71、何が魔王だ
「なっ、貴様……生きていたのか!」
アリシアさんが黒い翼をはためかせ、空中で静止した。そして綺麗な顔を歪ませて、ギリッと歯を食いしばる。
むくりと起き上がった竜は、確かに生きていた。
しかしその命の炎が、今にも燃え尽きてしまいそうなことは、私にも理解できた。
『……勝手に殺すな、小童ども』
「ほう。生きていましたか……さすが古代の魔物と言おうか」
「く……けれど、あなたはもう虫の息、放っておいても死ぬ!」
アリシアさんが上空から放った赤い光弾が、雨霰のように降ってくる。
しかしその光弾は、ドラゴンブレスによって形を留めず霧散した。再び顔を歪ませるアリシアさんを見逃さず、竜は即座に蒼い炎を吐き出す。
その凄まじい熱波と勢いに、弾き飛ばされるアリシアさん。
『嘆かわしいな、“智の王”』
「アリシアの言うとおり、虫の息のあなたに憐れまれたくありませんね」
『そういう意味ではない。そう簡単に喰われる男だとは……思わなんだぞ、ランスロット』
……え?
それ…どういう意味?
「……話が見えませんね」
意味が分からないのはランスさんも同じだったらしく、怪訝そうに眉を顰める。
竜は息も絶え絶えに、私達の方に黄金の瞳を向けた。
『決して惑うな。信じるものを……己が信じたいものを捨てるでないぞ。
“真実”をその手にするのだ、次代の魔王よ』
「竜、何を……」
言っているの?
「今更彼女が惑うことなどありはしませんよ。なぜなら彼らには明朝には、影夜国が更なる結束を固めるための、英霊になって頂くのですから」
『処刑をするのに英霊か……ずいぶんふざけた物言いだ』
竜のお腹の傷口からは、血があふれ出している。
それが怖くて、私はそれ以上何も言えずに震えた。
やだ、このままじゃ……竜が本当に死んじゃう。
『初代魔王ショウイチによく似た次代の魔王……そなたに託そう。己に足りないものは……己で見つけるのだ』
「え?」
しょういち?
その、名前。どこかで、聞いたような気が……。
『どうか、アシュタルトの、未来を…………ッ』
____ドウ、と。
無慈悲な音は再び響き、今度こそ、竜の命は完全に断たれた。
光弾を放った方向を見てみれば、そこにいたのはボロボロになったアリシアさん。
「おやアリシア、生きていましたか」
「……っ、はあ……当然です、ランスロット閣下。この程度のドラゴンブレスで命を落とそうものなら、私は貴族を名乗れません」
「お前ら……ッ!!」
憤怒が込められた声で、レンが地を這うように唸る。
その手に再び聖力の光を宿らせようとした時、今度は小さめの光弾がレンの背中に着弾した。
「ぐぁ!!」
「レンッ!!」
「無駄な抵抗はしないことですね……はぁ、はぁっ……」
肩で息をしながら、アリシアさんが言う。
そして息を整えた後、彼女はランスさんを見た。
「彼女を捕らえ、拘束します、閣下」
ランスさんが頷いたのを見ると、彼女は真っ直ぐにこちらへ降下してきて、魔術で出した鎖で私たちを拘束し、無理矢理に立たせた。
レンはどうやら気を失っているらしく、呻き声すら発さない。
何が……剣士だ。何が……魔王だ。
私は……今、怖くて、少しも動けてすらいないじゃないか。
「違う……あなたは……、
そうか……あなただったのね……!」
前もって用意されたセリフのような口調に、私は自分の頭に血が昇っていくのを感じた。
最初から、違和感はあった。
でも、何がおかしいのかはわからなかった。
しかし、今、気がついた。
ランスさんは……赤い眸なんかじゃない。色素の薄い黒……濃灰色の瞳だ! こいつが、ランスさんの意識を乗っ取って、休戦協定を破棄したんだ!
「ランスさんを返して!!! 誰なのよ、あなた!!」
「まったく……分からない人だ」
瞬間、首筋に衝撃を感じる。
声すら出せず、私の意識は……そこでブラックアウトした。




