4、魔王陛下!?
恐る恐る目を開くと、辺りを覆っていたのは赤い炎ではなく、
黒い、炎だった。
時折パチパチと火花が弾け、私は我に返って男の人を庇うように立つ。
……しかし、いくらたっても、黒い炎は私達を襲うことはなかった。私達を何かから守る為の、要塞のようにそこで燃え続けていた。
今気づいたが、熱波もなかった。
何が起こったのかわからなくて、混乱する。
誰かが私達を守ってくれたの……?
「黒い、炎……か……」
惚けたように男の人は呟く。
その首にかかっていたペンダントの光は徐々に消えていき、遂にはパリンと音を立てて砕けた。
とりあえず今がチャンスだ。
「今のうちだよ! 早く逃げて! ここで手当してる暇はないみたい、どうか仲間を見つけて手当してもらって、生きて!! この黒い炎は……多分、危なくない。そんな気がする!」
「そうだな、」
ふらふらと立ち上がり、男の人が痛みを堪えるように歩き出す。
やがて私達を取り囲んでいた黒い炎の前まで辿り着くと、彼は進むのを躊躇するかのように立ち止まった。
それを見て、私は祈った。
……黒い炎、私たちの味方なら、どうか彼を通してあげて。
すると、
「えっ……」
有り得ないことが起きた。
黒い炎が、まるで魔法が解かれたようにあっさりと掻き消えたのだ。
それも草が焼かれ、高温の為か、あまりの地面が白く融解しているという凄まじい痕跡を残して。
どうして? そんなに熱い炎なら、そばにいて熱くないはずないのに。
やっぱり、普通の火じゃなかったんだ…!
「ッ!」
逃げようとしていた男の人が、蹲る。あわてて駆け寄ると、彼の額には脂汗が浮いていた。
「だ、大丈夫!? しっかりして……!」
慌てて揺り動かすも、彼は喉を手で押さえたまま呻くだけだ。
息が苦しいの? でもどうして?
とにかく、どこかに運んで手当をし直さなくちゃ、
と思ったその時だった。
ごう!!
と、凄まじい音がして、風が巻き起こった。
あまりの風の勢いに、しゃがんでいた私は尻餅をついてしまう。
とと、飛ばされる! 何この風! 台風!?
「この……強大な魔力、は……ッ」
顔を歪めての呟きが聞こえて、私はハッとする。
もしかして……何かが……誰かが来たの?
まさか、あの炎を生み出して、森に放火した犯人?
風はまさに台風のように渦巻き、私達は中心部分で地面にしがみついている状態だ。
その中心に……この風を起こしたやつがいるってこと?
逃げたい。怖い。でも、この人を置いては行けない。ここが夢だろうと、大掛かりなアトラクションだろうと、この人が目の前で大怪我してるのに、私が……逃げるわけにはいかない。
……なんてカッコイイことを考えてみるが、そもそもの話立ち上がれないのである。
「風が……」
そして、しばらくして……風が止んだ。
あまりの激しさに白んで見えた風の動きもなくなり、視界が晴れる。
男の人はうう……とまだ苦しそうで……、
「!」
ハッとして、顔を上げる。
そうだ、この風を起こした誰かがここに来てるんだった。だとしたら……いるはず。風が止んだんだから……、
「貴女が……黒い炎の使い手か」
ってやっぱりいたぁぁぁあああ!!放火犯(多分)!!
焦げ茶色の髪の毛。色素は薄いが、黒い瞳。黒いローブに、腰に差した剣。
……あれ?放火犯(仮)、結構イケメンじゃない?
どうしよう兵士さん、放火魔がイケメンだよと思いながら後ろを振り返ると。
なんと彼は顔を歪め、手を震えさせながら、起きあがろうとしていた。
「……何故……何故ッ、休戦協定を破った、“智の王”……いや、影夜国宰相……ランスロット!!」
は? 智の王? 宰相? しかも…“えいやこく”って、どこのこと?
というか本当にここ……もしかして、異世界……なの? マジで?
どうしよう。突きつけられた現実に、一気に冷汗が吹き出てきた。半ば予想済のことだとはいえ、事実が瞭然として眼前に出てくると、焦りが募る。もうどうしようもないのに。
「……休戦協定を、いつどこで破ろうなど……我らの勝手だ。元より……人族と、魔族は相容れない種族なのだからな」
「なんだと……先代魔王に……唯一、人と魔族の休戦を意見したお前が……」
イケメン放火犯(呼び方格上げ)の眉が少し寄せられる。そして深くため息をつくと、荒い息で、ボロボロになった男の人の額に手を掲げた。
「魔族の事情に、口を挟むな……人間」
____そして刹那。
男の人…兵士さんは、その場から煙のように掻き消えていた。
「なッ……あなた、今、何を……」
殴り飛ばした? 吹っ飛ばした? 触れていないのに、あの人がどこにもいない。
消えてしまったのだ。ここから。完全に。
いったい、どうして……。
「もう一度訊こう……。貴女が、あの黒い炎を生み出したのか」
う、う、うわああああぁぁ……、かっこいいお顔が目の前に……。って、私ってばどれだけ現金なやつなのだろう。
この人は放火魔なのに。
「そっ……そうですけど! 多分! あ、あ、あの…なら、あなたはさっきの赤い炎を森に放ったんですか!? 山火事にでもなったら、どうするんですか!? 裁判にかけられたら、少しの間の懲役じゃ済みませんよ!?」
「……やはり、あなたが十三代目ですか」
無視かい。
「な……なんですか、十三代目って……。私は一ノ瀬愛美、ただの日本の女子高生です、」
けれど、放火魔さんの纏う空気が変わったので、少し動揺する。
なんだろう、この慈しむような視線。尊敬のこもった眼差しは。
……そしてついに、彼は片膝をついて頭を垂れた。
「あなたを、お待ちしておりました。
……魔王陛下」