42、二つ名?
「どちらかが、日本人、かぁ……」
それなら確かに、地球とアシュタルトの文化にそこまでギャップを感じなかったのにも説明がつく。
……でも、そんなことがあるのかな。
勇者と魔王がどちらも日本出身なんだから、有り得るのかもしれないけど。
……あ、これ美味しそう。レタスの冷製ポタージュだって。
「でも今それを考えたって、意味無いか」
「……そうだね。どちらかがもし地球人だったとしても、それを臣下に明かしてるとは考えにくいもんね」
……今の私たちのように。
レンが、私の分も注文してくれる。
私はやっぱりレタスのポタージュとミートソーススパゲティで、レンはビーフシチューだった。
料理の名前も同じ。
確かにこれが偶然じゃない可能性も、あるかもしれない。しばらくして、運ばれてきた淡い緑色のスープと、スパゲティはすごく美味しそうだった。出された食事はファミレス、というより個人経営のレストラン風の見た目。
そう言えば、魔王城から出てから、いろいろあったから、めちゃくちゃお腹が空いている。
「「いただきます」」
ポタージュは口に入れた瞬間、新鮮なレタスの香りが口の中に広がった。
後からくるじゃがいもとミルクのぽってりとした風味は、心がとても落ち着く。そしてレタスの、青みのある香り。
サラダとスープを組み合わせたような、驚きと安堵が同居する味だ。
疲れた体に、優しい味が染み込むぅ~……。
思わず幸せー、と呟くと「マヌケ顔」と言われた。余計なお世話だよちくしょう。
レンのビーフシチューもすっごくいい匂いがする。目の前で食べられると、1口ねだりたくなるな。
……けど、絶対バカにされるから我慢した。私って偉い。そもそも16にもなって男に「1口ちょうだい」とかイタすぎる。
「そういや愛美が魔王になったら、どんな二つ名をつけられるんだろうな」
レンがビーフシチューを食べながら言った。
……は?
「二つ名? 何それ」
「異名のこと」
知っとるわ。
てか、こんなところで、魔王とか声に出しても良かったのだろうか。
しかも異名って、いい匂いのビーフシチューやレタスのポタージュの前でする話題じゃないような。
すごく場違いな……ような。……気のせい?
「例えばどんな? 12代目はどんなだったの?」
「“黒き堕天の憑物”」
なんて?
「ごめん、もう1回」
「だから、“黒き堕天の憑物”」
私は恐怖のあまり腕を押さえて震えた。
ランスさんが言いかけたのはこれだったのか!
イタい。イタすぎて泣きそうだ。
「お前もこんなんになるかも」
「嫌だぁぁぁ! 勘弁してぇぇぇ!!私もう高校生だから! 中二じゃないから!! そんなんなら、絶対魔王になんてなりたくないぃぃぃ!!」
やめてくれ。レタスのポタージュの美味しさが吹っ飛んでしまうじゃないか。なんてこと言うんだ。
ひとしきり笑われてから、私たちは食事を終えた。レンはもちろん私をからかいまくり、“深淵の女王”だの、“真なる闇色の覇王”だの、絶対なりたくない異名をこれでもかというほど並べたてた。
こいつ、本当に中二病患ってんじゃないの!
勇者ってだいたいイタいセリフ言うし!
ぷんすかしながらシャワーを浴びて、私はベッドに入る。
灯りを消してから、ふと思う。
……緊張がいつの間にか消えていた。
実際、私が意識していたのは、レンが本当は相部屋なんて嫌なんじゃないかということだったのかもしれない。
……もちろん、会ったばかりのレンのことをどうとかは思ってはいない。
でも、向こうはそんな態度は取ってないにも関わらず、私は拒否されるのを勝手に怖がっていた。
でも、緊張がいつの間にか解けている。
「……まさか、ね」
レンが私の複雑な思いに気づいてるとは思えないけど。
1度布団に入ると、ドッと疲れが押し寄せてきて、それからはドキドキとかもする暇はなく、寝入ってしまった。




