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クーデター3

 なるほど、確かにそれはH中佐だった。しかし、あのことがある以前と今とでは何という違いだろう。

 高級品でできた制服は焼け焦げ、煤け、破れている。一流紳士のように撫でつけられた髪はボサボサで、顔には青あざがいくつも付いている。歯も2、3本折れているようだ。


「離してやれ」


 Mの命令で兵士が離れると、勢い込んでHは言った。


「そら見ろ、だから最初から離せと言っておったのだ……。このような形でご尊顔を拝するの栄を得ますことをお許しください。確かに今回このような形であいまみえますことの不名誉を得ることになりましたのは、十分に私の不徳の致すところであります。しかし、その代価といたしましてこのような報告で皆様方を喜ばせることができるというのは、不詳H中佐、光栄の極みであると……」

「H中佐。何なのかね、その報告というのは。早く言いたまえ」

「はっ、ミスターA。実は私は今回の戦闘におきまして、V大佐の反乱軍への反逆の証拠をつかみましたのです。というのも私の舞台の船を次々と沈め、トルトニウム奪取を今一歩のところで邪魔をしたのはあやつであるからでございます。なぜ分かったのかと申しますと……」

「どんな言い訳が出るかと思えば」


 微かに笑いながらGが言う。


「愚にもつかぬ嘘ばかりか」

「嘘ではございません! 私は本当に……!」

「多分」


 Iが言った。


「自分の失敗をV大佐に擦り付け、事のついでにライバルを蹴落とそうとの考えなのでしょうが、いかんせんタイミングが悪すぎましたな」

「しかし、私が脱出した時に見たあの船のマークは、確かにV大佐が入隊前に使っていたもの……!」

「見間違いだろう」

「ミスターO!」

「残念でしたな、H中佐。お互いにな」


 Nがそういう意味が一瞬分からないH中佐である。


「……お互いに?」

「私も知らなかったのでV大佐を用いるよう提案したところ、笑われましてな。V大佐は……なくなったそうだ」

「……亡くなった? そんなバカな! あれは確かに確かにV大佐の……!」

「H中佐」


 Mが口を開いた。一瞬にしてその場に沈黙が落ちた。


「何であれ、例えV大佐が亡霊となって襲ったとしてもだ。よく生き恥を晒す気になれたな」

「……え?」

「貴様はもう用無しだ。どこへとなりと、いけ」

「M氏」


 Gが提案した。


「追放するよりも、階級を落として一兵卒にして働かせるべきでしょう。兵士たちの我らへの不満も少しは減ると思うのですが」


 H中佐にはもう何も聞こえなかったし、見えなかった。

降格! 降格! 今、上層部への手がかりが脆くも崩れ去ったのだ。

 H中佐は信じられないといった顔つきで、首を横に振りながらドアの方に後ずさりした。


 突然の鈍い音に、上層部の人々は一斉にH中佐の方を見た。

 H中佐はたっていた……額に穴を開けて。

 後ろから撃たれたらしく額から血が顔へと流れ落ちた。そして崩れるように倒れた。

 続いて鈍い音が連続して続き、兵士達はパタパタと倒れていった。上層部の人々は思わず立ち上がり、開け放たれているドアの影を見た。


「何者だ!」


 G将軍が叫んだ。


「用無し、だろう?」


 そう言いながら、肩にレーザーライフルを担いだ男が出てきた。


「片付けてやった」

「V大佐!」


 Nが言った。


「貴様も生きていたのか!」


 なるほどV大佐、ヴェルドゥである。彼の迷彩服を着込み、銃を担いでいる姿に人々は圧倒されていた。


「なぜここにいる」


 Mが尋ねた。ヴェルドゥは答えない。


「何の用なんだ。銃を下ろしたまえ」


 重ねていった。しかしまだ何も答えない。


「早くせんか!」


 G将軍が痺れを切らせて言った。

 全てのものを萎縮させるGの声も、ヴェルドゥには効かなかったらしい。彼はゆっくりと口を開いた。


「契約を覚えているか。俺はあんたらに力を貸す。その代わりそっちは俺のマーキュリー・ディアスに対する攻撃に力を貸す。……契約不履行だな。あんたらとはもう切れた」

「ま、待ってくれたまえ、V大佐」


 Nが慌てて言った。


「そのことを今話し合っておったんだよ。君をヘルメス号対策の中心人物にして、我らはその協力を惜しまないようにしようとな」

「遅かったな」


 ぼそりと言ったヴェルドゥの言葉に恐れをなしてか、Oが机に備え付けられた受話器に飛びついた。


「もしもし! もしもし! 侵入者だ! すぐに来い!」


 しかし何も聞こえてこない。受話器の向こうに兵士はいるはずだが。


「もしもし! もしもし!」


 怒鳴っているOの持っている受話器をヴェルドゥは取り上げて、向こうに向かって話した。


「俺だ。そっちはどうだ」


 そして耳元から受話器を離すと、全員に聞こえるようにボタンを押した。向こうから声が返ってきた。


「ヘイ、ボス。みんな寝てますぜ。ここじゃ昼寝の時間なんてもんがあるんすかね」


 下品な笑いがそれに続いた。

 ヴェルディは受話器を置いて周りを見渡した。

 Iはヴェルドゥに分からないように少しずつ動いていた。そして隙を見て机に隠れていたボタンを押した。


「死ね!」


 ……何も起こらなかった。何度も押したが何も起こらなかった。

 驚きでこっそりなどという言葉も忘れたIはすべてのボタンを押して回った。

 しかし、レーザーは出ない。バリアも出ない。ガスも出ない。落とし穴さえ開かない。へたへたと座り込んでしまった。


「残念だったな」


 同情心のかけらもなしにそう言ってのけると、ヴェルドゥは担いでいたライフルを構えた。


「いや……やめろ……やめたまえ……」


 いくら器が他のものとは違うとはいえ、こういう土壇場になって化けの皮が剥がれたらしい。Mは取り乱して哀願した。


「話し合おう。な? 我らは仲間じゃないか。待遇ならいくらでも改善しよう。だから……助けてくれ……」

「アーメン」


 ヴェルドゥが言った。


「俺は無神論者だが」


 鈍い音とともに2発打たれた。その2発はM、反乱軍指導者マルカム氏と、G、グローバル将軍の心臓を撃ち抜いていた。他のものは何もできなかった。

 無表情のままでヴェルドゥはライフルをおろすと、パチンと指を鳴らした。

 ドアから5、6人の男が入ってきた。反乱軍の制服ではなく海賊のように皆バラバラの服であったが、共通していたのは手に持たれたライフルが上層部の人々を狙ってることであった。


「……どうする気だ、わしらを」


 かすれ声でPが言った。


「どうもせん」


 どうとでもないようにそう言ってのけると、ヴェルドゥはドアの方へ声かけた。


「ローザ。出番だ」


 その声に導かれるように一人の女が姿を現した。

 長い黒髪にウェーブがかかっている。年は30代後半のようだが、美しさにはさして影響はない。まるで今が盛りの黒薔薇のよう。


「思い出したぞ」


 Nが言った。


「あんたは“アレキスの黒バラ”だな。V大佐、お前はアレキス政府と手を組んだのか!」

「ずいぶん興奮なさってるようですわね」


 艶やかに微笑み、転がってる死体を見ると、ローザは言った。


「……片付けましょうか?」


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