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死にたいわたしたち  作者: ふうろ
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24歳のオーバードーズ



此処には居場所がないのだと思ったのは、何も今に始まった話ではあるまい。

思い返せば大学、高校、中学とさかのぼり、小学校、幼稚園、果ては自我の記憶がある初めの部分でもそう思っていたように思う。


別段大きな問題を抱えているわけではない。


仕事だって不安こそあるけれど基本的に楽しくやっているし、人間関係も他人に比べれば浅いものではあるけれどそこそこにしているし、恋人がいないのは24という年齢的にきついものもあるけれど、20代女性のシングル率を考えればそうそうおかしなことではないだろう。実家は所謂「毒親」というものなのだろうが、まあ軽度なものだからあしらい方を知らぬわけでもいないし。


ドラマや小説の主人公のように凄惨な生きざまをしてきたわけではない。

人から同情されてしかるべきという現状だと思うわけでもない。

平々凡々、そこそこに生活をしながらそこそこにつらいことがある、そんなものだろう。



それでも此処を、この世界を居場所だと思えたことがない。

自分がこの世界に居てもいい人間だと赦せたことが、ただの一度だってない。

かつては。

自分が愛した人に触れられているときだけはその人を通じて世界とつながっているような気がしていた。

もちろんその手はもう届かない。

もう私の愛した人は、私の隣に戻ってこない。



「……なんでバファリンばっかり買ってんのかな、おもしろ」



薄暗い自室の薬棚の前に座り込んで、60錠入りのバファリンの箱で遊ぶ。

全部で4箱。

よくもまあこんなにためこんだものだと呆れて笑ってしまった。


積み木をするように並べた青と白の長方形をひっくり返す。

ザァザァと音をたてて流れ出て来る錠剤をひとつひとつ丁寧に数えながらさらに押し出していく。


全部で150錠も残っていた。2箱は丸々買わなくても良かったらしい。



「あってもなくても一緒やったなんて、まるで私みたいやねェ」



ひとりごちて箱をつつく。

何の抵抗もなく倒れた箱に、何が面白いのかひとしきりけらけらと笑ってしまった。


こんな小さな力でも倒れてしまう、無力な箱。空っぽの箱。



「……私みたいやねェ」



もう一度同じことを呟いたら、笑いすぎて目の端にたまっていた涙がころりと落ちた。

続くように涙がころころ滑り落ちていく。


小さな力にも抵抗できない、空っぽの私。


空っぽなら、ここにいてもいなくても同じじゃないか。

いてもいなくても同じなら、死んだっていいじゃないか。



暗い部屋の中でぼんやり光るスマホの中にはいつものタイムラインが映っている。自分の最新のツイートである「疲れたし、もういいや」というツイートは45分前に書かれてから何のアクションも見せない。

そのツイートより後に相互フォロワーが複数人で楽しそうにやり取りをしているから、自分が意図的に排されていることは分かる。


この人たちはきっと、私がいなくなったことを知らずに、たとえ知ったとしても何の感情も動かさずにいられるのだろう。

もしかしたら一人くらいはお悔やみの言葉を述べてくれるかもしれない。

死人に口なしとばかりに友人だったような言葉をかける人もいるかもしれない。



――そんな人がいてくれるかもしれない。



冷蔵庫から最近ハマっている缶チューハイを3本ほど適当に取り出す。



別段大きな問題を抱えているわけではないのだ。



働けど働けど評価されない仕事。


周りのように充実していない人間関係。


好きな人の一番になれないことの連続。


息ができなくなるほど縛られる実家。



でもそんなもの、この世の中には当たり前みたいに転がっていて、誰しもがほんの少しずつ苦労している。そんな軽い問題なのだ。




だからきっと、こんな小さな問題の力でぽきりと折れてしまった私は、だめなヤツなのだろう。



ぱきゅ、と小気味よい音を立てて缶チューハイの飲み口から可愛らしい桃色の液体が見える。

思わずにこりと微笑んで、それから皿に盛られた錠剤を2つつまんだ。


そうして、初めからそう決められていたように滑らかな動きでそれを口に含み、続けてチューハイを流し込んだ。

甘やかな香りが鼻腔に広がり、その勢いのまま嚥下すれば錠剤は何の抵抗もなく食道を抜けていった。



「ふふ」



つまみの代わりに錠剤を口に含んでは缶チューハイを飲んでいく。

おいしいチューハイも本数が進めばもはや胃を圧迫するだけの液体になる。

それでも飲み下すことをやめずに白い錠剤を酒で流し込んでいく。


どれくらい時間がたったのだろう、猛烈な吐き気があがってきた。

喉の奥まで戻ってきたツンとした匂いの液体をもう一度無理やり飲み下して、そのままベッドに体を沈めた。


ふかふかの布団はつらい時に自分を守ってくれる唯一の居場所だった。

この世界でたった一か所、気を張らなくていい場所だった。



「おふとん……気持ちえぇなァ……」



吐き気に混ざるようにとろとろと眠気がこみ上げてくる。いつものように枕に頭を預けて、布団を肩までかける。




「私が死んだ」ということを知った誰かが、一人でもいいから、泣いてくれないかなあ。




そんな途方もない夢を見て、私は笑った。


人生最期に見る夢なら、叶わない夢を見たって許されるだろう。



私みたいな中途半端な人間は、死にでもしないと誰にも見られないだろうから。


だから「ちゃんと死ぬこと」ができれば――もしかしたら一人くらい、私が折れてしまったことを赦してくれるかもしれない。


「弱さに耐えられなかった無様な私」を、「死に逃げなければならなかったほど可哀想な私」として見てくれるかもしれない。



まぶたがゆっくりと下りていく。

口の端から酸味のある液体が漏れ出ていくのを感じて、「これで可哀想な死にざまになるかな」とほくそ笑んだ。



それでは、居場所を得られなかったこの世界にさようならをしましょう。





「おやすみ なさい」





ごぷ、と喉元で液体が詰まる音が私の聞いた最後の音だった。











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