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死にたいわたしたち  作者: ふうろ
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13歳のリストカット


スマホの画面に浮かんだ「勘違いさせたならごめん。君の思いには応えられない」という文字の意味が理解できたのはたっぷり30分近く時間がたってからだった。




「……なんでよ……なんでぇ……?」




震える声が疑問詞だけを繰り返す。



メールの相手は1つ上の先輩だった。


彼は同じ部活動の先輩で、優しくて頼りになって、中学校に入学してすぐの不安でいっぱいだった時期にいろんな相談に乗ってくれた。



そんな彼を好きになるな、というほうが無理な話だった。



いつの間にか目が彼を追っていて、彼に話しかけて、笑いかけてもらえれば幸せだった。


「先輩大好きです!」と言えば、いつも笑って「知ってるよ、俺もだよ」と言ってくれていて。


自分は先輩に好かれているのだと信じて疑わなかった。

自分は先輩の一番になれるのだと浅はかに信じていた。



だから(今となっては)傲慢なことに、了承の言葉が返ってくることを心の中で想定しながら先輩に思いを告げた。


いつものくだらない連絡の一番最後、思い出したように付け加えたひと言。




――先輩が大好きです。私の彼氏になってくれませんか。




わくわくした気持ちでそれを送信し、明日の朝に返事をしようと思いながら眠りについたのが昨日の夜。


今日の朝は目覚ましより早く目が覚めて、ホーム画面に表示された先輩の名前に頬が緩むのを感じながらメール画面を開いて、私の目に飛び込んできたのはいつものくだらない連絡に対する先輩の返事と。




――勘違いさせたならごめん。君の思いには応えられない。




そんな付け加えられたひと言。


緩んでいた頬がそのまま硬直し、自分でもわかるくらい表情が抜けた。


階下でお母さんがご飯を作っている音がする。お父さんのいってきますの声がする。



いつも通りの日常の中で、私が毛ほども想像していなかった非日常が目の前にある。




「おれも、って、いった」




口から漏れる声は自分のものだと認識ができないほど力ない。



俺もって言っていたのに。



だからいつもみたいに、「俺もだよ、付き合おう」って言ってくれるって、そう思っていたのに。



勝手に期待して勝手に裏切られたと思って勝手にショックを受けている。



そんなこと、頭ではよく分かっている。


先輩はきっと慕ってくる私を妹みたいに思っていて、私の大好きだって言葉を家族的な意味合いだと思っていて、そうじゃないってわかったから断っただけなんだ。



だから、これは仕方がないことなんだ。




私の片思いは終わったんだ。




頭ではよく分かっている。






でも、心が追い付いてくれない。






自分の望んでいた日常は訪れることがないのだと確信してしまった。


先輩にいつも通り接することはきっとできない。


先輩だっていつも通りに接してはくれないだろう。


穏やかで愛おしいあの日々は、私が告げた言葉で崩壊してしまった。




恥ずかしさと、後悔と、それから絶望。




今まで感じたことのないような感情が一斉に襲いかかってきて。




「こんなの、むりじゃん」




そうして、私の心は思ったよりも簡単に折れてしまった。


折れて何も感じなくなった心でリビングに下りて、学校へ行く支度をする。

「今日は早起きね」と笑うお母さんに曖昧に笑いかけて、いつも通りを装って家を出た。



いつも通りの家、いつも通りの家族、いつも通りの通学路に、いつも通りの景色。



いつも通りじゃないのは私と、私の「これから」だけ。



学校までは歩いて15分程度だけど、今日はいかない。

居心地が悪いことを分かっていて登校できるほど私は元気ではなかった。

今日お母さんが8時過ぎから仕事に行くことは知っているから、家から少し離れた公園で車が駐車場から出ていくのを見届けてこっそり家に帰った。


部屋からスマホを持って降りてきて、お風呂場に水をためる。

「リストカット 死に方 確実」なんて検索履歴が残っていたらびっくりするだろうか。まあびっくりしたところでどうということはないか。


普通に腕を切っても死ねないっていうのは有名な話らしい。

横じゃなくて縦に切るとか、ギョーコしちゃうから水につけてるほうがいいとか、いろいろ出てくる。


本当に死にたいのかなって考えたら、そうでもない気はしている。

ただ正直な気持ちとして、「死ぬほどつらいから死ぬための方法を試してみようかな」って。


そんな気持ちが確かにある。




「先輩が、私のこと振ったから、アテツケしてやるんだ」




この間国語の演習時間に聞いた言葉がしっくりくる。


あなたが私を受け入れてくれなかったから死のうと思いました。


そんな状態になったら、先輩は自分がしたことを「間違ってた」って思ってくれたりしないかなあ、なんてこの期に及んでもまだ考えている。



水位が上がってきて、ちゃぷちゃぷと涼しげな音を立てている湯船をじっと見つめた。



手首を切った後、ここに腕を突っ込む。



頭の中でこの後の行動を確認しなおして、台所から取り出してきた果物ナイフを手首に当てた。


横じゃなくて縦に。横じゃなくて縦に。横じゃなくて縦に。


脳内で繰り返すたび意味が分からないほど気分が高揚してくる。

馬鹿になったんじゃないかってくらいテンションが上がって、私の手の中のナイフはそのまま綺麗に左の手首を切った。



瞬間、激痛。



上がったテンションが一気に下がって、冷静になった頭が警鐘を鳴らしている。


早急に血をとめろと、すぐにここから離れろと、冷静な頭が告げてくる。




「腕を湯船に」




なのに私の腕はぼちゃんという重い音と共に湯船に沈む。


心から出る指令が頭の命令を無視して体を動かす。


いまさら引き返せないという思いがあるのか、それとも単純に血の気が足りてないのか、私の腕は湯船から上がってこない。



みるみるうちに赤くなっていく湯船に血の気が引いていく。



そういえば私、血を見るの苦手なんだよなあ。




パニックになるかと思ったのにそんなこともなく、目の前の湯船が濁った赤色に変わっていく様をぼやけた視界で捉えている。


じくじくと痛む手首から目をそらしてスマホを手にした。


メモ画面を開いて、新規のメモを立ち上げて。

何事かを入力しようとして、そしてやめた。

この行動で先輩が私の気持ちに気付いてくれると馬鹿みたいに信じてメモを閉じる。





「でもやっぱり好きだったなあ」





意識を失う前に零れ落ちたひと言はやっぱり未練がましかった。





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