75、処刑場
「まだわかんないよ? レンが聖剣アポロンを呼び出して、見事すぎる脱出ショーになるかもしれないじゃない」
「いや俺、今、手怪我してるんですけど」
「命と手とどっちが大事なの!?」
そりゃ命だけどさ、と唇を尖らせるレン。
私が「ついでに私のことも助けてね」と言うと、彼は意地の悪い笑顔で「さぁね」と返した。
そこは助けようぜ、王子様。
「なんか……お腹空いたなぁ」
「言うな。余計に腹減ってきた」
これから死ぬなら、空腹なんて関係ないけど。
あーあ、最後の晩餐くらい出してくれてもいいのに。
朕はお寿司をご所望だぞ。
「死にたく、ないな」
「……うん」
これが最期になるなら、せめて。
……私がレン、と彼の名を呼ぼうとすると、急速に睡魔が襲ってきた。くっつきそうな瞼に抗いながら、私の口は必死に何かを紡ごうとする。
しかしそれは叶わず、私は目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。
_____最後に、レンが。
「おやすみ」と囁いてくれた気がした。
*
……夢を、見た。
魔王城にいた時と同じような夢だ。
家族でご飯を食べている夢だ。私はまだ小さくて、祖母の隣に座っていて。
季節は冬だろうか。父母と祖母がいて、一緒に鍋を囲んでいる。
ああ、美味しそうだなぁ。キムチ鍋だ。どうしよう、食べたくなってきた。
あれ? 今から食べるんだっけ。でも、私は次期魔王で、もうすぐ処刑される身で。
でも、お鍋は目の前にあって……。
絡まる夢と現。
ここは思い出の中なのか、それとも。
「愛美」
「!」
いつの間にか、小さな私の隣に、祖父がいた。
若くて、“おじいちゃん”じゃない。しかも、顔には黒いモヤがかかっていて見えない。
けれど私にはわかった。彼が私の祖父だと。
「愛美。お前にはまだ、足りないものがある」
「え?」
「それを見つけなさい。自分を信じて」
顔がわからないのに、祖父が笑ったのがわかった。
足りないもの? 何それ。私に……?
そして、祖父の顔のモヤが、少しずつ晴れてゆき。それと同時に、景色は消えていき。
顔が、見えて_____。
いや……待って。教えて……、
「おじいちゃんッッ」
目の前で、光が弾けた。
そして、視界を通して脳に流れ込んでくる情報に、目が眩む。
煙の臭い。新鮮な空気の匂い。
「……処刑執行を目前にして居眠りですか。ずいぶん器が大きいのですね」
「あ、アリシア……さん」
「気安く名を呼ばないでください。反逆の王」
耳に届いたのは、綺麗な、そして冷たく澄んだ声。
その声でやっと私は、自分がどこにいるかを理解した。
……ここは、処刑場だ。
つまり……魔王城の前にある、広場である。
私は集まる民衆が避けていく中、処刑台に向かって歩いているのだ。
処刑台の前には、見覚えのある三つの姿。
豪華な椅子に腰かけて、鋭い視線を送ってくるのは……、四天王のうちの三人の王だ。
“獣の王”。
“死の王”。
“妖の王”。
彼らを見た時、一気に目の前の光景が現実感を増した。
「レン」
すぐそこには、どこかぐったりしたレンが、ランスさんの部下らしき魔族に連れられて歩いている。
気を失っているのか、眠っているのかすらわからない。
……ざわざわと、集まった国民の声が耳を刺す。
____『裏切り者』『けがらわしい』『美しい“黒”を汚す行為』
心無い悪態の数々は、私の心を確実に蝕んでいった。
違うのに。裏切り者は……先代魔王の方なのに。
悔しくて、涙が出てくる。
このまま死にたくない……! 死んでたまるか!
そう思うのに、足に力が入らない。
「来ましたね、“陛下”」
「……っっ」
処刑台の上で待っているのは、ランスさんの姿をした先代魔王の亡霊。
そして彼の手には……魔剣ディアボロス。




