74、ランスロットは
「え……じゃあ、やっぱり……」
あれは、ランスさんじゃない。
私の知ってるランスさんが、本物なんだ!
それだけで、涙が目からどんどん溢れてきた。……よかった。本当によかった。
「……愛美、先代魔王の二つ名を覚えてる?」
「うん、確か……ええと、“黒き堕天の、」
「それはいい」
ですよね。
「冗談だよ。確か、“最凶そして憑依の悪魔”だったよね。二つ名かどうかは別として」
「そう。ここで注目すべきは、『憑依』の部分だ」
レンは顔だけこちらに向けて、真剣な声のまま言う。彼を拘束している鎖が、動きによってガシャンと音を立てた。
「俺も何度か見たから覚えてる。先代魔王の得意な魔術は、誰かの意識を乗っ取り操る、憑依魔法だった。恐らくそこから、その称号は与えられた」
「うん」
「そして……あいつの目は、血のように赤い色をしてたんだよ」
血のように、赤い目。
私は、竜に致命傷を与えた時のランスさんの瞳を思い出す。見つめるだけですら怖気が走る、残忍な目。
「操られて、いるの?」
……ランスさんは、先代魔王に。
もしかして、休戦協定を破棄した時も……自分がかつて仕えた、先代によって。
「なにそれ……そんなの……ッッ」
許されないよ。
ランスさんが、いくら思想が違ったとしても、主を裏切るような真似を、先代が生きているうちにしたとは思えない。
それなのに、主である先代魔王は、ランスさんを操った。
死してもなお、自分の望みを叶えるために。
「“智の王”ランスロットを操っているのは、先代魔王の魔力の名残だ。強力すぎる悪霊になって、あの残虐非道な男は、この世にまだ存在しているんだ」
「やだ……! そんなの……悪逆を尽くした先代魔王に、殺されたくなんかない……ッ」
「俺だってそうだよ。あいつは……始祖の歴史を知りながら、戦争を止めようとしなかった!」
レンの血を吐くような声が、私の肌に刺さる。
強い怒りと憎しみ。
絶対に許さないという強い思いが、心に響くようで。
……でもそれじゃダメなんだ。
「____『愛す者を心に、勇気を胸に』」
「!」
「竜が言ってたでしょ? 怒ってたら、多分聖剣アポロンは呼び出せないよ」
“争いを好む者は、真の勇者ではない”。
あの優しそうな初代魔王は、そう石板に書き記していた。
それならば、争いをやめるためだけに剣を振ろうとしなくては、聖剣は応えてくれないだろう。
争いをやめるために、剣を振る。
矛盾しているように感じるけど、それがきっと正解だ。
それに、竜の言っていた、あの名前。
“ショウイチ”。
どこかで聞いたことがある気がするんだけど。
「……愛美の言う通り、だよな……」
瑠璃色の瞳を伏せて、レンは呟くように言った。
長い金色の睫毛が痙攣している。きっと必死になって、感情的にならないようにしているんだろう。
「処刑は明朝って、ランスさん……先代魔王が言ってたよね?」
「確かな」
「どうやって処刑されるんだろ? 斬首かな、絞首かな」
「ここは中世っぽく火炙り、ってやめろお前……言わすなよ……」
げんなりした顔をこっちに向けて、レンが言う。
仕方ないじゃん、軽口でも叩いてないと、壊れてしまいそうなほど怖いんだから。
でも、不思議と……死ぬことに実感はわかない。
レンと一緒にいるから……ただ“怖い”だけで済んでいるんだろう。
「寝よう。もしかしたら奇跡が起きるかもしれないし。不死鳥が呼んで出てきてくれるかも」
「はは……あのプライドの高い幻獣が来てくれんのかね」
まぁ、呼ばないんだけどね。
先代魔王が強いのは竜で実証されてるから、不死鳥まで怪我させたくないもん。




