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マン・ターゲット4

 その日、ディアスは後悔していた。

 ヘルメス号を出たのは良かった。ステーションの酒場に来たのも悪いとは思わん。……ただ、金がない。


 まーったく、いつのまにこんなにも物価が上がっちまったんだ。ブルードー酒が一杯300クレジットだぁ!? 冗談もほどほどにしろっ!

 ……まあ確かに、今まで物価の安い所を回ってきたから高く感じるのかもしれないがよー。しかしこの高さは銀河系の内辺境に匹敵するじゃねえかー。全く、ここの政治屋どもは何してやがんだ。少しは庶民に分け前よこせっつーの。こうと知ってりゃ、も少しマイクからふんだくっとくんだった。

 そんなことを考えながら酒場街をぶらぶらしていた。

 ……ごちゃごちゃ文句を言いながらも、他の所へ行くという考えが起きないのはディアスらしい。


 ドスン。


 誰かが後ろから走ってきて、ディアスにぶつかって倒れた。


「バッキャロー!! 気をつけろい……!」


 ディアスがそう怒鳴りかけて、やめた。

 女に怒鳴る趣味は彼にはない。


 そう。ぶつかってきたのは女性だった。しかも美人。

 背中まで届く長髪と赤いスーツに身を包んだ肢体。そして白い肌にすらりと伸びた足。

 それぞれ十分水準点に達することのできるものばかりだった。(まあ、彼に言わせれば「あと2、3年もすれば飲み頃の女」というところではあるが)


「ごめんなさい。急いでいるもので……いたい!」


 女は、急いで立ち上がろうとして重心を崩し、右足を押さえた。低く呻く声が痛々しい。

 これはやっぱり、声をかけるべきだろう。そう思い、ディアスが口を開けた時だった。


「あ! こんなところにいやがった! おい、こっちだ!」


 後から走ってきた3人の男たちが、女を見つけると駆け寄ってきた。……あまり歓迎できる表情ではない。男たちはディアスを押しのけると、その前を通って女の方へと歩き出した。


「随分味な真似してくれるじゃねぇか。俺らでたっぷりかわいがってやるぜ」


 1人、2人、3人目がディアスの前を通ろうとした時、足を引っ掛けられた。3人ともドミノ倒しのように地面に倒れる。


「なっ……何しやがんでぇ!」

「こりゃ悪かったな。ついつい足が勝手に前に出ちまった。あれも避けられないんじゃ、もう老化の第一歩なんじゃねーか?」

「なんだと!」


 元々気が荒っぽい性格のような3人の男が怒ったらどうなるか。しかし気の荒っぽさではディアスも負けない。

 3人はすばやくディアスを取り囲んだ。


「謝るなら今のうちだぜ」

「謝る? 何を?」


 とぼけたような言い方に刺激されたか、一人がナイフを取り出しディアスに踊りかかった。


 さあ、もうそれからはまるで映画のアクションシーンのよう。

 踊りかかってきた男の腕をディアスが掴んで他の一人の方に投げ飛ばして下敷きにし、回し蹴りで残りの一人を倒すと飛ばされた男がディアスの腹に頭突きを加えようとするので、飛び上がり落ちてきたところで男の腹にアームドロップを決め、下敷きにされた男が起き上がってきたところを左のアッパーカットで倒した。

 3人目の男が倒れると、ディアスは女性の側に立って彼らに言った。


「心配すんな。命に別状はねえよ。もっとも……」


 こういってからボキボキと指を鳴らした。


「これ以上この人に構うんなら命の保証はねえが」

「ひえっ! ご、勘弁をっ!」


 こうして3人の男はノロノロと遠ざかって行った。……走りたくても無理なのだろう。


「……ありがとうございます」


 女が言った。


「……大したことじゃねぇ」


 男が言った。


「お願いしてもよろしいですか?」


 少し顔を傾けて女が言った。


「右足をくじいたらしくて……。ステーションホテルの部屋まで送ってくれませんこと?」


 全体的な弱々しげな風情と、媚を売るような瞳に対抗できる男はそうざらにはいない。

 そしてまた、ディアスも男であった。



「コーヒーが良い? それともお酒?」

「酒は何がある?」

「ウイスキーとワインとブルドー」

「ブルドーをもらおうか」


 キャサリンと呼んでくれ、と女は言った。

 ホテルの医務室で手当てをした後、部屋に戻ってきたのだ。

 無理をするなとディアスは言ったのだが、くるくると回るように飲み物を用意する女の姿を見ては、苦笑してテーブルのそばのソファーに黙って座っているしかなかった。


「どうぞ」


 二人のブランデーグラスにブルドー独特の紫がかった色の液体が入っていた。女が座って、二人はグラスを合わせる。

 彼女は、彼が酒を飲み干すのを確認してから自分も飲み干した。少し苦しげな影が彼女の顔にかかった。


「お酒だけじゃつまらないわね」


 ふと思いついたように言って、女は立ち上がった。


「何か食べるものを探してくるわ」

「待てよ」


 隣の部屋行こうとするキャサリンを、ディアスは呼び止めた。


「見て行かないのか?」

「何を?」

「俺の死に様をさ」


 キャサリンは勢いよく振り返った。そこにはニヤニヤ笑いを浮かべたディアスがいた。


「冗談はよしてよ」

「冗談じゃねえよ」


 女の顔が青ざめてきた。


「人を殺すのは初めてか?」


 ディアスは聞いた。もちろん答えるはずもなかった。


「あんたは、人が死ぬのを平然と見ていられるような女じゃないんだな」

 ディアスは言った。


「あんたが何の目的で俺を殺そうとしたか知らんし、興味もねぇ。……やめておけよ、人殺しなんて。あんたみたいなタイプには似合わねぇ」


 ディアスは立ち上がり、ドアの方へと歩いて行った。キャサリンは止めなかった。

 ドアの手前で横にある水槽を見てディアスは立ち止まった。中では色とりどりの魚が泳いでいた。

 ディアスは、口から何か小さい白いものを飛ばして水槽に投げ込んで言った。


「……錠剤は溶けにくいぞ。これからは粉状のものにしたほうがいい」


 ドアが一旦開いて、また閉まった。

 水槽の中の魚は、いきなり暴れ出したかと思うと10ミクロンもしないうちに腹を水面にさらして浮かんでいた。

 女は崩れるように座り込み……泣いた。


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