60、上手くいかない
と、言うと、心外だというような目でレンに睨まれた。
「お前も魔王なんだから、同じようなもんだろ。魔王城では美味い飯食ってぐっすり寝てるんだろ」
「この船のご飯はまずくないよ。むしろ結構おいしいから別にいいんだけど。
……ぐっすり寝てるって言うけどねレン。よく考えてみて、掛け布団もシーツも敷布団も天蓋も全て真っ黒なベッドを」
「どこの魔界だよ」
「私の寝室だよ。そんなとこでぐっすり眠れると思う?」
まぁ寝ちゃったけどね! ぐっすり!
でもそれはあえて言わない。じゃないとこの質問をした意味がなくなってしまう。
レンが眉間を手でつまむ。
そしてしばらくして、哀しそうな目で私を見た。
「それは……落ち着かなさそうだな……」
「何そのお気の毒に、みたいな目」
「いやぁ……」
レンが曖昧な笑みで目を逸らす。
……くそぅお坊ちゃんめ。今に見てろ。
とはいえ。
……私がレンに目にもの見せることなんて、出来るはずがない。今まで私は、彼にいろんなものを“借り”すぎている。
「愛美、昨日眼鏡壊しちゃって、悪いな」
食堂へ向かう途中で、レンが少し済まなそうに言った。
……ああ、そのことか。
そう言えば、お姉さんに地図を貰う前に、眼鏡を落として割ってたね。
「いいよ。レン、その目のままで大丈夫?」
「瞳の色がバレてヤバイのは、やっぱりお前も同じだしな。伏せてれば大丈夫だろ。下向くとかしてさ」
「そうだね」
頷いてから、私は少し手を顎に当てた。あの時、レンは確か、頭を振ったり、眼鏡を触る動作をしなかったはずだ。
お姉さんもそれと同様で、彼女の手がレンの眼鏡に当たったというわけでもない。……それならどうして、眼鏡は落ちて割れたんだろう。
「……突然、レンズにヒビが入って、割れたんだ」
聞くと、レンか苦い声で答えた。
突然、ヒビが……?
「それって、どういうこと?」
私が眉を寄せると、レンは苦虫を噛み潰したような表情のまま答えた。
「……何もしてないのに、レンズにビシビシヒビが入って、ツルも壊れたんだ。
それで眼鏡が落ちて……割れた」
「聖力とかでじゃなくて?」
「違う。聖力は王家の者か、教会で修行を積んだ人間にしか扱えない。
戦時中の今、王家の人間や司祭クラスの人間が闘技場の試合見物に来るとは思えないし、もし聖力や魔力が使われたなら、俺にはわかる」
「それなら、本当に偶然で……?」
レンは神妙な顔で頷いた。
嘘でしょ。なにそれ……すごい不気味。しかも、かなり不吉だ。
嫌な予感が募る。これから私は達に不都合な何かが起こってしまう、そんな予感が。
「……正確な根拠のないことで、いちいち悩むのもよくないかもしれないけど……。やっぱりこういうことがあると、不安になるもんだな」
そう。ここから私達は、戦争を止めるために更に慎重に行動しなくてはならなくなる。
東大島の獣王領にいる魔族達に気取られたら、聖剣は取りに行けなくなってしまうからだ。
何故なら、アルフレッドさんは人間嫌いだから。
「とりあえず朝食を食べよう。話はそれからだ」
____そしてちなみに朝食は、バゲットと木苺のジャムだった。クッキーが皿に添えてあり、ドリンクはミルクである。
そのため、船が揺れる度にミルクが零れそうになった。
「だいぶ、目は覚めた……みたいだねレン」
「そう見えるか? 俺今超っっ眠いんだけど」
「手首まだ腫れてるよ。本当に大丈夫なの?」
「「ふあああぁぁ……」」
再び、2人同時に大きなあくびをする。
こんなんで、本当に聖剣アポロンを手に入れられるのだろうか。
私は魔王なのに魔術が使えないし、剣が取り柄のはずの勇者は手首を負傷中だし、本当にへっぽこだよねぇ……。
普通、人間最強と魔族最強の勇者と魔王が手を組めば、あっという間に野望達成のはずなのに。現実は実に上手くいかないもんだ。