ヘルメス2
星間ジプシーのトレードマークは、そのマントのような白い衣である。最高幹部から新入りまで、一同その白い衣を着ている。
しかし誰もが星間ジプシーになれるわけではない。これはどちらかと言うと職業というより、宗教団体に近いのだから。
ではその宗教団体の中心的思想はと言うと、「この世界、この宇宙は全て大いなる女神の体内にあるものであり、それぞれが女神の恩恵によって生かされ、全てのものはある一定の法則に従い生きている」ということらしい。
「いうことらしい」というのは、筆者にも未だよくわかっていないからだ。知り合いのジプシー2、3人に聞いてみたが、皆同一のことを入っているらしいのに、なかなか要領を得ない。
彼らの言うことには「この考えは人から伝えられて信じるのではなく、ある瞬間に“感じて”“知る”」ということらしいのだ。
……とにかく、星間ジプシーではない筆者にはよくわからない。
星間ジプシーの中にはランク付けがある。
新入りは白い衣だけを着る。その上のランクのものは杖を持つ。それから上になるにしたがって、杖の先にはが一つずつ輪がつく。
三代目の教祖であるオグラホム老は杖に五つの輪をつけている。それ以上輪のついているジプシーはいない。
どうすれば上のランクに行けるのかも、筆者に分からないことの一つである。いつかまとめて発表するつもりであるので、それまでお待ち頂きたい。
星間ジプシーは常に宇宙を放浪する。しかし、貧しい彼らには乗船券を買うのにも限りがある。
そこで彼らは、自分の能力を使って船のスタッフとして乗り込んだのだ。
この宇宙にはコンピューターが狂うところや、方向指示装置が当てにならないところがある。そこでジプシーが文字通り水先案内人として乗り込むことになったのである。
船に乗るジプシーとしては、輪が一つのものや二つのものが多いと聞く。それより下の者は水先案内人としては力が及ばず、上のものは……知り合いのジプシーたちが言うには「船に乗る必要がない」からなのだそうだ。
閑話休題。
*
ニューマールでは子供だって、宇宙空港に宇宙船が泊まっているなんて考えている者はいない。
空港には普通シャトルが止まっていて、宇宙船は宇宙ステーションラドラス駅に置いてある。
いくらシャトルの利用が一般的になったと言っても利用客は長距離旅行者ばかりだから、手ぶらでシャトルに乗り込もうとする船長とセラの二人はいっぺんに目立ったに違いない。無論それは少しもおかしいことではないのだが。
船長は自分の全ての荷物を船に置いてこの星に降りたのだから、手ぶらで帰るのが普通なのだ。お土産を買って帰るような人でもないし。
セラに至っては、普通、荷物を持った星間ジプシーなんざ見たこともない。
ラドラスには衛星の関係もあって、ラグランジェポイントが六つある。そのうちスペースコロニーはナンバー1からナンバー4の位置に、ナンバー5はステーションで、ナンバー6がいわゆる駐船場である。
ここにはラドラスへ来たスペースマンたちの船が置かれている。宇宙船本体で惑星表面に降りるわけにはいかないから、こういうところも必要なのだ。もちろん、マーキュリー ディアスを船長とするヘルメス号とそのクルー達もここにいる。
ヘルメス号に乗っているマネージャーであるマイクロフト モーリーは、今、必死に数字と格闘している。
「……おやおや、こりゃまた随分、修理費に金を喰ったもんだなあ……」
船の収納帳をつけながら言った彼の言葉ののんびりした感じとその数字にはものすごい落差があった。この修理費を落とした残りで船を経営し、四人の男を食わせることはマイクでなければ無理だろう。実際、彼はこんなところで燻っているような人間じゃないのだ。それではなぜここにいるのかと言うと……本人が好きでやっているのである。
「おーい! ヘルメス号の若き英雄、ドン・マーキュリーディアス様のおかえりだぞ!!」
若き? 帰ってきた船長の声を聞いてマイクは思った。
嘘をつけ。見かけはともかくもう60を過ぎたおっさんが……。
……かくいう彼も、見かけはともかく45、6年は生きている……。
彼はふと、半開きになったドアから廊下を見た。
すると、ありうべからざる者がいた。つまりは“女性”。
目の端にチラリと写っただけなので顔は見えなかったが、薄茶色の長髪と白い服の女性が廊下を通って行ったのがわかった。
「……またかよおい……」
マイクはうんざりとしたように呟いた。
この船の船長は自称“快楽主義者”で、酒、女、博打、喧嘩その他いろいろの信奉者である。
そのためマイクがどれだけ苦労したことか……。その彼が船に女性を乗せようと主張したことも一度や二度ではない。他の3人の反対で今まで乗り込ませずにいたのだが、今になって実力行使をするとは思いもしなかった。
「キャップ、いい加減にしてくださいよ! 女は仕事の邪魔だから載せないと……!」
そう言ってドアから首を出したマイクと、振り返った“女性”の視線があった。
「あ、お久しぶりです」
そう言ってニコニコしたセラが、そこにいた。