39、レンの怪我
「……まさか、不死鳥を召喚できるなんてな……」
不死鳥の背中にしがみついているレンは、苦い顔のまま下を見下ろしている。若干顔色がよくない所を見ると、高所恐怖症なのだろうか。
男なのに、だらしな……うぷ。人の事言えない。
……だって怖いんだもん、不死鳥の背中。速いから落ちそうで。
『私も驚いています。魔王と勇者がまさか行動を共にしていたとは』
「「うっ」」
『双方、互いの忠臣にこのことが知られたら、大変なことになるでしょうね』
「「ううっ」」
……そろって魔物に窘められる勇者と魔王ってどうよ。
自分で自分に呆れつつ、私はかつらを直す。
『……良いですか、陛下。これも私は中立区域の少し前までしか行きません』
「うん、ありがとう……ってちょっと待った。私、不死鳥に文句を言いたいことがあったんだった」
『と、言いますと?』
「あなたが降ろしてくれたあの町、もうアルフレッドさんの領地になってたよ! 私、それで捕まっちゃったんだからー!」
『おや……そうでしたか。それは災難でしたね、陛下』
「災難でしたねじゃないよ!! 本当に酷い目に遭ったんだからね! もうちょっと労わって!!」
『そもそも、古代の幻獣である私に最新の情報など求めるのが無理な話なのです』
くそぅ不死鳥め!
私を子供だからって舐めきってるな。
……確かに、私は魔王にすらなっていないし、魔術もろくに使えないし、本来ならば部下である看守達に手こずるほど雑魚いし……。
…………うん。そりゃなめられるわな。
「……話し中ちょっといいか? 愛美、例の石碑についてなんだけど。あの石碑の記録はしてあったっけ?」
「大丈夫、一応写真を撮っといたよ。スマホを持っててよかった」
「ならよかった」
レンがホッとしたように呟く。
そしてゆっくりと顔を上げると、驚いたように息を呑んだ。
なんだなんだ。顔を動かすのも少し怖いけど、気になったのでレンと同じように、顔を上げる。
……そして私も息を呑んだ。
「わあ……! 綺麗……っ」
「夕暮れだな。空が茜色だ」
……赤い絵の具をこぼしたように、真っ赤に染まった空。
真っ赤とは言えど、オレンジや朱色、黄色などでグラデーションがかかった夕焼けには、禍々しさは微塵もない。
『夜までには、中立区域に着きます。そこにはちゃんと宿のある街があったはずです。……そうですね、勇者?』
「多分。そこの街に港もあるから、王都へ行く船も出てると思う。……そこまで連れていってくれるってことか?」
『仕方がありませんからね』
黄金色の瞳が、真っ直ぐにレンを見る。
その目は、何か暖かな色が孕んでいて。そう、……まるで、慈しむような。
「……不死鳥。お前は古代の幻獣と言っても、魔物だよな。それなのに、魔王と勇者が一緒にいることに反対しないのか?」
『誰が誰と仲良くしようと、当事者の自由でしょう。赤の他人があれこれ口を出す必要はない』
「……そうだけど」
『____それに、元より争いとは醜いものです』
不死鳥は、どこか遠くを見るように呟いた。
……そう言えば、前もランスさんに対して、そんなことを言っていたような気がする。
長い時を生きている不死鳥は、始祖の時代を知っている。……だけど何故か、私は不死鳥に、始祖の時代のことを尋ねることは出来なかった。
「あ、あれ…レン」
沈む夕日を眺めていて、ふと視線を手元に落とすと、私はレンの左手首が少し赤く腫れていることに気がついた。
怪我してたの……? 今まで、全然気づかなかった。
「手、腫れてる。大丈夫? ……もう、なんで言ってくれなかったの!?」
「あー。軽く捻っただけだし……それに、自分に治癒術をかけることはできないしな。別に大したことない。問題ないって」
「治せないから問題なんじゃない! 放置して悪化したらどうするのー!」
ああ、こんな時、私が魔術を使えれば!
ランスさんみたいにレンの怪我を治せるのに。
「そんなに気にするなって。受け身取り損ねた時に、ちょっとやっちゃっただけだから。しかも、この体、勇者って言うだけあって、日本人だった時より数倍治りが早いんだ」
「でも……」
「それに、剣を持って何かと戦うのは多分、脱獄の時っきりだろ。これから動かさずに安静にしてたら、数日で完治するよ」