ヘルメス1
銀河系の中心、ヒューマニア星系に位置するみどりのほし惑星、ラドラス。
ここは全銀河連盟の本部の置かれている惑星であり、旧テラ系、ドロル系、各種族の文明の中心である。
しかもその星の中でニューマールという街は、1、2を争う大都市である。すべての科学の粋を集めて町を作り上げた、と言っても間違いではない。
その大都市の中を、少し、場違いな格好の人間が一人歩いていた。
髪は薄茶色。さらさらとしていて長さは背中まで来ている。顔つきは柔和で、初めて会う人間は確実に男か女か迷うことだろう。
服は白い布をだぶだぶとさせて、まるでかのテラの古代にあったというトーガに似ている。人によってはマントと言うかもしれないが。
そしてその手には長さ1アムルの金属製の杖を持ち、先には直径4フィグの輪が二つついていた。修行者のイメージもあるようだ。
荒れ野か楽園か、とにかく自然の中の方が似合うようなその人が場違いな繁華街を歩いて行くのに、周りの人がそれほど驚かないのは当然のことかもしれない。この街にも宇宙空港はあるため、そういう格好の人々も多く見かけられたから。
人は彼らを「星間ジプシー」と呼んでいたのであった。
*
彼は一つの喫茶店の前で立ち止まった。
ちょっと洒落た、どちらかと言うとオーストン風の喫茶店だった。彼は店の名前を口の中でに3度繰り返し、その店であることを確認すると中に入った。
ブーッ
「イラッシャイマセ」
自動ドアにブザーに人工音声。ボツ個性の極みだけど、まだロボウェイトレスじゃないだけ救いがあるよね。さて、どこにいるやら……。
彼が人でいっぱいの店の中を見回していた時、店員が声をかけた。
「あの……お客様。そのお荷物は、レジの方で預からせていただきたいのですが」
「あの、荷物って、これ?」
彼の声は柔らかく落ち着いたトーンで、そよ風が語りかけたようだった。男か女か迷っていた人はさらに迷うに違いない。彼は戸惑ったように少し杖を持ち上げて、店員を見た。
「はい、左様です」
彼はちょっとの間杖を眺めて考えていたが、まあいいやと思ったのか、
「じゃあ、お願いします」
と言って店員に渡すと、また店の中を探し始めた。
「おーい!セラ!こっちこっち!!」
誰かが大きな声で彼を呼んだ。
周りの人は一斉に会話へ殴り込みをかけたものに非難の視線を投げかけた。しかしスペースマンスーツを着込んだその本人はいたって平気で、セラに向かって手を振り続けていた。
「あーもう、全く相変わらずですねぇ」
苦笑を浮かべてその席に座ったセラは彼に言った。
「お前だって変わってないじゃないか。あれから何年だ」
「3年ですかね、この星では」
「この星では、か。いいねぇ」
彼はニヤリと笑った。
この男、名をマーキュリー ディアスと言う。ある商船の船長である……少なくとも法的には。
いろんなことに首を突っ込んでいるので、何が本当の商売なのか本人にもよくわかってないらしい。
体格はプロウォーリアー並みで、喧嘩をしだしたら死人が出るのを覚悟した方がいい……そういう男である。
「今まで何やってたんだ、お前?」
「僕ですか? 相変わらずです。宇宙船に乗せてもらっていろんなところへ行ってきました。船長はどうです? 商売の方は」
「おい、そりゃ聞くだけ野暮ってもんだぜ。俺はマーキュリーの名を背負ってるんだからな。儲からん方がおかしい」
そう船長は言うと、コーヒーを一口飲んで再び話し始めた。
「お前、暇か?」
「は?」
紅茶を飲もうとしてカップを持ったところで、セラはきょとんとした。
「だから、今どこかの船に乗る約束をしちまっているのか?」
セラは意味がわかると、まず一口飲んでから微笑んだ。
「あったんですけどね。断ったんです」
「珍しいな、お前が断ることがあるとはな。何が嫌だったんだ? 金じゃねーよな。お前は金なんか興味ねえもんな。なんでだ?」
「船長から呼び出しがありましたからね」
セラは言った。
「僕に何かご用なんでしょう? 長い付き合いの船長を放っておくわけにはいきませんから」
船長は一瞬絶句していたが、急にがははははと笑うと、セラの肩を思いっきり叩いた。
「おい! おい! お前ってば本当にいい男だな! いや男じゃねーか。いい女! ……でもねえしな。とにかくいいやつだ、うん」
「ちょっと。痛いですよ」
「いいじゃねえか、死ぬわけじゃなし」
「骨が折れるかもしれませんよ 」
「大丈夫さ。俺の船にはいいドクターがいる」
そう言って一気にコーヒーを胃袋に押し流すと、船長は立ち上がった。
「そんじゃ、行こうか」
「え? どこへです?」
「決まってるだろう。我が懐かしきヘルメス号にだよ。そこで話をしようや」
そう言って船長は勝手にレジの方へ行ってしまった。
セラは大慌てで紅茶を流し込むと、後を追いかけた。あまり大慌てだったので、ついつい杖を置き忘れるところだった 。