7、魔族の国・影夜国
「何をおっしゃいます。誰が船など出すと言いましたか?」
「はい?」
「私はこれでも、“智の王”の名を冠する魔族。瞬間移動……つまりテレポートも、魔力で行うことが出来ます」
もちろん、内に秘められた魔力は、マナミ様には敵いませんが……と静かに微笑むランスさん。
テレポート……って、もしかして。
あの兵士さんも、魔力を使って瞬間移動させたんじゃないだろうか。
……殺したんじゃ、なかったんだ……。
「……行きます、私。影夜国の王都」
「マナミ様……」
「私が魔王で、高位の魔力を持ってて、すごい人なのかもしれない、ということは未だに信じられないです。でも……いつまでも、こんなところに……こんな怖いところに1人でいるのは、もっと嫌だ」
もうこれ以上、あの人みたいに、怪我をしている人を見たくない。
もし私が魔王になれたら、戦争を止められるかもしれない。
だから……いい加減、覚悟を決めよう。
「連れて行ってください、王都に」
私の言葉に、ランスさんが深く頷いた。
そして、私の額に手をかざす。
ぐにゃり、と私を取り巻く空気ごと……いや、素粒子ごと空間が歪むような異質な感触があったあと、私の体はどこか他の場所へ連れていかれた。
____そして。
風の音が止み、見えない力に引っ張られるような感覚がなくなると、私は恐る恐る目を開けた。
「マナミ様……いいえ、魔王陛下。ここが影夜国王都、“シャドウィング”になります」
ランスさんが右手で前を指し示す。
ゆっくり視線を上げると、そこに広がっていたのは。
「う、わぁ……すごい! ここが、魔族の国」
魔族の国だなんて、陰気で、湿っぽくて、国民皆鬼のような顔をしているのかと思っていた。
たくさんの悪魔が跋扈し、魔王がそれを力だけで治めているのかと、そう思っていた。
……でも、違った。
目の前に広がるのは、まるで中世のイギリスのような街並み。
確かに、活気が溢れている市場には、見たことのない肌の色の人はいるし、ところどころ、悪魔の羽のようなモノが生えた生き物もいる。
商人らしき人が連れている馬には角があるし、羽の生えた水色の妖精みたいなのを側に控えさせている身分の高そうな人もいる。
「ここが……影夜国」
私が魔王なら……治めることになる国。
「まずは地図を見に行きましょうか、陛下」
「陛下はやめてください……って、地図? あるんですか?」
「はい。貴女は異世界からいらっしゃったお方だ、地理もわからぬまま魔王にはなれないでしょう」
……まあ、そりゃそうか。
世界地図くらい見せてくれないと、割に合わない、よね。
……にしても、ちゃんと世界地図があるってことは、それなりに文明は発展しているってことだよね。とりあえずは、造船技術はしっかりしてるということだ。
その事実に少しだけホッとする。
そして、微笑んだランスさんは『地図屋』という看板が取り付けてある店に入った。
「店主、1枚世界地図を」
「へい……って、これはこれは、ランスロット閣下。御機嫌麗しゅう」
「そう固くなるな。新王陛下が戸惑っておられる」
「へ? ……へ、陛下?」
あれ? と、私は目を瞬かせた。心做しか、店主さんの声が少し震えた気がする。
ランスさんの影からおそるおそる店主さんの顔色をうかがってみると、やはり青白い。
『陛下』というのをよく思っていないのだろうか。
でも、ランスさんとは親しそうに話してたのに……。
どういうことだろう、と思っていると、店主さんが口を開いた。
「……この方が新王陛下ですかい?」
「左様だ」
「……こりゃまた、ずいぶんと可愛らしい魔王陛下ですな」
あ……表情が柔らかくなった。
原因はわからないが、どうやら警戒を解いてもらえたらしい。
……まぁ、警戒は当然のことだろうけど。
どこの馬の骨かもわからない小娘が、いきなり自分の国の王になるなんて、誰でも訝しく思うに決まっている。
……まぁ、私は今のところ、魔王になる気はないんだけれど。
「それで、地図でしたかな、閣下」
「ああ、できるだけ見やすいものを」
「最近ですと……これが一番ですな」
そう言うと、店主さんは1枚の、縦長の世界地図らしきものをカウンターの奥から取り出した。