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死にたいわたしたち  作者: ふうろ
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28歳の集団練炭



ああ、いるのかいないのかわからない神様。


一体だれが、クリスマスイブの日に彼氏に振られると予想するでしょう。

そのうえ別の彼女がすぐさま(元)彼氏の腕に抱き着く光景を目の前で見せられることになるなんて、どうやって予期しておけばよかったのでしょう。


口約束とはいえ、そろそろ婚約の話も出ていたのに。

双方の家族にも挨拶をして、あとは正式なものになるのを待つだけだったのに。


一体どこで間違えてしまったのでしょう。



「君は強いから、俺がいなくてもやっていけるよね」



あの人は、私がそんな言葉をかけられてもいつものように笑っていられると思ったのでしょうか。

私は案外と肝の小さな女なのですが、2年付き合ってもそのことには気づいてもらえなかったようです。


タイミングよく、というか悪く、というか。

母からSMSが届きました。



――彼と楽しんでる?今日も冷えるから、温かい恰好でね。



女手一つで私を育ててくれた母、彼と結婚を考えていると言ったときに「片親の子をもらってくれる優しい人でよかった」と泣いた母、私以上に結婚を楽しみにしていた母。

優しい優しい、私の大切な母。


そんな母が今のわたしの状況を知ったらどう思うでしょう。

今日振られたって聞いたら、きっと私以上にショックを受けてしまうんじゃないでしょうか。


話せるわけが、ありません。


SMSはラインと違って既読がつききませんから、そっと画面を閉じました。

ごめんなさい、お母さん。


さすがに私、今、お母さんからのSMSに返す余裕も、これからのことを考える余裕もありません。


がっくりと肩を落としてその場にしゃがみこんでいると、仲良さそうに通っていくカップルや家族連れの声が遠くなります。

そりゃあクリスマスイブに明らかに落ち込んでしゃがんでいる独り身の女に声をかける物好きなどいません。



「ねえ、お姉さん」



いるわけが、ないんです。



「お姉さん、大丈夫?泣いてるの?」


「え……」



そっと肩口に触れた手に振り返ると、可愛らしい女の子が私を覗き込んでいました。

高校生くらいでしょうか、制服を着てマフラーを巻いています。

形の良い眉を下げて、心底心配そうな顔をして私を見つめています。



「あ……いえ、大丈夫ですよ」


「うそ、大丈夫な人はそんな声出さないですよぉ、もう」



顔を背けて可愛げのかけらもない言葉をかけたことを意にも介さず、女の子は私の腕を掴んで立ち上がらせます。


お、思ったよりも強引です。



「お姉さん、なんかつらいことがあったんでしょう?」



物知り顔でわたしにはなしかけてくるこの女の子の目的は何なのでしょう。

つらいことがあったら、なんだというのでしょう。




普段なら警戒心が働くのに、やはり今日ばかりは駄目でした。




「……ついさっき、婚約手前だった彼氏に振られまして。アラサーで仕事もそこまでできるほうではないので、ここからどうやって生きていこうか悩んでいたところです」



初対面の、それも明らかに年下と分かる少女に何を話しているのでしょう。

それでも目の前の彼女が一生懸命話を聞いてくれるから、嬉しくて嬉しくて。


泣きながらつたない言葉で状況を説明する私の話を聞きながら女の子は時折遠い目をして、それから何度か首を横に振っていた。



「あっ……ごめんなさい、変な話を……」

「んーん、お姉さんのお話を聞いて変な顔してるわけじゃないから大丈夫だよ」



にこやかに笑う彼女には先ほどの曇った表情はありません。

せっかく話を聞いてくれたのに、何か嫌な思いをさせてしまったりとか、そういうことがあったのでしょうか。



「あの、話を聞いてもらってこんなことを言うのもなんですが、どうして私の話を聞いてくれたんですか?こんな日に、ほかにやることもあったでしょうに」



思わず口をついて出た言葉に驚いたのは私だけではなく目の前の女の子もそうでした。

きょとんとして私を見た彼女は其れからほんの少し間を開けて、くすくすと笑い。




「“こんな日”だから――かな」




そうして、私にとある提案をしたのでした。










私今日これからみんなで自殺するの。お姉さんもどう?



まるでこの後カフェに行かない?って言うのと同じくらいの軽さで可愛い桃色の唇から紡がれた言葉は現実味がなくて。

動揺していたはずだったのに、断らなきゃいけなかったはずなのに。



「ということで、今日のメンバーに加わった“オネーサン”です」



にこやかに紹介されてどこか夢を見ているような気持ちで頭を下げました。

目の前にいるのは私よりも年下の男の子が1人と、私よりも年上の男性が1人。

謎のメンバーだけど、よくよく話を聞いてみたらこの3人、SNS関係で知り合って一緒に死ぬことにしたんですって。

それから女の子――ジェーケーって呼んでね、と言われました。名前の代わりに使うんだって――は私をそのメンバーに誘った理由を軽く説明してくれました。



「だってオネーサン、この世の終わりみたいな顔してカップルとか家族連れを見てたから――1人は寂しいだろうなって、そう思ったんだよ」



へへ、と可愛らしく笑ったジェーケーちゃんにつれられて年下の男の子――ダンシくん――と男性――リーマンさん――に挨拶をすると、2人ともとても友好的に接してくれました。



「練炭は結構楽に死ねるらしいから――オネーサンも運が良かったかもしれないね」



リーマンさんが運転する車はどんどん人気の少ない道に入っていきます。


練炭自殺。


楽に死ねるらしいです。

リーマンさんの車の中で練炭に火をつけるんですって。

ダンシくんは心なしかわくわくした様子で「このやり方は化学でも近い実験してるの見たことあるなあ」と言っていました。


みなさんはどうして死にたいんでしょう。

私は、どうして今日のうちに集団自殺に加盟しているのでしょう。


そんな疑念が一瞬過ったけれど――すぐさま霧散しました。



だって、ここにいれば、ここで死ねば。

私は独りじゃなくなるんだろうなって、そう思ったんです。


クリスマスに振られたって大義名分だってあります。

人生だって最悪ではないけれど、いいか悪いかでいけば悪いほうに偏ってます。


だから、このみんなで一緒に居られるならそれは形のいびつさこそあれど幸せなんじゃないかなって。



「ふふ、オネーサンごめんね。変なお誘いしちゃって」

「ううん、いいんです、ジェーケーちゃん。みなさんといられるの、楽しそうです」

「ははは!死にに行くのに楽しそうって思えるなら、それは確かに幸せだな」

「いいね、その考え方。これから死ぬけどみんなでいるなら確かに幸せだね」



私たちは顔を見合わせて笑いました。

歪だと思うけれど、これも1つの聖夜の奇跡なんじゃないかなって思えば悪くないじゃないですか。


みんなでツリーを飾り付けるみたいに車に目張りをして、車の中でジェーケーちゃんと一緒に買ってきたご飯を食べて。

まるでクリスマス会でもするみたいにみんなではしゃいで、「そろそろ寝ようか」って段になって、そっと練炭を取り出しました。


「これでお休みだね」ってひっそり笑いあって、火をつけます。

今度目が覚める時は、もっとましな人生を歩めているでしょうか。

隣に居るジェーケーちゃんが「オネーサン、手を繋いでほしいな」とお願いしてきたので二人で手をつないでみました。


隣のあたたかさが、柔らかな手の感触が。

こんな形じゃなく知ることができたならと思ってしまったのは、内緒にしておきましょうね。








――さて、次のニュースです。県外の雑木林で集団自殺とみられる男女4人の遺体が発見されました。







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