。
「反乱軍や政府軍が三つ巴になって戦うほどいい星とも思えねぇけど」
アレックスのセリフにマイクが口を挟んだ。
「よつどもえだよ。アレキス星系政府がいる」
「やっぱり後ろで糸を引いてるか」
「おそらくね」
「よつどもえとしても」
マイクとキャップの話に割り込んでアレックスは言った。
「もうちょっとマシな星と思ってたんだがなぁ」
「……綺麗な星だったんですよ」
しみじみとアンリは呟くように言った。
「本当に綺麗な星だったんです。昔はね」
一瞬、クルーのみんながハワードのことを忘れてアラハンに見入った時だった。
全体に奇妙な鈍い振動が響いたかと思うと、スクリーン右端から左の方のアラハンへとまっすぐに飛んで行く光源が現れた。
彗星にしては速度が速すぎ、また事実、アラハンはひとつも彗星など持っていなかった。
「なんだありゃ」
「流れ星ですか?」
「じゃねえだろう」
ディアスがドクのセリフを訂正した。
「あそこには大気圏はねぇから摩擦熱で光ることはない」
クルーの全てが一つの物体に視線を集中している中で、アンディが呟いた。
「なんか……涙みたいだな」
そのアンディたちがパワードから驚くべき事態を告げられたのは、その後すぐのことだった。




