5、魔王? 勘弁してくれ
…………魔王。
……………魔王?
いわく、
……お父さんお父さん怖いよ【ナンチャラ】がやってくるよ。
……この大【ナンチャラ】に逆らおうとは、身の程を弁えぬ者達じゃな。
……【ナンチャラ】王におれはなる!!
……ってこれは違うか。
「私は、貴女の宰相兼王佐である、“智の王”ランスロットと申します。以後お見知りおきを、第十三代目魔王陛下」
茶髪美形放火魔は私の動揺に気づかないまま、胸に手を当て、淡々と喋り続ける。
「超高位の魔力保持者である証の闇色の髪、闇色の瞳。それから、魔王の証である黒い炎。そのすべてが、貴女様が魔王だということを物語っています」
「へぇー、そりゃすごいね」
うんうん、と私は頷く。
いやぁ全く、本当にすごいよ。闇色の髪に瞳、黒い炎だって。そんな人いるんだね。あはは。
「……で? 私はなんの陛下だって?」
「ご錯乱なさらぬよう。もちろん、貴女が魔王陛下でございます。れっきとした魔族の女王……つまり、我が影夜国の第十三代目の国王です」
私が、魔王陛下。えいやこく……の、女王。
私が……、
って、えええええええぇぇぇっっっ!!?
「どどど、どうしてですか!?私は魔族どころか人間ですよ!! しかも地球に、この科学の時代の地球上に、魔族なんているとは思えません! しかもここはどこなんですか!? 日本じゃないですよねっ!? 帰して下さい、日本に!」
「おっしゃる意味が分かりませんが」
怪訝そうに放火魔……ランスロットさんが眉を顰めた。……心のどこかでは、わかってる。もう、わかってるんだ。
わかってるんだけど……認めたくない。
お願いだから、ドッキリ大成功、とか言って。
私の想像を、誰か、お願い、否定して。
「……チキュウ? ニホン? それはどこかの地名ですか?それに科学の世界とはいただけない。魔族の女王であらせられる貴女が、人間の象徴を口に出したりなどすれば、周りの魔族に舐められてしまいますよ」
そして、ランスロットさんは遂に私に止めを刺した。
「この星の名は、アシュタロス。
人間達の俗称は、『魔界』でございます」
あー……。
うん、私……こりゃ、死んだな。
がくり、と膝から崩れ落ちると、ランスロットさんが「どうされましたか」とあくまで冷静に私を支えてくれた。
その冷静さが、その優しさが、むしろ痛い。
「何が魔界だぁぁぁあー!
アシュタンガヨガでもアシュタロスでもいいから、地球に帰りたいよぉぉぉぉ!」
不意に、脳裏にあのインチキ占い師が浮かぶ。
確か彼女は、『あなたの前世は中世の女王』だとか言ってたっけ。
ねぇ占い師さん。
女王なのは、『前世』じゃなくて『来世』だったんですけど!!
それであれか!? 本当にラッキーアイテムは魔剣だってか!?
ちっくしょぉぉ、変な所で占い当てやがってぇぇ!!
……ランスロットさんは嘆き悲しむ私を無視して、淡々と話を続ける。
「先代魔王陛下が、勇者に倒されご崩御されてから、人間と魔族の間には休戦協定が結ばれていましたが……、その均衡も、つい先日崩れました。
今こそアシュタロスの天下を取る時でございます、マナミ様」
何が天下だ、織田信長じゃあるまいし。
バカバカしい、と鼻を鳴らそうとした時、はたと我に返る。
「……あの、ランスロットさん」
「ランスで構いません、我が女王」
「いや、マナミでいいですから。女王とか鳥肌立ちますから。……で、ランスさん。この世界には勇者がいるの?」
私の問いかけに、ランスさんは少し目を見張ったのち、重々しく頷いた。
成程、魔王の天敵、勇者がこの世界にいる訳か。
……ならば、
勇者様早く来てぇぇぇ!! そんでもってとっとと魔族なんざ滅ぼしてしまぇぇぇ!!
「魔族の国、影夜国が我らの国。そして、聖ミスリル統一王国が人間達の国でございます。先代様を倒した勇者は、今の統一王政府のトップです」
「人間達の国の、王様が……先代魔王を倒した元勇者」
なんとベタな展開! 素晴らしい!!
これで勇者様が私を助けに(正確には倒しに)来てくれることは確定したも同然ではなかろうか。
その戦争のどさくさに紛れて逃げ出すか、自分が人間である旨を説明し、命乞いをして助けてもらうというのはどうだろうか。
……ああ、なんて完璧な作戦だろう。
私って天才かも?