マン・ターゲット1
それから五日間。
……忙しかった。とにかく、ものすごく、忙しかった。
アレックス、ドク、マイクにとってはこの忙しさは慣れっこだった。目的地がどこであろうとアレックスは機械の総点検をし、ドクは薬品その他の補充に大わらわになるのだから。
ハワードも忙しかった。前に調べ上げた航路以外に新しく行かなくてはならないところができたので、自力で航路を調べ上げてスケジュールを出し、マイクに提出しなければならない。
マイクだけの仕事をあげても、先方との仕事の確認、スケジュールの伝達、日用品の補充、ステーションとの手続き、そして荷物の確認と積み込み作業の監督等々がある。実際、マイクでなけりゃこれだけの仕事はこなせない。
では、いつもは出港まで仕事のないセラと、仕事はあるのに怠けてるキャップはどうだったか。……やはり忙しかった。
キャップは、裏で流れている情報などを知るためにその筋へ当たっている。
こういうことはキャップが一番得意とするところであるが、めんどくさいのとそういう人間には極端に女性は少ないのとで、あまり好きというわけではない。しかし、今回は自分が言い出したことでもあるので、(いつもの彼には合わないが)いやいやながらもせっせと聞きまわっている。
セラは、忙しい中の猫の手として図書館へ送られた。古今東西の新聞雑誌からアラハンに関する記事を拾い上げまとめなくてはならない。
普通人なら膨大な資料の山を前にして、さてどこから調べようかと考えるところだが、星間ジプシーである彼はその独特のカンで必要な記事のある資料を探し出すことができる。ただ、まとめるのは苦手のようではあるが。
……こうして見るとまさに適材適所の見本であるかのようだ。それだからこそ、通常は四人と一台、時々五人と一台でこの船をやっていくことができたのだろうが、どうしてこう、うまく集まったのかは、筆者の知るところではない。決してご都合主義などではない(本当だぞ)。
彼らの奮闘のせいか、四日目には全ての準備が整っていた。
ただ、ステーションの出港手続きだけが遅れ、あと二日はかかりそうな気配だった。
「お役所仕事っつうのはいっつもこれだ」
キャップは言った。
「せめて何日までかかるとか言ってくれないもんかな。暇でしょうがねえ」
「僕にとっちゃ言ってくれないというのはありがたいですね」
すましてマイクが言った。
「どうせそれがわかったら出港まで酒場に繰り出して揉め事を起こすんでしょう? 一度はこっちの身にもなってくださいよ」
上半身シャツ一枚で腕を組み、指令室の椅子にふんぞり返っていた船長は、眉間にしわを寄せて少しの間考えていたが、スペーススーツの上着を肩に引っ掛けて立ち上がった。
「俺、やっぱ出かけてくるぜ。留守番ってのは性に合わねえ」
「え、どこへ行くんです?」
「どこでもいいだろうが、ガキじゃあるめーし」
「良くないですよ。手続きが降りたらどこへ連絡したらいいかわからないじゃないですか」
「俺が知るかよ。風まかせ足まかせ、酒次第女次第だな」
開いた自動ドアの前に立ったディアスは、外に出ようとして振り返った。
「ま、一人で暇だろうが、スクラップのなりそこないとでも留守番していてくれや」
そして一歩踏み出そうとした途端に、いきなりドアが閉まった。
キャップの鼻はドアと正面から激突したのは言うまでもない
「いーつつつつつ……。バカブレイン! 何しやがんだ!」
「私ノ名ハはわーど・へるめす。すくらっぷノ ナリソコナイ ナドデハ アリマセン」
「ヘイヘイ」
キャップは鼻を押さえたまま言った。
「うちの船で一番優秀なブレーンコンピューター様、どうでもいいからドアを開けろよ」
しぶしぶといったようにゆっくり開いた自動ドアから、キャップはアイテテ……と言いながら出て行った。
「サテ」
とハワードが言った。
「皆サン イナクナリマシタケド まいくハ ドウシマス?」
「……そうだな……」
マイクは船長の席にどっかりと座り込み、頬杖をついた。
「久しぶりに論文でも書いてみようか……」
*
駐船場の展望台、そこにセラはいた。
展望台は半円球のソソムリウムガラスのドームに覆われていて、真上にラドラスがくっきりとその緑の大地を映し出していた。
セラは並べられたベンチに座って心を飛ばしていた。幽体離脱とも言う。
肉体という封印から抜け出し、限りなく、限りなく、宇宙と一体になることがこの目的である。それなら、別にヘルメス号の中でもいいのだが、結局のところ気分の問題なのだろう。
セラはすでに周りの雑音など聞こえなくなっていた。
心の中には平安だけがあった。しかしまだ修行不足のせいか、宇宙の気配、彼らの言う“女神”の気配を感じるだけで、まだ“女神”と一体となったわけではなかった。いや宇宙どころか、まだ恒星、惑星、小惑星とさえコンタクトできていないというのに。
人としての執着を捨て、全てをあるがままに受け入れ、もっと、もっと、意識を大きくしようとしたその時。
“……何? 誰?”
セラはどこかに悪しき気配を感じた。
それはセラ自身に向けられていた。しかもすぐ近くから!
“僕を狙っているのは誰!”
そして、飛ばしていた心を急いで体にしまいこんだ瞬間、真後ろから聞こえた轟音と爆風にセラは振り向いた。
そこには重傷を負った男がうめいていた、爆発して残骸となったブラスターを持ちながら。
セラは思わず駆け寄った。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
セラが彼に触れた時、接触テレパスによって心を読むことができた。
“なぜブラスターが……。殺す……ボス……任務……トルト……。ごめん……帰れ……”
そこで途切れた。
「しっかりしてください!」
急いでセラは胸に耳を当てた。まだ心臓は動いていた。気を失っただけらしい。
セラはほっとしてから周りの人に言った。
「誰か! 誰か救護班を呼んでください! 急いで!」